第4話 ピョンピョン
三人の人影が楽しそうに、赤い空の下の露店や荷馬車がひしめく広場を歩いている。
「シマちゃん、モロコシちゃん、飴をくれてありがとうね! おかげで喉の痛みがすっかり取れただぁよ!」
一人は、カラカラと元気よく笑う、クラシカルなメイド服とパーマをかけた短髪の白髪頭と、笑った時に浮かぶえくぼがチャームポイントな老女、森山はつ江。
「よかったー。ノドが痛いのは大変だもんねー」
もう一人は、瓶入りの飴玉が入った紙袋を片フカフカの白い手に抱え、もう片方の手ではつ江のスカートの裾を掴みテトテトと歩く、ボタンのように丸い緑色の目と、先端に白い飾り毛のある小さな耳と、ピンク色の小さな鼻がチャームポイントの薄い茶トラ模様の仔猫、モロコシ。
「ふふん!この世界のアメ玉はノドの痛みにもよく効くし、味も美味しいし、形も可愛いし、とにかく凄いんだ!」
最後の一人は、得意げな表情ではつ江の手を引き、紙袋を肩に提げて先頭を歩く、フカフカなのにツヤのある毛並みと、先端がピンと立った大きな耳と、空色をした大きなアーモンド型の目と、フリルのついたシャツの袖口からのぞくピンク色の肉球をしたフカフカの白い手がチャームポイントの、サバトラ模様の仔猫シーマ十四世殿下だった。
魔王からの
「それで、はつ江。何か必要な物は思いついたか?」
尻尾の先をピコピコと振りながらシーマが問いかけると、はつ江は、そうだねぇ、呟いてしばらく考えた後、満面の笑みをシーマに向けた。
「さっき二人から飴をもらったし、ヤギさんと徒野さんにも色々と用意してもらったから、大丈夫だぁよ!気ぃ使ってくれて、ありがとうね、シマちゃん!」
はつ江がそう言って、空いている方の手でシーマの頭をなでると、シーマは尻尾を立てながら、ふいっと横を向く。
「べ、別に、雇い主として当然の配慮をしただけなんだからな!」
はつ江は分かりやすい照れ隠しをするシーマを見て、ニッコリと微笑んだ。そんなはつ江の後ろから、モロコシがピョコンと顔を出す。
「殿下ー。はつ江おばあちゃんのお買い物がないなら、バッタ屋さん見に行っていいー?」
モロコシの提案に、シーマの尻尾の先がゆっくりと揺れる。
「バッタ屋さん?何なんだ、そのニセモノ専門店みたいな名前の店は?」
「ニセモノじゃないよー。本物のバッタさんがいっぱいいるお店だよー」
眉間の縞模様を浮き上がらせて振り返るシーマに向かって、モロコシが楽しそうに目を細めて、答えた。
「バッタか……」
シーマは耳をピンと立てて、尻尾をゆっくりと左右に振って呟いた。そんなシーマとモロコシの顔を交互に見て、はつ江はまたニッコリと微笑んだ。
「あれまぁよ!バッタが沢山いるのかい?」
そして、円らな目を開いて驚いた表情を見せると、モロコシが元気よく頷く。
「うん!珍しいバッタさんがいっぱいいるよ!」
「そうかい、そうかい!それは面白そうだねぇ!是非とも見てみたいだぁよ!」
はつ江がカラカラと笑ってそう言うと、シーマが尻尾を立ててはつ江の顔を見上げた。
「仕方ないな!はつ江がそこまで言うなら行ってみよう!モロコシ、案内してくれ!」
ヒゲをピンと立てて、黒目を大きくしながらシーマがそう言うと、モロコシもヒゲをピンと立てて答える。
「うん!まかせてー!」
そして、はつ江のスカートの裾から手を離し、テトテトと小走りに先頭に立った。
はつ江はピンと立った尻尾の先を揺らしながら進む二人の後ろ姿を見ながら、満足そうに頷いてその後に続いた。
モロコシを先頭にした一行は、人混みの中を何とかはぐれずに進み、広場の中央にやって来た。そこには青と白のタイルで飾られ、中央に噴水のある浅い池がある。その池の前に、紫色の布を敷いて木製の虫かごを並べ、ジッと周囲を睨む赤いチョッキを着て、ベージュ色のズボンを履いた尻尾の短い黒猫の姿があった。
「殿下、はつ江おばあちゃん、あの人がバッタ屋さんだよー」
そう言って黒猫を指さすモロコシに、シーマが耳打ちをする。
「モロコシ、悪いことは言わない、見なかったことにして帰ろう」
シーマが耳を伏せてそう言うと、モロコシは首を傾げた。
「えーなんで?」
「なんでも何も……」
シーマは言いよどみながら、視線をチラッとだけ黒猫に向けた。
手触りの固そうな漆黒の毛並み。
目尻の上がった半月型の黄色い目。
右側の先端が細く欠けた厚みのある大きな耳は。
一文字に結ばれた口からこぼれる鋭い牙の先端。
……黒猫は、いかにも近寄りがたい風貌をしている。
「許可証を置いてあるから、非合法な店じゃないだろうけど……」
黒猫の風貌にしり込みしているシーマに、モロコシが笑いかける。
「バッタ屋さんは怖い顔してるけど、優しいおじちゃん?だから大丈夫だよー」
そして、「おじちゃん」の語尾が疑問形だったことを不思議がっているシーマの手を取ると、黒猫のもとに駆け出した。
「わっ!?ちょっと待てよ!?」
「あれまぁよ!二人ともまっておくれー!」
パタパタと走り出す二人の後を、はつ江も小走りに追いかける。
「バッタ屋さん。こんにちはー」
「どうも……」
「こんにちは!」
黒猫の店の前にたどり着いたモロコシがペコリとお辞儀をし、シーマはおずおずと軽く頭を下げ、はつ江が笑顔で元気よく挨拶をする。すると、黒猫は、ジロリと三人を見回した後、目を細めて真っ赤な口を開いた。
「あらー、いらっしゃいモロコシちゃん。今日はお友達と一緒なのね」
見た目に反して高い声と柔らかい口調で話す黒猫に面食らうシーマをよそに、モロコシはにこにこと黒猫と話を続ける。
「うん!殿下とはつ江おばあちゃんだよー。今日は一緒に市をみてまわってるんだー」
モロコシの言葉に、黒猫が胸の前で手を合わせ短い尻尾を立てる。
「まぁー!モロコシちゃん、魔王城の方々の見回りをお手伝いするなんて、偉いじゃない!」
黒猫に褒められうれしそうに笑うモロコシの頭を、よかったね、と笑顔のはつ江がなでる。黒猫はその様子を見て軽く頷いてから、ヒゲをピンと立てて黒い硬そうな肉球をした両手を広げた。
「では、改めまして、マダム・クロのバッタ屋さんへようこそ!見て行って下さるだけでも良いわよー」
クロの前口上に、モロコシが荷物を抱えながらパチパチと拍手を送り、シーマは額の縞模様を浮き上がらせ尻尾をゆらゆらと揺らす。はつ江はゆっくりと腰をかがめて、並べられた虫かごを覗き込んだ。
「どれどれ、黒さんや、このバッタ達は何に使うんだい?」
「色々よー。今はつ江さんが見ているのは、良く懐くしお庭の雑草をよく食べる種類だから、草むしりのお手伝いなんかにちょうど良いわねー」
クロの説明が終わると、モロコシが別の虫かごを指さしてはつ江の顔を覗き込む。
「こっちのバッタさんはねー、大きくなるから重いものを運んでもらったりするんだよー」
シーマもモロコシに続き、また別の虫かごを指さす。
「こっちのは、色が美しいから鑑賞用として人気があるな。飼い主が、自分のバッタの美しさを競う品評会なんかもあるぞ」
「へえ!そうなのかい!こっちのバッタは凄いんだねぇ!」
はつ江が円らな目を開いて感心していると、シーマが得意げに、ふふん、と鼻を鳴らした。
「よし!はつ江が気に入ったなら城の畑の草むしり用に……」
「親方ぁ!大変なことが起こりやした!早く来てくだせぇ!」
シーマが良いところを見せようとするのを遮るように、大声が響いた。四人がその方向に目を向けると、黒と同じ服装をした人物が向かってきていた。
鱗に覆われたベージュ色の顔。
鼻の頭から目頭まで続く黒い線上の模様。
目尻から首にかけては白い線状の模様。
そして、すらりとした長い尻尾をした背の高いカナヘビが人混みをかき分けている。
「マダムと言ってちょうだい!それで、どうしたのよチョロ、そんなに慌てて」
息を切らしながら店の前にたどり着いたチョロに対して、クロが尻尾を縦に大きく振ってそう言った後、腕を組んでため息をつきながらその顔を見上げた。チョロは呼吸を整え、申し訳無さそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「すみやせん、マダム!場外に待機させているムラサキダンダラオオイナゴが突然暴れ始めやして、他のヤツらと何とか抑えてるんですが、このままだと逃げだしそうなんです!」
チョロの言葉に、クロが耳を後ろに反らし、鼻の頭にしわを寄せながら、真っ赤な口を開いた。
「ダメじゃないのチョロ!あの子はまだ慣れていないから、今日は連れてこないって話だったでしょ!」
「申し訳ありやせん!今日はお客も多かったんで、目玉になるかと思って……こうなったら、尻尾を掻っ捌いてお詫びを!」
そう言ってチョロが長い尻尾を両手に掴んで、引き抜くように力を込めようとした。クロは再び尻尾を縦に勢いよく振って、牙を剥いた。
「アンタの尻尾なんて要らないわよ!それよりも、私もすぐに行くからとっとと戻りなさい!」
「へい!分かりやした!」
チョロは尻尾を放してクロに一礼すると、踵を返して人混みを早足でスルスルとかき分けて行った。クロは尻尾を左右に大きく振りながら、深いため息を吐く。
「まったくもう。ウチの若い衆ときたら……皆さまごめんなさい、ちょっと席を外させてもらうわね」
クロは三人に向かってペコリと頭を下げると、店の前に準備中と書かれた看板を立てた。そして、手持ち金庫をヒョイと持ちあげると、早足で人混みの中に消えて行った。
「モロコシ、さっき店主が言っていたムラサキダンダラオオイナゴって言うのは、どんなバッタなんだ?」
シーマが尻尾を揺らしながら聞くと、モロコシはフカフカの頬に手を当てて、うーんとね、と呟いた。
「えーとねー、鉱山の近くに住んでるイナゴさんでねー、色が綺麗で力もあるから人気があるんだけど、ちょっと暴れん坊さんだから、捕まえる時にふまれたりして、ケガしちゃう人も多いんだよー」
モロコシの言葉に、シーマは毛を逆立てて、黒目を大きくした。
「そんな奴が逃げだして、こっちに来たら大変じゃないか!?ボクも手伝って来るから、二人はここで待ってろ!」
そう言うと、シーマは二人に背を向けて、クロ達が向かった方向に走り出した。
「シマちゃん!一人で行ったら危ないだぁよ!」
はつ江が大声で呼びかけるが、シーマは振り返らずに人混みの中に消えて行く。
その様子を頭巾を被った影が、相変わらず遠くから眺めていた。
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