第三十四夜 大型連休中は空き巣に要注意
ゴールデンウィーク期間中は空き巣に要注意。
テレビのニュースでは連日、そうアナウンサーが注意を呼びかけていた。
特にここ最近は、ネットとSNSの発達によって、空き巣の被害が急増しているとのことだった。
大型連休中に旅行先でSNS上に画像を上げてしまう。それによって、無自覚のうちに、現在家を留守にしているということを世間にアピールしてしまう。その結果、留守宅に空き巣が入る。そういう図式らしい。
まったくもって、それは正しかった。
おれはゴールデンウィーク初日にさっそくSNS上に海外に旅行に行っていると自慢げに写真をアップしているバカを見付けたので、そのバカな男の自宅に空き巣に入りに来たところだった。
男はSNS上に自宅の写真も数多く載せていたので、すぐに家を見つけることが出来た。さらに自宅のレイアウトまで事細かく載せていたので、おれは迷うことなく家の中でお宝探しをすることが出来た。
しかし、ここでひとつ問題が起きた。
男はSNS上に高級腕時計や、ブランドモノのバッグ、高価なアクセサリーの類の写真を数多く載せていて、実際、それらの物はすぐに見付けることが出来た。
しかし、おれはそういった物にはまったく興味がなかった。物を金に替える為には、リサイクルショップに行って、買い取ってもらわなくてはならない。当然、そこで身分証明が必要になってくるし、そこから足が付く可能性が高かったからである。
だから、おれは物ではなく、現金が欲しかったのだが、この家の中には紙幣の一枚すらなかったのだ。
「くそ! これも最近のキャッシュレス化のせいだな!」
書斎と思われる部屋を漁ると、そこからカードの引き落とし明細書が山のように出てきた。この家に住んでいる男は、買い物はすべてカードで済ませて、現金は持ち歩かない主義のようだった。
「SNSからようやくいいカモを見つけたと思ったら、現金がまったくないとはな!」
おれはだだっ広いリビングに置かれた、ふかふかのソファに座り込んだ。このまま家から退散しても良かったが、何も手に入れることなく帰るのは不本意だったので、少しこの家でゆっくりさせてもらうことにした。
一応、男のSNSをチェックしてみた。男はまだ旅行先の海外にいるようだった。きれいな浜辺で撮った写真を、相変わらず用心することなく載せている。これならば、この家にいても大丈夫そうだ。
「そういえば、キッチンにビンテージモノの高級ワインが置いてあったな。それでも飲ませてもらうか」
おれはキッチンから高級ワインの瓶を数本持ってきた。リビングのテーブル上に並べて置いて、片っ端からラッパ飲みしていく。
現金が見付からなかった腹いせもあって、あっという間に次から次にワインの瓶を空けていった。やけ酒だった。
気がついた時には、良い感じで酔いが体に回っていた。
「このまま少し眠っていくか。どうせここの家主は海外にいることだしな」
おれはそのままソファで眠りに落ちてしまった。
――――――――――――――――
「おい、起きろ! おい、起きろって言ってるだろ!」
野太い声を耳にして、おれは瞬時に目を覚ました。空き巣家業をしているせいか、物音には敏感な質なのだ。
「お、お、おまえ……だ、だ、誰だ……?」
てっきりここの家主かと思った。あるいは警報装置が働いて、警察が来たのかもしれないと身構えてしまった。
しかし、目の前に立つ見知らぬ男は、そのどちらでもなかった。
「おい、金を出しな」
男は低い声で脅してきた。その言葉で察した。この男は同業者なのだ。
「悪いけど……金はねえよ……。はじめからなかったんだからな……。そもそも、おれはこの家の住人じゃねえんだよ……」
まだ酒が抜け切らないせいか、口が上手く回らずに、言葉の呂律がすこしおかしかった。
「はあ? なに言ってやがるんだ」
「だから、おれはおまえと同じ仕事をしているんだよ……。お前もヘマをやらかしたもんだな……。金のない家に空き巣に入るなんて……。そうだ、失敗した者同士、仲良く酒でも飲み交わそうぜ……」
「けっ、こいつ、かなり酔っ払ってやがるな。ゴールデンウィーク中に酔うくらい酒を飲めるなんて、まったく良いご身分だよな。だけど、おれは急いでいるんだ! 正直に金のある場所を吐かねえと、おまえの命がなくなるぜ! ――さあ、金はどこにあるんだ!」
「だから、さっきから何度も言ってるだろう! 金なんか知らねえよ!」
「分かった。おまえは自分の命よりも、金の方が大切みたいだな。でもな、死んじまったら金は使えねえんだぜ!」
そう言ったかと思うと、男の右手が空を切った。
鈍い銀光がおれの目に入ってきた。
次の瞬間、おれの首筋から勢いよく血飛沫が舞い上がった。
テレビではゴールデンウィーク期間中は空き巣に要注意と言っていたけど、おれの場合は『酔う注意』だったかもしれないな……。
こうして、おれの空き巣人生は呆気なく幕を閉じた――。
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