第六章 深見山の真相2
「火事は山の大蛇が起こしたと言われた。」
よもぎは静かに語りだす。万兵衛は大人しく聞き入った。
「でも、話によると大蛇の起こした災害は大雨、土砂崩れと水にまつわるものばかり。大蛇は水の神でもあるから。なぜ火事を起こすようになったのか…」
「その火事は大蛇の仕業ではないのだな。大蛇のせいではないのに大蛇だと言い出した。」
万兵衛は主張する。
「大蛇でないなら火事は誰が起こしたのか?正直な所、庄屋が怪しいです。」
「理由は?」
「当時あった噂。庄屋が妾を囲っているというもの。庄屋は夜な夜な妾に会いに出かけていた。夜中に会いに行くなら何か明かりになる物。例えば松明でも持っていたんだと思います。他の者は寝静まっているので明かりは消しているでしょう。」
「その火が燃え移ってしまったのだな…。そして多くの者が亡くなった。なんという事だ。己のせいでありながら大蛇のせいだということにし、その結果人身御供を出すなどとは…身勝手な奴だ。」
万兵衛は苦々しく吐き捨てた。
「その火事ではたえさんは弟を亡くしました。庄屋たちは山の中で火事の本当の理由でも話していたのでは。そして、たえさんに聞かれてしまったのではないのでしょうか?丁度、泉の水は使えないのかと話が出て、たえさんは『あの泉には大蛇が棲む』と騒いでいたので。」
よもぎは少し間を置く。
「たえさんはその話を聞いて怒った。そして村へと真相を伝えようと駆け出した所で滑り落ちた。そこへ私と鷹助が駆け付け、たえさんを追ってきた庄屋と伝吉がやって来た。ただ…」
「何だ?」
よもぎは干し飯の袋を見せる。
「鷹助が間者だという証拠はあっても、たえさんの死と火事の真相は証拠がありません。」
「そうか。しかし怪しい奴だ。ここを守り通し、生き延びて庄屋を捕まえることが出来たならば問い詰めよう。」
万兵衛は拳を握りしめた。
中川の者らしき人影の知らせを聞いてから怪しい動きは見られない。
「万兵衛様。」
一人の足軽が駆けてきた。
「山の方に怪しい動きが見られます。」
「ついに来たか。中川め!」
「いえ…中川というよりも…山がおかしいのです…。風が少し吹いただけでも木が生きているように揺れて…。空も黒い雲が段々と増えてきて…。」
見ると山の頂上が黒く暗い雲が重なった。雲はみるみるうちに村にまで広がりを見せる。
「何あれ…」
「いよいよだな…」
よもぎが呟くといつの間にか松之介が立っていた。
「父さん…」
「心配せんでもいいさ。庄屋様には目印を渡してあるから。」
松之介は飄々と言ってのけた。
「目印…?」
よもぎが呟くと同時に村が暴風に包み込まれた。
一同は風に縛られ身動きが取れなかった。体の周りを風がぎゅうぎゅうと締め付ける。脇の下、股の間、指の間にまで強い風が通り抜けていく。
足軽たちは恐れおののき恐怖を顔に出している。万兵衛は唇を噛みしめ風を睨みつけた。松之介は平然と周囲を見物しているようだった。よもぎは風をゆっくりと見つめた。
風は肌で感じるが木の葉や砂と細かい物は風で飛ばされているようには見えない。雨は降っているように感じないが耳をすますと大雨の音が聞こえてきた。
「何だ…この雨は。」
徳左衛門は突然の大雨をよけようと大木の側に避難した。枝の葉が繁り雨を防いでくれる。
「奴ら今頃中川の餌食となっているだろう…」
伝吉から奪った包みをさする。
「これで…しばらく暮らすか…。いや待てよ…。」
頭の中で何かがひらめいた。
「これを中川に献上すれば…そうして中川…いや中川様に気に入られれば取り立ててもらえるかもしれん。この辺りの土地に詳しい者がいたら中川様は大助かりのはず。」
徳左衛門の中で中川の家来となっている様子が浮かんだ。
「そうとなれば、ここで様子見としよう…」
懐の中でごそっとする感触がした。取り出してみると赤いお守りであった。徳左衛門の口から笑いが噴き出た。
「松之介の奴め…足軽ごときのために残るなどと馬鹿な奴。」
笑いが止まらなかった。自分のように逃げ出していれば助かっただろうにと嘲笑で一杯になった。
「全く…阿保な…何だ。」
徳左衛門はビクっと動いた。
地面がぬかるみ足が捕らえられている。無理やり地面から足を引き抜こうとすればするほど身動きが取れなくなる。
顔に土砂が飛び散った。慌てて顔を拭おうとした。今度は腕に土砂が降りかかった。
気が付くと彼の周りを雨と風が取り囲んでいる。雨が土を湿らし、風が土砂を飛ばしている。
雨と風が強くなるに従って土砂が徳左衛門の体を取り囲んでいく。
「うわあああああ」
徳左衛門は悲鳴と共に土砂に飲み込まれてしまった。
風が弱まった。よもぎたちの体が解放されていく。
手足が自由自在に動かせるようになった。これを見てよもぎは安心して周りを見渡した。
よもぎの顔が引きつった。
「どうしたの…」
足軽たちが地面に倒れていた。
「これは一体…」
万兵衛が驚愕し一番近くの足軽に駆け寄る。
「気を失っているだけだ。」
松之介が安心させるように言う。
どうやら今、意識を持って立っているのはよもぎ、万兵衛、松之介の三人だけのようだ。
「ねえ、これ何があったの…」
「それはな…」
松之介は話しながら後ろを振り返った。よもぎもつられて振り返る。
「えっ!」
後ろには赤い着物の女が立っていた。夢で見た通りだ。よもぎを見つめにこやかな笑顔を浮かべている。
その後ろに大木ほどの太さの蛇が体をうねらせている。
「何だお前は。」
万兵衛が勇ましく刀を抜こうとする。松之介が慌てて制した。
「待ってください。紹介します。この山に住まれている深見大蛇様と妻の小夜です。」
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