第四章 お堂の足軽たち3
早朝よもぎは軽くあくびをした。
泊りがけの看病は眠気との戦いだ。最初てきぱきと働いていても溜まっていた疲れが睡魔となって襲って来る。
もう一回あくびが出そうと彼女の唇が震えたと同時にお堂が崩れそうな叫びが響いた。
「よもぎ‼」
よもぎは耳を塞ぎそうになった。近くで一休みしていた足軽たちも耳を痛そうにしている。これで何人の眠気が吹っ飛んだことか全員りんのいる方向に注目している。
「どうしたの?」
「こっち来て‼早く‼」
声の抑揚で嬉しそうにしていることは分かった。呼ばれたのはよもぎであるが足軽と村人たちも何だと集まりだした。
「何?」とよもぎは床を駆けていく。
足軽と村人たちの間に割り込むようにして前へ進んで行った。
「吾作が‼吾作が‼」
大はしゃぎするりんの前に吾作が横たわっている。ただ、いつもと違って両目を開けていた。
「うそ…吾作…」
「とうとう吾作が目を覚ましたの。」
りんの顔には満面の笑みがあった。
「本当だ。」
「吾作何か話せるか?」
意識を取り戻した仲間に足軽たちは歓喜した。
「おおい通してくれ」
群衆の後ろから鷹助の声がする。前にいる人と人の間を裂くようにして鷹助が現れた。
「吾作…本当だ…目覚ましてる…」
その言葉に吾作が目をキョロキョロさせた。
「喋れそうか?」
「あんたは相変わらずいきなり現れるねえ。」
早速と吾作に話しかける鷹助によもぎはポロリと出てしまった。
りんは嬉しそうに吾作の手を握っている。足軽たちは「あいつ起きたぞ」「やったな」と囃し立てる。一同は盛り上がった。
「何の騒ぎだ。」
後ろからドスの聞いた声が貫いた。万兵衛が睨みを利かせ、お堂の入り口で仁王立ちしている。盛り上がりは一気に冷めた。各々目をそらし万兵衛に尋ねられぬよう息を潜めた。
万兵衛は足軽と村人の挙動不審な態度にいらつかせ目尻を吊り上げた。
鷹助は彼の口から怒号が走り出すと察した。前に進み出ようとした時、誰かが先に進み出ていた。
「吾作が目を覚ましました。」
よもぎが淡々として報告を行った。
「吾作が?そうか分かった。」
鬼の眼でよもぎを見つめる。
「鷹助はいるか?」
「はい、ここに。」
反応するや否や人だかりから鷹助は飛び出た。
「話がある。付いて来い。」
そう言うと踵を返し出て行った。鷹助は追うようにして付いていった。
「びっくりしたなあ」
「大将は怖くて堪らんわ」
安心したように溜息が飛び交う。
「さあて持ち場に戻るぞ」
皆ぞろぞろとお堂でのそれぞれの定位置に戻っていく。よもぎとりんだけが吾作の前に残った。
「うるさかったね」
「…」
りんがよもぎに声をかけたが返事は無かった。お堂の入り口を無言で見つめている。
りんは彼女の耳元で叫ぶように言った。
「よもぎ‼」
「うわっ…」
彼女の体が震えるように反応した。
「えっ…何…りん…?」
「もういい。」
りんは呆れるように吐き捨てた時。
「鷹助は…」
掠れるような声。二人は顔を見合わせた。
「鷹助は…いるか…」
吾作の口が動いている。
「大将が探してた…」
「もう鷹助は行ったよ…。」
よもぎは吾作に無理をさせぬように言った。
「そしたら…たえ殿…代わりに…このお守り袋を妻に届けて欲しい…」
「えっ」
よもぎは衝撃を受けた。
「お守り袋…?何言ってるの…吾作。」
りんは訳が分からず聞き返している。
「隣村に本軍がいる…そいつらに渡せば…妻に届くはずだから…そう言ってた。」
「どこで聞いたの?」
「寝てる時…かすかに聞こえてきて…」
そう言うと目を細くして笑い始めた。
「それより…俺どれくらい寝てたんだ?…長い事寝てたみたいな感じがするんだけど。」
「もうずっとだよ…。おはよう吾作。」
りんは優しく微笑んだ。
よもぎは二人を見てゆっくりと離れて行った。
吾作が目を覚ましたという事実がお堂の中を少しだけ明るくした。
りんは嬉しそうに吾作の看病をし、いつも暗い顔した足軽たちに笑みが見え始めた。よもぎは彼らの邪魔にならぬように隅で包帯を片付けた。
「おい孫三郎どこだ?」
腕に包帯を巻いた足軽の一人が話しかけて来た。
「さあ、見てないけど…」
「そうか、あいつにも教えてやろうと思ったってのに。」
足軽はぶつぶつ言いながら去って行った。
「よもぎ…よもぎ…」
今度は小声で名前を呼ばれた。鷹助だ。手に何か袋のような物をぶら下げている。
「ちょっといいか…」
彼女が答えないうちに手を引っ張った。
「えっ何?」
「話はこれから…お堂の外でするから…」
「待って…ちょっと…」
彼の力は強かった。よもぎは引っ張られながらお堂の外へ連れ出された。
「だから何?」
苛ついて掴まれた腕を振り払った。鷹助の顔は表情が沈みうつむいている。
「俺今から…この村を出る…」
「えっ?」
よもぎの表情が止まった。
「今から大将の命で隣村の本軍まで伝令に行くんだ…」
「これから…」
「これからだ。」
目の前にずっしりとした袋が見えた。鷹助が袋を彼女に差し出している。
「これ干飯。案内してくれた礼に。」
「…」
「中身開けてもいいけど誰にも取られないようにしろよな。いっそのこと干飯は誰にも言わないように秘密にしてくれ。必要な時にだけ使ってくれよな。」
言い終えると、またいつもの飄々とした顔になった。
「じゃあな。いろいろとありがとうよ。」
途端に鷹助が駆け出した。
「えっちょっと待って…」
よもぎは慌てて引き留めようとするが鷹助は既に走り去っていた。
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