エルフの領域【後編】

 

『チッ、挑発には乗ってこぬか』


 ああ、そういう……。


「では——お前たちの言う王の器とはどんなものだというのだ」


 は?

 思わず振り返る。

 なにを聞いてるんだ、他種族の俺たちに。

 でも振り返った表情は切羽詰まってそう。


「うちのレオハール王子は、国民のことをとても大切に考えていますよ。誰よりも優しくて、戦いが嫌いな人ですけれど……それでも国を守るために、この戦争の最前線で戦うと決めてここまで来ているんです。とても覚悟のある、王子様で、わたしは……あの人が王様になる『ウェンディール王国』は幸せだなって思います」

「真凛様……」

『なのだわ〜』

『うむうむ、あの王子はまさしく王に相応しい。うちの主人はだめだな、完全に人を動かすタイプではない。かと言って暗躍するほど頭がいいわけではないし、裏から王を支えられるタイプでもない。ある種の無能! 人誑しではあると思うが、どちらかというと胃袋を掴むタイプの人誑しだ』

「なんじゃそりゃ」


 俺、胃袋を掴むタイプの人誑しらしい。

 けど言い方ってもんがあると思うんだよ、なあ、鈴緒丸さんよ。

 確かにエディンの暗殺は何度か計画したがどれも詰めが甘かったので、暗躍できるタイプではないという点に置いては反論ができないけれども。


「……っ」


 うわあ、ヤバそうな顔してるなぁ。

 なんだっけ?

 マーケイルのストーリーは確かヒロインを口説いて、ヒロインの力を自分のものにしようとするがミイラ取りがミイラになる、というもの。

 ヒロインの力を自分のものにしようとしたのは、そもそも自国の勝利を渇望してのこと。

 冷酷で神経質な性格。

 加えて鈴緒丸が『エルフにしては魔力量が少ない』という発言と、今の——“王の器”。

 推測に過ぎないが、こいつ……マーケイルは王の器っつーか、才能がない?

 エルフの国でそれを話題に出されてて、焦ってる感じか?

 その焦りからヒロインの力をなんとか手に入れようとする?

 あー、それだと繋がるなー。

 だから許せとはならんけど!


「…………お前」

「?」


 俺?

 急にマーケイルの目線が俺に向いた。


「お前、本当に伝説の『スズルギライレン』……なのか?」

「……いや、鈴流木雷蓮は前世だが」

「人間族の『記憶継承』か」

「そうだよ」


 なんか前にもこの話しなかったっけ?


「こちらからお帰りいただけます」


 話しながら歩いていたおかげで、橋まで来ていた。

 ここの領域の世話係は頭を下げて後ろへ下がる。


「ありがとうございました」


 そんな世話係とマーケイルにわざわざ頭を下げる真凛様の礼儀正しさよ。

 本当この人どんな徳を積めばこんな心優しく可愛らしい存在に転生できるのだろうか。

 あ、つまり俺って前世で割とろくなことしてない感じ?

 ……してねぇな、雷蓮の時代から遡って考えても多分。


「待て」

「なんだよまだなにかあるのかよ」


 帰らせろよ。

 俺はお前と真凛様のルールやフラグは全力で叩き潰すぞ。

 間に割って入り、睨みつける。


「お前たち、明日我らに負けろ」

「断る」

「タダとは言わない。今回も我々エルフ族が優勝し、人間族の自治を認めてやる」

「いらん。俺たちは自分たちの力で優勝する。あとお前らに対しての対策もしっかり考えてある。明日お前らの相手をするのはうちの王子だ。言っておくが——俺より強いぞ」

「……!?」


 図々しい。

 ただ、まあ……この相手領地への来訪の本来の使い方というか、それはこういう裏の陰謀的なやつに使うものだろう。

 情報交換的な、な。

 俺はそれが非常にド下手と鈴緒丸に太鼓判をもらったわけだが。……いや、いらねーなこの太鼓判。

 とにかく、レオが明日、エルフの相手だ。

 相性的にもお前らには最悪な相手だよ、あいつ。


『主人よ……なぜ喋る……』

「え?」

『相手にわざわざ情報をくれてやる必要などなかろうに……やはり馬鹿なのでは……? 確かにあの王子は強い。本気になれば主人——というより雷蓮ぐらいは強いだろう。なんだ? 余裕か? 余裕故の挑発か? 存外やりおるのぅ』

「そ、そんなつもりは……」


 鈴緒丸に言われて初めて「俺なんか余計なこと言った?」と気づく。

 まあ、確かにレオが相手だぞ、って言ったのは情報漏洩になるのか?

 て、でもなー?


「人間族の、王子……レオハール。あの人魚の女王が気に入っていた金髪碧眼の男か」


 そうです。

 ……人魚の女王……。

 なんか地味に思い出すと寒気がするんだよなあの人。


「『スズルギライレン』よりも、強い? 馬鹿な。……あの古の剣士はエルフ族の歴史の中でも、伝承として語り継がれている。先の戦争でもっとも恐れられた——化け物……! それと、同等……? あ、ありえん……!」

『信じぬのならそれでもよいが、余裕を持って当たれる相手ではないことだけは夢夢忘れるなよ、エルフ。雷蓮の愛刀であった余が断言するが——アレを怒らせると武神クラスでなければ止められんよ』


 そ、そうなの?

 うそじゃん? って、鈴緒丸を見上げるとめちゃくちゃ真顔で見下ろされた。

 嘘じゃないんだ……えぇ……。


「……くっ!」


 一瞬怯えた表情になったマーケイルだが、振り返ることなく走り去っていった。

 もしかしたら敵に塩を送った?

 真凛様と顔を見合わせたが、俺たちは明日、見守ることしかできないのだ。

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