初戦の夜

 

 その夜。


「おや、真凛様」

「あ、ヴィンセントさん」


 部屋に向かう途中、渡り廊下で真凛様と遭遇した。

 風呂上がりなのか頰が上気し、髪が少し濡れている。

 ……いかんいかん。


「今日は本当にお疲れ様でした。とってもすごかったです!」


 できれば「かっこよかったです」がほしかった。

 いや、「すごかったです」でも十分嬉しいですけれども!


「いえいえ、ほとんど鈴緒丸に教わった戦い方で、技も大半使ったことないやつでしたし」


 ぶっつけ本番でも使えたのは、雷蓮の記憶と鈴緒丸が一緒にくれたイメージのおかげだろう。

 いや、でもやっぱ実際使ってみると威力にドン引きだった。

 やはり試し撃ちはすべきだな、と思います。

 それに——。


「真凛様がエメリエラ様から魔力供給してくださったおかげです。でなくば魔法は使えませんでした。魔力、そして魔法がなければ、身体強化魔法も使えずとても戦えたものではありません」


 これは実感として、だ。

 獣人と戦った時、身体強化はフル使用だった。

 元々『記憶継承』で身体能力が高いと言われている王家の血筋の俺でさえ、身体強化魔法がなければ獣人と戦えない。

 それほどまでに、種族の差というのは埋め難いのだ。

 きっと武神ゴルゴダは今回も人間族が負けると疑っていなかっただろう。

 けど、俺たちは——いや、クレースとその子孫は『記憶継承』で繋ぎ、蓄積し、ここまできた。

 戦えるのはアミューリア学園で、王侯貴族たちが次代のために己を高める努力を続けた結果だと思う。

 今の時代はちょっと気が抜けてきてる感はあるが、その積み重ねはちゃんと結果になっている。

 もちろんエメリエラの入る家……もとい魔宝石を作った人、戦争に協力してくださっている真凛様のおかげでもあるけれど。

 非常に癪だが、陛下の努力も無駄ではなかったんだ。

 非常に癪だが。

 認めるのが癪でしかないが。

 というか釈然としないが。


「なら、よかったです。……けど、気を抜いてはダメなんですよね。わたしは多分、戦いにおいて役に立たないと思うけれど……でも、やれることをがんばります!」

「あまり気を負わず……」

「そこでなにをしている!」

「「?」」


 誰の声だ?

 聞き覚えのない声が俺たちに向けて放たれたように思い、顔を上げる。

 ん!? エルフ!?

 金髪に緑の目……。

 見るからに神経質そうな顔。

 あれ? こいつ——……。


「え! また……!? ここ、もしかして……」

「また?」

「き、昨日も部屋に戻る途中、渡り廊下で突然別の種族の宿にいたんです!」

「えっ」


 確かに景色が変わっている。

 ズンズンと近づいてくる男——エルフは俺たちに手をかざす。

 あれはいつでも魔法を撃てるぞ、って体勢だ。


「鈴緒丸」

『呼んだか』


 あまりやりたくはないが、真凛様に危害を加えるというのなら俺も容赦するつもりはない。

 鈴緒丸に来てもらい、腰に下げていつでも抜けるようにする。

 しかし、できれば本当に戦いたくない。

 じわじわと体が痛くなってきているのだ。

 多分、身体強化魔法の使いすぎ。

 筋肉痛前のアレ。

 結構鍛えてきたと思うんだけど、なるんだな。

 いやだな、この筋肉痛が迫り来る時の痛みと違和感と恐怖!

 真凛様の治癒魔法で筋肉痛は治せますか?


「あ、あの、勝手に来てしまってごめんなさい! わたしは昊空真凛といいます」


 ぺこり。

 なんと勝手に他種族の領域に飛ばされたとしか思えない状況にも関わらず、真凛様は自己紹介して謝罪から入った。

 え? 天使……?


「……私はマーケイル・カリス。誇り高きエルフの国『星霊国』の王子である!」

「…………」

「わ、わあ、また王子様……! わたし、昨日は獣人国のガイさんとお話したんです! ガイさんも王子様でした。戦争っていろんな国の王子様が来るんですね」


 多分、素で言ってるんだろう。

 真凛様ってちょっとズレてることあるよな。

 そこが可愛らしいのだが。


「獣人と……? 貴様は今日、獣人と戦っていた人間族だな。なにしに来た!」

「なにしにもなにも、部屋に戻ろうとしたらここにいたんだ」

「昨日もそうだったんです、わたし。もしかして、わたしのせいなんでしょうか?」

『というよりもお主が首に下げている魔宝石が原因ではないか? 武神や女神どもはその石を欲しがっておるようだ。そういう話し声がちらほら聞こえてくる』

「「「え?」」」


 思わず隣を見上げる。

 目を細めた鈴緒丸は、ちらりと灰色の星空を見上げた。

 いや、睨めつける、と言った方が正しい。

 すると今度は真凛様の持つ魔宝石からエメリエラが現れる。


『なのだわ!』


 なにが。


『なんだかごちゃごちゃー、ってしてぬるぬるするのだわ!』


 なにひとつわからん。


『昨日もそうだろう。隙を見て主からその石——魔宝石とその女神を奪うつもりだ。昨日はその前にあの黒豹の獣人が主を見つけたおかげで、ことなきを得たのだろう。昨夜の世話役が普通に主を人間族の宿に戻したところを見るに、ゴルゴダ以外の天神族の仕業と考えるのが妥当』

「ひょえ……」

「え、じゃあ今日は? 俺も一緒にいるんだが?」

『空間系の魔法は難しい。よほど長けていなければ狙った時と場所に招くことはできんよ。ましてここの空間はゴルゴダの支配圏。横槍を入れてる者が望む通りにはならんはずだ』

「なるほど……?」

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