コミック1巻発売記念SSその2
馬車が停車する。
……それは僕のわがままだった。
「あちらにいる娘です」
「ありがとう」
リース領のとある町で、その少女はせっせと働いていた。
寒さの厳しいこの国では、芋は大切な主食の一つ。
それを収穫しているのだという。
最後に会った時、ずいぶん痩せたな、と思ったけれど……同時に背も伸びたな、と思った。
窓から見たその少女は、伸ばしていたはずのくすんだ藍色の髪を肩より上に切ったらしく、ずいぶんと短くなっている。
エプロンスカートを土で汚し、手袋をしたまま額の汗を拭う。
汗水を流して働く姿は平民そのもの。
ほんの二年前まで、王都の城の中で贅の限りを尽くしていた『王女』とはかけ離れた姿だ。
「怪我や病気はしていない?」
「はい。文字の読み書きができるので、普段は帳簿の記入なども手伝ってもらっています。町の孤児院で子どもに読み書きを教えたり、なかなかの活躍ですよ」
「そう……」
うまく笑えただろうか?
ローナの父、リース伯爵はにこやかに微笑み返してくれたから、多分ちゃんと笑えたとは思うけれど……。
けれど、そうか……あの子はちゃんと一人で出来てるんだね。
むしろ、人に頼られるような人間になっているのか。
もう一度視線を戻すと、身なりの良い男があの子に駆け寄ってきたところだった。
それを同じように見ていたリース伯爵が「ああ……」と少し眉を下げて教えてくれる。
彼はリース家とも付き合いのある商家の跡取りらしい。
平民の中に文字の読み書きや計算が出来る者はあまり多くないので、あの子の存在は商家からすると是が非でも嫁に欲しいようだ。
つまり、あの青年はあの子を妻にしたい、と度々声をかけている……という事らしい。
その話がどこまで進んでいるのかはリース伯爵も知らないが、おそらくそういう事で間違いないだろう……と。なるほど。
「殿下のお気に障るようでしたら、私の方から口を挟みますが」
「え? いや……うーん、どうなのだろう?」
「そうですね……学問に関しては我が領地も決して疎かにしているわけではありません。それなりに大きな町には図書館もあり、教員となる者も置いてありますから、開かれていると自負はしておりますが……」
「うん」
平民はあまり、文字の読み書きを積極的に学ぼうとはしないんだよね。
強制的に学ばせるにはまだ教える側の者が足りない。
教師たりえる者は、貴族相手の方がお金になるからだ。
その辺り、どう整備していけばいいのか悩ましいところではあるが、今の僕では他の公務も重なって真剣に取り組むには些か難しい。
いずれ誰かに任せられればと思う。
適任なのはスティーブあたりだろうか?
まあ、とにかく現状はそんな感じだ。
「やはり城で高等教育……『記憶継承』を持つ者が受ける教育を施されている分、彼女は非常に優秀です。独学では到底身につけられないような知識量ですから」
「うーん、だよねぇ」
……それは分かる。
分かるのだが……リース伯爵、僕が聞きたいのはそこではないんだ。
「彼の家の商会は立ち上がってまだ五、六年です。成長途中といえば、成長途中でしょう。彼女が入れば一気に伸びる可能性も……」
「…………」
「おや? 違いましたか?」
「そうだね……その……、……人柄はどうだろう?」
「ああ、そちらでしたか。……悪くないと思いますよ。彼自身も努力は怠らない人物です。まあ、容姿はいまいちですが……」
「ふむ……」
「彼女の方が容姿は整っているので、子どもは期待できるかもしれませんね」
「う、うん……」
容姿の話も割とどうでもいいんだけど……もしかしてリース伯爵もあまり彼の性格は知らないのかも?
なら……。
「もう少し詳しく調べておいてもらえるかな?」
「…………。了解致しました。……殿下、お変わりありませんね」
「仕方ないよ。……結局僕は彼女の『兄』だからね」
妹はいつまでも可愛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます