茹で蛸お嬢様完成



 ズズのイベント開始から四日経った。

 八月もそろそろ終わりに近付いてきたが、真凛様たちはまだ戻らない。

 報告もないのでひたすら心配なんですが。

「ニコライ」……と、呼んでも来ないしな。

 アイツは間違いなくクレイのところだろう。

 一緒に行ってるに違いない。

 まあ、それは良いのだが……戦況はどうなっているのだろう?

 報告がここまで降りてこないのは……仕方ない。

 仕方ないのだが……。


「…………」


 お嬢様とマーシャがあからさまに元気がないのがなぁ。

 スティーブン様は落ち着いてお茶を飲んでおられるが……お嬢様の方はいつも以上に口数が少なくておられる。

 レオもあれから休んでるし。


「ねぇ、ローナ?」

「え、あ……なにかしら、ヘンリ……」

「……美容のお店の方はどうかしら? 今年中にオープン出来そうな感じ?」

「ああ、進捗状況は私もお聞きしたいです」

「え、ええ……進んでおりますわ……今年中には、恐らく開店出来るかと……」

「「…………」」


 顔を見合わせるスティーブン様とヘンリエッタ嬢。

 分かる。

 お嬢様が、いつもの切れ味のない口調。

 目線もテーブルからほとんど動いていない。

 所作は相変わらず完璧だが、溜息も多い。


「ふふ……ローナって本当に分かりやすわね」

「そうですね。本当に。……分かりやすいといえば……マーシャ、来月の新刊はチェックしてますか? 来月は新シリーズ『暁の生首は月夜に舞う』が刊行ですよ!」

「ス、スティーブン様? それまさか恋愛小説の題名では、ありませんよね?」

「まあ、ヘンリエッタ様も恋愛小説は嗜まれるのでしょう? もちろん恋愛小説です!」


 ウソォ……。

 多分俺もヘンリエッタ嬢と同じ顔してたと思う。

 ……なんか、年々題名えげつなくなってませんかね?


「ほ、ほあ⁉︎ ……し、新刊……チェックしてねぇべさ……」

「あらぁ……。やっぱりエディンの事が気になるのですか?」

「え! ……そ、それは、まあ……。スティーブン様は心配じゃねぇんさ? ライナス様の事……」

「そうですね、心配ではありません」

「え!」


 意外!

 と、顔を見ればへにゃ、と困った顔をしていた。

 ……そんな事もないのだろう。


「だって魔法が使えるんですから。ライナス様は下手くそですし、従者石は持っておりませんが……なんというか、ケリー様が一緒だと思うと……」

「「「…………」」」


 そう、頰に手を当てて困り笑顔で語るスティーブン様。

 笑顔はどことなく儚げで、哀愁漂っておられるのだが言ってる事が言ってる事だけに……いや、ケリーの魔法の威力を知っている俺やヘンリエッタ嬢やアルトは完全に真顔で押し黙る。

 あ、あ、ぁぁぁあ、う、うん!

 そ、そう言われると、はい!

 そそうですよねええぇ!

 …………みたいな。


「……うちのケリーはそれ程戦力になりますの?」


 と、お嬢様がどこか驚いてらっしゃる。

 あ、ああ、そうか。

 お嬢様はケリーのあのえげつない模擬戦の数々をご覧になっていないから……知らないんですね。

 あいつら帰ってきたら一回ご覧頂こう。


「ローナ様、ケリー様は魔法に関してとんでもなく才能をお持ちの方のようでして……魔法を使わせれば右に出る者はおりません」

「え!」

「はい。魔法を使われますと俺やレオハール殿下、クレイすら迂闊に手が出せません……」

「えっ!」


 びっくりしてるびっくりしてる。

 顔は相変わらず無表情だけど肩が跳ねた。

 いや、うん、変だろ?

 俺とクレイは『闇属性』の魔法が使えるのにケリーの同時多発、かつ広範囲魔法には翻弄されるのだ。

 一番困るのは『グランドウェーブ』。

 大地が波のように揺れるやつ。

 あれを食らって知った事だが、俺とクレイが『闇魔法』で消せる魔法の効果範囲はそれ程広くないらしい。

 自分たちが動くところなら止められるのだが、止めるのに集中しているとその隙を狙われる。

 狙ってきやがるんだよ。

『ストーンランス』系のヤバいやつを容赦なく落としてくるんだよ……!

 それも、クッソわっるい笑顔で!


「あ、貴方もレオハール様も相当強いのでしょう……? クラスでトップの成績なのに……それでも、なの?」

「はい。あれは手に負えませんね……」

「ですからヘンリエッタ様もあまり心配しておられないのでは?」

「はい。全く」


 ヘンリエッタ嬢、笑顔が悟りを開いてる。


「エディンも最近は弓矢を魔法で操れるようになってきましたから、悪質ですよ」

「悪質!?」


 そう、スティーブン様が評すのも無理はない。

 あんちくしょうめは矢に風魔法を付与する事で操作。

 ふざけた角度から矢が無数に飛んでくるし、闇魔法でも矢に掛けられた魔法を無効化する事しか出来ないので矢自体は叩き折るなり避けるなりしなければならないのだ。

 そのやり口はまさしく悪質。

 マーシャよ、奴はケリー並みに邪悪な笑みで人の死角という死角を徹底的に狙う、騎士道精神をオリヴィエ様の腹の中に忘れてきたと断言出来るレベルのクズな戦い方をしてきやがるのだぞ。


「あとは……ハミュエラ様の動きの速さはクレイもお墨付きですからね」


 ハミュエラも全く心配いらないと断言出来ようぞ。

 なにしろレオがむくれる程の回避能力だ。

 クレイすら「……あれは攻撃が当たる生き物なのか?」と若干混乱していたぐらい。

 表現がおかしいだろう。


「心配なのはラスティ様でしょうか?」

「戦力としてはやや弱い気も致しますが……ケリー様のサポート役としてはあの方以上の方はおられますまい」

「!」


 ヘンリエッタ嬢が随分しれっとアルトが眉を下げる事を言ってしまうので、つい、慌ててフォローしてしまった。

 だが、そう思っているのは本当だ。


「ライナス様とハミュエラ様は交渉ごとに向いておりませんが……」


 うん、と全員が頷く。

 満場一致であの二人は交渉に不向き。

 そして、ぶっちゃけエディンはレオ……『王家』寄りとなる。

 今回の件は『亜人族』同士の内紛だ。

 そこに本来ならば、『人間族』の王家が利を得ようと介入しすぎるのはよろしくない。

 一応同盟を組んでいる建前、派手な事はしないと思うが……一部の亜人を裏で召抱えてこき使う、くらいの事はしそうなんだよなぁ。

 まあ、ニコライに担当してもらってる俺が言うのもなんだけど。

 俺はちゃんとお金払ってるし。

 クレイに許可もらってるし?

 もちろん、それはケリーも同じだったりもする。

 つーかあいつの場合はもっと悪質な事をやらかしそう。

 そこでラスティだ。

 穏やかな割に最近は随分しっかり自分の意見を言えるようになっているので、中立の立場からきちんとクレイの派閥とズズの派閥、そして俺たちの立場を加味し交渉の手伝いをしてくれるだろう。

 ケリーの口車に乗せられて、全員が上手い具合に丸め込まれるのを阻止してくれ、るといいなぁ……と、思うわけで……。


「ラスティ様は、中立公平な立場でケリー様の交渉を『手助け』してくださると思いますよ」


 さて、レオはそこまで分かっていたのか。

 まあ、ラスティの家に『機会』が必要だったのは事実だろうけど。


「……そ、そうだな。オレもそう、思う……」


 と同意してくれたのはアルト。

 頰がやや赤いが、まさか熱ではあるまいな?

 ストレートに「アルト様、顔が赤いですが熱でも?」と聞いたらなぜか睨まれた。

 あとヘンリエッタ嬢にもじとりと睨まれた。

 なぜ?


「そ、そう……ケリーがそんなに、皆様に頼もしく思われているのなら……そうなの……」

「……エディン様は確かにえげつなさそうださ……」


 とりあえず二人は安心してくれた、のかな?

 ええ、お嬢様……ケリーに至ってはホンットなんの心配もいらないと思いますから。マジで。


「ではこの話は終わりにして……ローナ様のお店のお話をしましょう!」

「えっ」


 手を叩いたスティーブン様。

 その満面の笑顔に、お嬢様は引き気味。

 しかし、どうやら根が真面目で心優しいお嬢様は……ヘンリエッタ嬢のご友人の一人、ティナエール嬢の一言に相当心動かされたご様子。


「……ええ、今八月ですが、二ヶ月後にはプレオープン出来るよう調整中ですわ。ヘンリやマーシャ、メグや巫女様が集めてきてくれたデータを基に試作品が出来ていますの。ティナエール様の仰っていたそばかすを薄くしていく効果のあるクリームも、既にきちんとしたレシピが出来つつありますわ」

「まあ! それは嬉しいですわ! ティナエールも喜ぶ事と思います!」

「……これまで皆さんに頼まれて作ってきたものが、商品になると思うと少し不思議ですけれど……。ええ、無駄ではなかったのですわね。量産品はもう少し改良が必要ですが、オーダーメイドなら……」


 おお、お嬢様がやる気満々だ!

 ……俺にはよく分からないが、やはり女性は美容品だな。

 お嬢様も表情が柔らかい。


「皆様に喜んでいただけるように、頑張ります」


 頑張ってください!

 お嬢様!

 そのお店はお嬢様の破滅エンド回避に大いに役立つはずですから!

 俺ももっと頑張りますよ!


「店名は決まっているのですか?」

「え、あ……いえ、それはまだ」

「決めておいた方が良いと思いますわよ」

「は、はい。そうですわね……」

「何にすんだべさ?」

「マーシャ、また訛っているわよ」

「んぐっ」


 店名か。

 そういえばまだ決まっていなかったな。


「決めてください」

「え?」

「今決めてくださいお嬢様。看板を発注致します」


 あと、チラシとメニュー表とご報告のお手紙等々……宣伝にとても重要。

 今決めて頂きたい。是非。

 笑顔で。

 思い切り圧付きで。

 頼んだ。


「…………。テ」


 テ?


「……テディ・ベア……」


 …………なぜに熊のぬいぐるみ?

 そして、なぜに顔が真っ赤なのですか?


「……可愛らしいですが、なぜテディ・ベアなんですか?」

「熊のぬいぐるみ、ですわよね?」


 スティーブン様もヘンリエッタ嬢も不思議そう。

 マーシャも……首を傾げている。

 俺も分からない。

 テディ・ベア……なぜ?

 お嬢様、別にテディ・ベア集めとかしてないじゃん?

 いや、お嬢様がそれでいいなら、すぐ看板作り他諸々、その名前で手配するけど本当にそれでいいのか?


「変更出来ませんが、それで本当によろしいのですか?」


 一応最終確認はする。

 すると、お嬢様は耳まで隠して顔を両手で覆い、コクコクと頷く。

 え?

 なに、これ、絶対レオ関係だろ?

 なんなの?

 テディ・ベアでも贈ったのか、レオ?


「ローナ様……」


 やはり怪しんだスティーブン様が答えを促す。

 すると観念したお嬢様が口を開いた。


「……一昨年、町に行った時に……買った薔薇です」

「?」

「あ! あー!」


 俺は分からんのだが、マーシャは何か察したらしい。

 そして大声で「レオ様に買った品種を当てられたアレー!」と……はあ?


「お嬢様! この間のデートの時やっと咲いた『テディ・ベア』の花を砂糖漬けにしてら持ってってた!」

「マーシャ!」


 怒られてやんの。

 ……いや、この間のデート?

 ああ、俺がマリーの監視で行かなかった時の?

 あの時一応そんな事してたのか。

 ……ん?

 一昨年町で買った『テディ・ベア』を砂糖漬けに?

 え?

 熊のぬいぐるみを?

 けど花って……はっ!


「あ、あの時の薔薇……」


 え、お嬢様あれマジに育ててたの?

 そんで、やっと花が咲いて?

 それを砂糖漬けにして持って行ってレオと食べたか何かしたと?

 は?

 ほう?


「…………分かりました。では店名はそのように」

「…………」


 頰に両手を当てたまま、茹で蛸のようになっているお嬢様。

 これは、多分あれだ。

 俺は鈍器なので正しいかどうか分からないけど…………『リア充爆発しろ』っていうやつだな?

 オッケー、深く突っ込みませーん!



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