例の件!【後編】



「それただの破滅エンドじゃないですかぁぁぁ!」


 ビクッと肩を跳ねさせるヘンリエッタ様。

 でも仕方なくない?

 最初に聞いた時は「なぜ俺は生きているうちに『フィリシティ・カラー』の続編を調べてプレイしなかったんだぁぁぁあ!」と心の底から心の中でさけんださ。

 お嬢様の!

 お嬢様のルート!

 生きていたらプレイしたかった!

 と!

 思った!

 の、に!


「どうしてそんな事に!」


 お嬢様のルート、お嬢様のエンディングは顔に傷!

 令嬢としての『死』に等しいではないか!

 それただの破滅エンド!

 さして! 変化なし!

 思わず床に手と膝をつく。

 なんて! なんてこったいーーー!


「あ、えーと……ローナルートのストーリーはね、エディンと婚約していたローナが、実はレオ様に恋をしていた事が発覚するの。ローナと親密になってその事を聞かされたヒロイン達は、その恋を成就させようとする」

「!」

「っ!?」

「でもその事を知ったマリアンヌによってローナは顔を傷付けられる。戦争から帰った後にそれを知る戦巫女ちゃんと、使用人のマーシャやたまたま町で友達になったメグ。戦巫女ちゃんは戦争に勝って爵位をもらい、マリアンヌにザマァした後ローナを侍女として迎えるエンディング。マーシャは『本物』である事が発覚して立場逆転! ローナを侍女に迎えるエンディング。メグだけ亜人の世界に彼女を連れ出して、自由に生きるエンディング……だったはずよ」


 わたしもプレイしてないんだけど、と付け加えられるが、なんの慰めにもならん。

 なんだそれ、なんだそれ……なんだ、それ……!


「お、お嬢様の、あのお美しいお顔に……き、傷……お、お怪我……、い、いや、待て、なぜ巫女殿は治癒の力でその傷を治して……」

「ご、ごめんなさい……そこまでは分かんない……」

「ぐぬぅうううう!」


 いや!

 レオなら!

 レオならお嬢様のお顔に傷が付いても一切気にしないと思うけれど!

 でもそこじゃないんだ。

 お嬢様のお顔に傷が残る。

 それが問題だ!

 お嬢様自身はお美しいままでも、俺やレオの気持ちが変わる事はあり得ないけれど、でも……『貴族令嬢』として顔に傷が残るのはーー!


「……えーと……だからその、えーと……あ、で、でも! ほら! もうマリアンヌはいないわけだし!」

「でも偽者のマリアンヌ姫ってつまるところマリーですよね」

「…………そうね」

「消すか」

「ケ、ケリー落ち着いて!?」

「そうだな」

「水守くんも落ち着いて!」


 アンジュの言う通り。

 つまるところ要するに、マリーだ。

 マリーはまだレオに未練があるような感じだったし、破滅フラグは早々に刈り取るべきだよなぁ……?


「……申し訳ありません、やはりあたしの責任ですね……あの子を呼び寄せてしまったのはあたしですから……」

「うっ」


 アンジュが視線を落とす。

 た、確かにまあ、そ、それは……。


「でもあの子にはもうそんな事出来ないわよ! 多分……。ゲームと違ってレオ様と婚約したわけだし! ……多分」

「お嬢、説得力がありません」

「……しかし、そうなるとつまり戦巫女、マーシャ、メグと……義姉様はあまり仲良くするのは好ましくないって事か?」

「……っ!」


 ケリーが腕を組む。

 なんとか立ち上がり、その表情を伺い見た。

 お嬢様とマーシャとメグ、そして巫女殿が仲良くするのは——危険!?

 そんなの絶対手遅れじゃね!?

 マーシャなんて『お嬢様のメイドになる!』が人生の目標になってるんだぞ!? 姫なのに!


「……ふ、普通に考えたらそうかもしれないけど……そもそもメグってゲームが始まってからローナと町で出会うはずなの。それで、ローナ付きのメイド見習いになって、親睦を深めていく……的なストーリー……だったはず。でも、メグはとっくにローナのメイドになってるし……」

「ストーリーがすでに進んでる……?」

「え、ええ、そうね……」


 ケリーが目を細め、ヘンリエッタ様がそれに頷く。

 ストーリーが、早まっている……?

 っ……まさか、もうメグかマーシャのヒロインでストーリーが……!?


「で、でもマーシャはもうエディンと婚約してる。ざっくりエディンルートだとしても、ローナは婚約破棄してるからエディンを想って自殺なんてしないはず!」

「そ、そうですよね!」

「でもそうなると巫女殿とメグだな」

「「うっ」」


 そうだ。

 あの二人のヒロインには、まだ恋人と呼べる相手はいない。

 メグはそもそも難易度が高かった。

 だが、メグがヒロインの場合のストーリーに現在の状況は酷似している。

 これは、メグを早々に誰かとくっ付けるべきか!?

 けど、誰と!?

 そして巫女殿だ。

 さすがラスボス……良い子な分、あの悲しみしかないノーマルエンディングに持って行きづらい!

 ……攻略対象も多いから、ノーマルエンディングまでの恋愛イベントを妨害しまくるよりレオとエディンとケリーと俺とクレイ……要するにメイン攻略対象以外の誰かとくっ付いてくれた方がみんな幸せになれると思うんだが……。


 大変まずい事に…………追加攻略対象、一部が攻略不可な状況である。


 まずライナス様とスティーブン様。

 こちらご婚約が内定してしまった。

 ミケーレ・キャクストンとルーク。

 魔法研究所とオークランド家の件が片付いてしまっているので、二人のルートのラスボスが消滅済み。

 ……つまり、あの二人のルートも破壊済みという事!

 まあ、そもそもルークが攻略対象だったのも驚いたけど!

 残る攻略可能対象はハミュエラ、アルト、ラスティ、そしてニコライ……。


「…………。メグと巫女殿には、他の攻略対象とくっ付いて頂くのが……現状を守るのに最も有効だと思うんですが……」

「え? あ、まあ、そうね……。でも、誰と?」

「その、スティーブン様、とライナス様は言わずもがな。ミケーレとルークも、その、ストーリー上の敵がいなくなっていますよね?」

「そうね……。じゃあ残るはハミュたんとアルトんとラスティとニコライ?」

「はい。……で、ヘンリエッタ様にご相談なのですが巫女殿とメグが攻略出来そうな感じに誘導出来ますかね?」

「えーと……」


 難しい顔で記憶を呼び起こすヘンリエッタ様。

 ………………。


「ん? ハミュたん……?」

「んんん!」


 あ、はい、それは触れない方向なんですね、はい。

 …………ハミュたんとアルトん……。

 ええ……まさか俺やケリーにもそういうあだ名あるの?

 こ、こわい……っ!


「そ、そうね、他の攻略キャラたちの好感度にもよると思うけど……この世界が『一周目』とか周回関係ないのなら、可能だと思う……」

「!」


 ああ、そうか……一応追加攻略対象は『二周目以降』とか『三周目以降』に追加されるんだっけ。

 ここまでストーリーが狂ってるなら大丈夫!

 だと思う。

 いや、大丈夫であれ!


「メグとハミュ、は、ハミュエラ様は去年パーティーでダンスも踊っていたし、もしかしたら好感度は高いかも」

「なるほど」

「でもハミュエラ様って、誰にでもああだし、エメリエラの力で好感度が確認出来るわけじゃないからはっきりとは言えない……」

「そ、そうですね」

「それに巫女た、んん、巫女様は出会い方が違うし。……この先イベントが発生するのかも……んんん?」


 え……それじゃあストレートにノーマルエンディングルート!?

 お嬢様完全救済……!?


「発生するとしたら、その四人のイベントはいつどこで起きるんだ?」


 とケリーがしれっと聞くので俺のテンションは下がる。

 いや、さすがケリー……俺の淡い希望など現実という10tトラックで容赦なく踏み付けていくな。


「えっと、そうね……ハミュエラ様とアルト様の恋愛イベント入り口は五月から六月。好感度やステータスにもよるけど、その頃にハミュエラ様の場合は従者が決まってくると起きるわ。アルト様も同じ。ラスティ様は少し遅くて夏季休みの時。ニコライも六月から七月ね」

「その、追加攻略対象たちってもしかしなくても追加シナリオとか設定があったり、する?」


 ずっと聞きたかった事を、ようやく口にする。

 するとあっさり「あるわよ」と頷かれた。

 思わず頭を抱える。

 やはり……。


「ハミュエラ様は無印のシナリオが神すぎて追加スチルとセリフだけだけど、『トゥー・ラブ』からアルト様とラスティ様は設定とシナリオががっつり追加されてるわ。アルト様はお父様が自分のお母さん以外の女性と子どもを作り、その子達をフェフトリー家に迎え入れた、というストーリー。これはエンディングによって変わってくるの。アルトんの場合は『トゥルーエンド』が一番幸せ! アルトんのお父さんが実はアルトんが体が弱い事をずっと気にしていて、アルトんが領主や公爵家の当主として重荷を背負わせたら死んでしまうんじゃないか、と心配して旦那を亡くした女性を支援する意味も込めて、彼女の二人の子どもを引き取った……というものなの!」

「……!」


 そうだったのか。

 てっきり陛下並みの残念クズ男なのかと……。

 ……確かにアルトの体の弱さはなかなか深刻そうだったもんな。

 スケートの翌日熱出してたし。

 一日で回復したから良かったけど。

 去年は元気そうだったが、寒くなると体調を崩しやすくなるってアルトんちのレイヴァスさんが教えてくれた。

 だから割とダボっとした、ローブのような服を羽織っている事が多い。

 そうか、一応フェフトリー公爵はアルトの為に跡取りを引き取ったのか。

 ついでに旦那を亡くした女性を支援する意味も……。

 ……いや、なんか微妙にそれはすっきりしないような……?


「ふーん……ハワードは?」

「ラスティは考古学や古美術品が好きなんだけど、それを否定してくる執事が登場するのよ」


 やはり!

 エリック!


「執事?」

「そう! ラスティには超ドSで歪んだ愛を向ける執事がラスボスとして登場するの。こっちも『トゥルーエンド』が一番幸せかな? ラスティの好きなものややりたい事を徹底的に否定してくる執事のせいで、ラスティは自信喪失、完全にネガティブ思考の諦念ボーイになっていく。そんな彼の姿をヒロインたちは見ていられなくて、執事と対峙する! って感じ! 『トゥルーエンド』だと執事がラスティに対して歪んだ愛情故に酷い事を言っていた事が分かり、自分の感情を理解した上でラスティにそれを否定され、改心するの!」

「か、改心? あいつがですか?」

「え? ええ? ええ?」


 ニュアンスの違う「ええ?」が続き、目をパチクリさせるヘンリエッタ様。

 な、なんだ?


「ヴィンセント、ラスティの執事を知ってるの?」

「昨日思い切り会ってきましたよ。あんまり楽しそうにラスティ様を虐めておられたので、まずテメェが使用人宿舎に来いと挑発して引き離しました。……やはりあいつがラスティ様のルートの関係者だったんですね」

「……へえ、珍しいな? エディン・ディリエアス以外でお前があからさまに口調が荒くなる奴」


 ケリーのなんとも楽しげな顔。

 お前はあいつと会ってないからそういう事が言えるんだろう。


「ああ、あれはエディンの比じゃないクズ野郎だったからな……!」

「そうよ! ケリー! あいつ本当に超! クズよ! ドSだし!」


 ……ドSに関してはうちのケリーとかなりドSではなかろうか。

 いや、絶対口には出せないけれど。


「ラスティの悲しそうな顔を見ると興奮する変態なの!」


 ……それはもう殺していい変態なのでは……?


「ふーん? 確かにそれはかなり危なそうだな……」


 お前が言うか?

 いや、絶対口には出せないけど。


「改めて『フィリシティ・カラー』……ヤバイ乙女ゲーですね」

「そうよ、腐女子にも優しい仕様よ」

「婦女子?」


 違う。

 ケリー多分絶対字が違う。

 でもそこを訂正する勇気は俺にはない!

 あとそこ断言されると複雑なものがある!


「コホン。……では、ニコライは……」

「ニコライは『トゥー・ラブ』の二回目のアップデートから追加攻略対象になったキャラで、やっぱり『パーフェクト』に設定とシナリオが追加されてるわ。ニコライのシナリオはみこたそだと、クレイに心酔して、クレイの為にみこたそを籠絡させようと近付くの。そうね、マーシャも『本物のマリアンヌ』である事を亜人の情報網で事前に知ったニコライが、この国をクレイに捧げようと近付く……という感じ。メグの場合は諜報員としてメグの教育係になり、メグの成長と新たな魅力にメロメロになっていく、って感じかしら!」


 ふーん……。

 すごい、全く興味が湧かない。

 そしてヘンリエッタ様……いや、佐藤さん、すごく楽しそうだ……。

 まあ、好きなものを語る時は人間饒舌にもなるしな。

 俺も勉強になる。

 佐藤さんすごい。

 ありがとう佐藤さん。


「巫女殿とマーシャは、じゃあつまりミイラ取りがミイラになる感じなんですね」

「いや、割とストレートにこういう事情なので、って口説いてくるわ」

「うわあ……」


 なぜか仕事モードのニコライならそれをやりそうだと思った。

 最近仕事モードのニコライ見てないけど。

 ……そういえば本当に最近仕事モード見てないな?


「最初は仕事モードでワイルドな感じだったんだけど……素のニコライの紳士的なところや、ミステリアスなところにヒロインたちは惹かれていくの……」


 まあ、確かにミステリアスではあるな。

 良い言い方をすれば。

 俺はただの変人にしか見えない。

 うっとりしているところ悪いけど佐藤さん、このゲーム変人率高くないか?


「そしてメグがヒロインで明かされるニコライがクレイに抱く深い忠誠心の理由!」

「ほ、ほう?」


 それは少し気になるな。

 レオに対するエディンのように、ニコライはクレイを……そう、尊敬しているような感じだった。

 まあ、騎士というよりは影から支える的な感じだけど。


「吸血蝙蝠(きゅうけつこうもり)という亜人でも珍しい種であるニコライを、自分付きの諜報員に選んでくれたクレイにニコライは感謝していたの。妙な偏見も持たず、能力だけを評価してくれるクレイに居場所を与えられたと思ったそうよ。何より、食事が他者からの血であるニコライに、躊躇なく自分の血を分けてくれた。ヒロインたちも空腹のニコライに同じ事をして、彼の心をゲットするのよ!」

「…………」


 居場所を、与えられた。

 ニコライも……。

 そして、その相手がクレイ。

 ああ、それなら納得だ。

 とても、気持ちが分かる。

 まあ、やっぱり血が食事なのかという点は、アレだけど。

 なるほどな〜、そういうストーリーなのか〜。


「ニコライは却下で」

「ええ……なんで?」

「マ…………、……若い娘の玉のお肌に傷が付くんだろう? 却下だ」

「「「…………(ダメだこのシスコン……)」」」



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