計画実行へのフラグ



「おはようございます」


 戦巫女、マリンちゃん召喚及びうちのお嬢様とレオの婚約内定から翌朝。

 俺は使用人宿舎の厨房で声をかけてきた少女に固まった。

 藍色の髪を後ろに三つ編みにした、そばかすのある笑顔。

 純粋に沸き立った感情は「どのツラ下げて」である。

 俺の顔もさぞ引き攣っていたであろうに、彼女は気にした様子もなく、焼き上げたパンを皿に載せた。


「君は……帰ったんじゃなかったのか?」

「ええ、殿下にそのように言われたと、アンジュさんに伺いましたわ」


 しれっと答えるな!?

 他の使用人たちも思いっきり距離をとって作業している。

 この時間帯、みんな主人への朝食作りや運搬作業でめっちゃ混むのに。

 ここだけポツンと空いている。

 いや、まぁだから俺は「ラッキー、空いてるー」とホイホイ近付いてきたんだけど。


「どうぞ。空きましたわ」

「どうも。……帰らないのかい?」

「帰らなくてもいいようにマリン様がお口添えしてくださるそうなので。まだどうなるか分かりませんが、帰るつもりはありませんわ。御心配なく。あたくし、もう以前のあたくしではありません。あなた方や、特にあなたの主人に危害を加えるなんて恐ろしい事、決してしないと誓います」

「………………」


 やけに自信満々。

 胸まで張って主張していく。

 巫女殿への朝食を運び、女子寮へ向かう彼女……元マリアンヌだった少女マリーを見送るしかない。

 ……マジかよ……。



 *******




「マジかよ」


 と、盛大に表情を歪めてこの話を聞いた三名。

 ケリー、エディン、ライナス様。

 あ、ちなみに場所は二年生男子寮。

 来年には三年男子寮になる。

 ケリーは俺が呼び出した。

 だってこれは、耳に入れておかねばだろう。


「エディン、レオに伝えておいてくれないか?」

「そうだな。分かった。……一番浮かれてる時にこれを伝えるのは心苦しいものがあるけどな」

「あの巫女殿ならオーケー出かねないしなぁ」


 と、頭を抱えるケリー。

 俺も同じ意見だ。

 あのマリーは、そこまで分かった上で巫女殿に「残りたい。口添えしてほしい」と言っていそう。

 昨日の朝の、控えめな態度はどこへ消えたのやら。


「しかし、彼女は本気で残るつもりなのだろうか? 彼女の顔を知る令嬢も少なくないだろうに」

「どんな目に遭うか分かってないんじゃないか? 放っておいてもいずれ泣いて逃げ出すかもな。女のいじめは陰湿だというし」

「そ、そうですね……」


 ライナス様の心配を、ある意味打ち砕くようなエディンのコメント。

 俺もケリーもドン引きだ。

 だが、そんな気がしてきた。

 エディンの言う通り、残ったところであの子には地獄だろう。

 放っておいても大丈夫、かな?

 俺たちが何かしなくても、同じメイド仲間たちに相当いじめられそう。

 可哀想だけど自業自得だし、それで二度と王都に近付かないのならそれが彼女にとっても一番いいはず。

 だって本来なら、服毒自殺の刑か最北端への追放だぞ。

 うちのお嬢様の口添えでルコルレ町で働けるようにしたんだから。


「とりあえずは様子見しましょう。何か不穏な動きをしようものなら叩き出す。これでよろしいですか?」

「俺はそれで構わない」

「う、うむ。俺も……その、正直彼女にはあまり関わりたくないというか……」

「まあ、普通そうだろうな。しかし、巫女殿への影響は心配ではある。ケリー・リース、お前のところに亜人のメイドがいたよな? あの娘に監視させる事は出来ないか?」

「メグにですか? うーん、どう思う、ヴィニー」

「そうだな……可能だとは思うが……」


 何しろメグって一応亜人族の『諜報員』らしいし。

 ニコライに言わせると「諜報員の訓練は受けさせましたがポンコツでして……」と目を逸らしながら肩を落としていた。

 ふ、不安ではあるが、最低限の事は出来るんじゃないか? 多分。


「ぶっちゃけアンジュに頼んだ方が安心ではある」

「それを言うと身も蓋もないような……」

「連れ込んだのはアンジュだしなぁ。……その責任をとってもらうのもありか」

「では二重に監視させましょう。二人体制の方が確実ですし」

「「賛成」」


 エディンとケリーの澄まし顔での賛成に、ライナス様は複雑そう。

 真面目なライナス様にとっては『監視』……それも年端もいかぬ少女を、というのが引っかかるのだろう。

 しかし、忘れてはいけない。

 あの少女は元マリアンヌ。

 暴走して、剣を振り回した事もあるのだ。


「では俺はこのままレオのところへ諸々報告に行く。他に何か伝える事はあるか?」

「私は特に」

「俺はお嬢様との婚約の手続きに関して、レオに書類をいくつか持っていってほしい」

「貴様……いや、まあいい。預かる。ベッグフォード、貴様は?」

「俺も特にはないが……城の警護なら付き合うぞ」

「いや、それは問題ない。ならベッグフォードとリースは巫女殿のご機嫌伺いでもしていろ。あの巫女殿の性格がイマイチ掴めない」

「ああ、それは確かに。この世界とは文化がだいぶ違うようでしたからね。ベッグフォード様も、まだ巫女殿とお会いはしていなかった……ですっけ?」

「う、うむ。そうだな。昨夜のパーティーは正直途中から記憶が曖昧で……」

「「えぇ……」」

「…………」


 ライナス様……そんなに緊張していたのか。

 い、いや、プロポーズだもんな。

 俺には想像もつかないほど緊張したんだろう。


「じゃ、なんか作ってくるか」

「へ? 待て、作って……?」

「お茶会にでもお誘いしようぜ。義姉様とヘンリも一緒に」


 キラキラといい笑顔だな!?

 いや、それはとても良い考えだが……その言い方だとお前が何か茶菓子を作る、と言っているように聞こえるな!?


「言っておくがお菓子は俺が用意するぞ」

「はあ? 義姉様の口に入るものをお前ばかりが作るなんてずるいだろう」

「だったらヘンリエッタ様の分はお前が作ればいいだろう! お嬢様の分は俺が作る!」

「あの、俺もその茶会には行っていいのだろうか?」

「だったらついでにスティーブンも誘って、いつもの感じで和気藹々としたらいいんじゃないか?」


 ――ハッ!

 ナイスだエディン!

 いつもの感じ!

 それだ!


「そ、それならいっそハミュエラ様やアルト様、ラスティ様もお誘いしませんか? ハミュエラ様とアルト様は巫女様と同級生! になられるわけですし!」

「おお! それはいい考えだなヴィンセント! ……巫女殿には是非ハミュエラに耐性を備えて頂きたいしな……」

「「あ、ああ……」」

「そ、そうだな、それがいいだろう……。ああ、それからダモンズが喜びそうな話があったんだ。『ウェンデル』の側に『クレイシス』という湖があるだろう?」

「え? そんなのあったか?」

「ありますよ」


 ライナス様は北から来たから知らなかったのかな。

 王都『ウェンデル』の東側には大きな湖がある。

 王都の中を張り巡るように整備された用水路の水は、最終的にその『クレイシス湖』へと辿り着く。

 多分、それが地中に浸透してこの辺の水脈になっているんだろう。

 地下熱のおかげか『クレイシス湖』の一部は温泉になっていて、市民の憩いの場にもなってるんだとか。

 貴族は『外で入浴はしたない』と近付きもしないがな。


「今年の氷の張り具合の安全が確認されたそうだ。一部区画でのスケートが解禁されたそうだぞ」

「へえ」

「おお! それはいいな!」

「ああ、なるほど」


 スケートかぁ。

 確かにハミュエラが大はしゃぎしそうな話だな。

 この国は寒いから川でも沼でも凍ればとりあえずみんな滑る。

 老若男女、平民貴族関係なく滑る。

 冬の間の運動不足解消に国が推奨してるくらい、とにかく滑る!

 そういえば学園の中にも、小さいけどスケートリンクがなかったか?

 あちらは整備中だっけ?

 お嬢様の運動不足解消の為にも確認しておかねば!


「…………」

「ん? どうした、ディリエアス。顔色が急に悪くなったぞ? 不調か?」

「いや、スケートで思い出してしまった……。うちの祖父が陛下に『最近の若者は根性が足りない。雪山で訓練をさせるから予定を組め』と言い出していたのを思い出した……」

「「「はぁ!?」」」


 ゆゆゆゆ雪山で訓練!?

 訓練んん!?

 な、何の!? 何の訓練だ!?

 ええ!? 冗談だろう!? 訓練んん〜!?


「な、な、何をさせられるんですかっ、それ!?」

「俺も知らん! ただ、学園の行事として提案されたから、来年度の行事として組み込まれるそうだ。恐らく二月か三月には……」

「え、えぇ……? エディン様、それって男女関係なく、です、か?」

「あの人が女だがらと甘やかすわけがあるかよ……」

「「「……………………」」」


 エ、エディンの顔よ!

 聞いたケリーが後悔してる!


「…………ま、まあ、ら、来年度の事、ですし?」

「そ、そう、だな?」

「と、とりあえず今日の事をお嬢様たちに伝えて参ります……」

「では俺も城へ行く。じゃあな」


 多分、俺だけではないだろう。

 嫌な予感しかしない。

 と、感じたのは。

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