番外編【メグ】10
「お買い物へ行くってさ!」
「いつ?」
「明日! 義兄さんがお城でお勉強してくるらしいから!」
「は、はあ?」
と、言い出したのは働き始めて一週間ほど経ったある日。
お兄さんは週に一度、お城で開かれる勉強会に参加している……らしい。
アミューリアの生徒としても、執事見習いとしても勉強を欠かさないんだから、そりゃあ忙しいはずだよねー。
その上マーシャやあたしの面倒、もとい教育もしてるんだもの。
……それを知った上でお買い物って……この子、ホントさすがだわ〜……。
「というわけで早く寝るべさ〜! お嬢様とメグとお出かけ! 楽しみだべさぁ〜!」
「こらこら、ベッドで飛び跳ねない…………? え? お嬢様も?」
「うん!」
ブワッ。
……聞いた瞬間耳と尻尾の毛が逆立った。
いや、うん、別に嫌いというわけではないのよ。
ただ、マーシャに比べて感情の起伏がほぼなく、所作っていうの?
振る舞いに一切の隙がなく、淡々としていて感情の生き物と呼ばれる『人間族』とは思えないほど落ち着いていて……ちょっと怖い。
マーシャとの会話には淡々と応じるけど、ほとんど聞き手で自分から話す事はあんまりないし。
まあ、マーシャが喋りすぎてる感はあるけど。
雇い主が苦手だなんて、メイド見習いとしてどーかとは思うんだけど……あれは仕方ないよー、怖いよー……。
「そ、そうなんだ。でもあたしは……」
「そうだ! 本屋さん行こうよ! 新しい恋愛小説も発売されてるはずだし! あのなあのな! スティーブン様に『不死身の腐敗女』っていう恋愛小説が発売されるって聞いたんよ!」
「…………ふ、腐敗、オンナ……」
いや、題名に騙されてはいけない。
これまでマーシャに借りて読んだ恋愛小説は本当に恋愛ものだったもの。
で、でも今回はまたずいぶん怖い題名だなぁ⁉︎
「メグもお給料入ったんでしょ⁉︎ 何買うか決めておくとええべさ!」
「…………。うん」
お掃除や洗濯がある、と言って逃げようとしたけど無理っぽいな。
マーシャのこの笑顔の前では……。
覚悟を決めよう。
そう、決めた翌朝。
「では行きましょうか」
「はい、お嬢様!」
「は、はい、お嬢様」
うわあ! 私服のお嬢様、やっばぁ……!
紫色の薔薇のバレッタ。
大変上品な薄紫色のドレス風ワンピース。
アミューリアの制服も相当にキリリと着こなしているけど、私服は私服でものすごい隙のない大物感!
近く歩くのやだなー……。
「制服じゃねぇって事は、プリンシパル区より外さ行くべさ?」
「訛りに気を付けなさいと言ったでしょう、マーシャ。今年はマリアンヌ姫様のお誕生日パーティーはないけれど、いずれ貴女にもドレスや靴が必要となります。採寸して、生地やデザインを選び、靴も作らなければ」
「ええ⁉︎ わ、わたしの⁉︎」
「そうよ。今日のお買い物はほぼ貴女が来年必要になるものを買いに行くんです。覚悟なさい」
「…………!」
マーシャがショックで固まった!
……け、けど、なるほど?
お兄さんがいないのはマーシャの来年必要な一式を買うから、なの?
それなら別にいてくれてもいいんでは……。
「ヴィニーがいると保守的なデザインばかりになるから、自分の好きなものを選ぶのよ」
「……あ、ハイ」
スン……とマーシャの顔が真顔になる。
どういう意味なのか、分からないのはあたしだけらしい。
保守的なデザイン?
まあ、そういうわけで町には学園から借りた馬車でお出かけ!
馬車なんて生まれて初めて乗ったよ。
すごーい、速……速くないのね……。
これなら走った方が速いんだけど。
「メグ」
「ふぁい⁉︎」
「マーシャが採寸している間、装飾品を選びましょう」
「…………。あの、お嬢様、一つお伺いしてもいいでしょうか……」
「何かしら」
苦手なのだが、気になってしまったのよね。
呉服屋さんにマーシャを置いて店を出る。
そこで、お嬢様に問い質す。
「どうしてプリンシパル区のお店じゃなくて、北区のお店まで来られたんですか? プリンシパル区の方が、貴族御用達のお店がたくさんあるのに」
マーシャを侮っているから、あえてプリンシパル区の外の格落ち呉服屋とか、装飾品店を選んだのかな。
しょせんメイド。
この程度の店でいいだろうって事?
だとしたら、ちょっとひどすぎるんじゃ……。
「そうね、プリンシパル区のお店も素敵なものが多いわね。けれど、プリンシパル区ばかりが潤って、北区にあるお店は見向きもされないのは……貴族として見過ごせないの」
「!」
「メグ、覚えておきなさい。北区にある装飾品店はノース地方から細工に凝ったものが多く輸入しているのよ。ノース地方は宝石の産地だけど、そういうものはほとんどプリンシパル区へ流れてしまう。ノース地方の装飾品技術はウエスト区の職人と遜色なく、尚且つ、宝石加工に関してはウエスト区よりも上。大きな宝石をゴロゴロと付けているものより、細やかで職人が一つ一つ丁寧に作った物の方が……マーシャには合うはず」
こつ、こつ、と進み始めるお嬢様。
呉服屋さんから数歩進むと、貴金属店があった。
そのお店の扉を開くと……そこは別世界。
煌びやかな宝石はほとんどないのに、圧迫感を感じるほどキラキラと輝いていた。
金、銀、プラチナ……。
細かい模様や、彫りが施された髪留めやネックレス、腕輪が所狭しと並んでいる。
「派手であれば良い、というものではないわ。一流のものでなければ……あの子には」
「…………!」
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」
「ネックレスと髪留め、腕輪、ブローチに……そうね、チョーカーなどもあれば見せてくださる?」
「ではこちらへどうぞ」
お店の人もとても品があるご婦人。
店内には人がいない。
お客さんはお嬢様とあたしだけ。
店主さんらしい女性の説明を「ふんふん」と聞いて、いくつかの品を眺め、割とポンポン「これとこれとこれとこれ」と選んでいく。
それらは淡いブルー系の石だったり、ノース地方で採れる『青雪石』を加工してたものだったり、なんかとにかくお高そう……。
「…………」
全部マーシャの為に選んでる。
冷たい人かと思ったけど、どれもマーシャに似合いそうなものばかりだ。
あたしにはものの良し悪しは、よく分からないけど……いや、分からないからお嬢様の語る事の真偽も分からない。
ただ、マーシャが身に付けるものを真剣に選んではいたと思う。
ーー『一流』のものでなければならない。
なんか、純粋に凄いセリフだ。
お嬢様が選んだ装飾品は後日、寮に届けられる事になった。
高価な品物だから、女だけの今日は持ち帰れないって事ね。
「メグ」
「は、はい、お嬢様」
「貴女にはこれを」
「え?」
お店を出てからお嬢様はあたしに向き直る。
呼ばれて一歩、近付いた。
彼女が差し出したのはラッピングされた細長い箱。
これは?
「万年筆よ」
「⁉︎」
「我が家の使用人として働くのなら文字の読み書きは完璧になさい」
「……え、あ……」
「そうね……この後、書店に行くのだし、そこで日記帳も買ってあげる。毎日日記をつけるようになさい。マーシャのところへ戻るわよ」
「……あ、は、はい!」
その後、くたびれたマーシャと書店に行って例の恋愛小説と日記帳を一冊買ってもらった。
マーシャは恋愛小説プラス、マナーの本とかをどっさり。
げっそりしていたけど来年からアミューリアに……貴族の学校に通うんだから仕方ない。
買い物は思いの外あっさりと終わってしまい、使用人宿舎の部屋に帰ってから改めて貰った箱を開ける。
「なにそれー」
「お嬢様に頂いたの。万年筆だって」
「えー! すごーい! 名前入りじゃん!」
「……! ホントだ……」
グリーンの色で塗られた万年筆。
それに『ハッピーバースデー』と書かれたメッセージカード……。
「え? メグ今日誕生日なん⁉︎」
「え、あ、うん……」
どうしてーー。
と、思ったけど、そういえば雇ってもらう時に一応、名前と性別、服のサイズと誕生日を書いた紙を書いてマーシャに手渡していた。
多分、それに目を通してーー。
「えー! 言ってよおぉ! わたしなんにも用意出来てないよ〜!」
「そんな、別にいいよ! ……誕生日を祝う事とか今までなかったから……」
「でも!」
「じゃ、じゃあ今日もブラッシングして? えーと、いつもより多めに……」
あと一緒に寝て欲しいなぁ、なんて……。
そんなお願いをすると、マーシャは「そんな事でいいの?」とキョトンとする。
いやいや、あたしにはすごく幸福なのよ、その時間が!
「あ、でも……せっかくだから日記、書いてみようかな」
「そうだね! お嬢様からもらったんだもん、使ってみるとええべさ!」
箱から取り出して、買ってもらった日記帳を開く。
日付を書くと、滑らかな書き心地。
……とはいかず、少し書きにくい。
万年筆なんて、生まれて初めて使うんだもん……力の加減が難しいな⁉︎
「…………」
でもーーーー。
でも、でも、でも!
胸がものすごくドキドキする。
た、誕生日、プレゼント……。
生まれて初めて送ってもらった。
生まれて初めて祝われた……!
親にすら見捨てられたあたしに、誕生日を祝ってくれる人がいるなんて。
「あ、そうだ! わたしからも!」
「え?」
「お誕生日おめでとうメグ!」
「! ……あ、ありがとう……!」
誕生日を、祝う。
これは、いい文化、かも。
ふふ、そうだ! これ、クレイに教えてあげよう。
とっても素敵な情報だもん、喜ばれるかは微妙だけど……亜人族にも、広まるといいな……。
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