番外編【メグ】7
そんな事もありました。
しかし、あたしはやったわよ、やり遂げたわよ!
今日から晴れてマーシャの同僚! 後輩! メイド見習い!
…………。
人間ってすごい。
あんな事を毎日やるんだ……。
若干意識が遠のくわよ。
い、いやいや、しっかりしないと!
今日からが本番!
使用人宿舎も、学園も人間ばかり!
「じゃあ行ってくるわね!」
「まあ、情報は一切期待していないからとりあえず全力で正体がバレない事だけに集中して強く生きろ」
「言い方ァ! なんなのよその全然期待してない感じぃー!」
本当に失礼するわね、クレイ!
あたしだってこの三ヶ月で成長したんだからね!
すんごい情報を持って帰ってやる!
……具体的にどんな情報が役に立つのかな?
「ねえ、クレイはどんな事が知りたいの?」
「とりあえずお前の事は先に潜入している連中や知り合いに頼んでおいた。深く考えず、帽子を死守する事を念頭に生活していれば……」
「どんだけ信用ないのよ⁉︎」
くそぅ!
見てなさいよ、ちゃんと諜報員の試験! それもニコライの! に合格してるんだからなぁ!
……微妙ですが面白そうなので合格という事にしますよ、にやり。
って言われたけど!
「くれぐれもポカるなよ」
「ポカらないわよ!」
クレイにはこう言われたものの……実際使用人宿舎に来てみるとさすがに不安を感じてしまう。
め、めちゃくちゃでかーい!
門だけでも五メートルはある。
黒い鉄格子が宿舎を覆っていて、これはニコライみたいな飛べる亜人じゃないと入れないわね……。
「わーい! メグー!」
「マーシャ! えへへ、今日からよろしくね!」
「うん!」
迎えにきてくれたマーシャ。
……あたしの、初めての人間の友達。
いつも明るくおばかわいい。
マーシャが満面の笑みで「わたしたちの部屋に案内するさ!」と言ってくれた。
「え、マーシャと同じ部屋なの?」
「うん。基本的に同じ家のメイドは同じ部屋だったような?」
「なんで疑問形なの……」
「まぁ細かい事は気にしないで! それより、義兄さんから制服預かってるよ!」
「わあ」
マーシャとあたしの部屋!
それに、メイド服!
今日からマーシャと同じ屋根の下、同じ部屋なんだ……緊張しちゃうなぁ。
「それじゃあ部屋に案内してよ、マーシャ」
「あ、うん! こっちだよ!」
からの二時間後。
「…………おい」
「ご、ごめーん……」
「くすくす……それじゃあ、私はこれで」
「あ、ありがとうライレックさん!」
部屋を引っ越したマーシャは、まだ部屋の場所を覚えられていなかったらしい。
お陰で宿舎の中なのに二時間も迷った。
適当に部屋を開けて着替え中のメイドさんやお化粧中のメイドさん、人のいない部屋に入って隣室のメイドさんに「泥棒⁉︎」と勘違いされる……などなど!
ひ、酷い目に遭った……!
リエラフィース家のライレックさんというメイドさんに偶然会ったお陰で、なんとかたどり着く事が出来たわけだけど……部屋の中を見てびっくりした。
まあ、広い。
広いけどさ。
「広いけどなんでこんなに汚いのよーーーー!」
「え、えーと、こ、これでも掃除したんだけど〜……なんか掃除してたら逆に汚くなって〜」
「なんでよ⁉︎」
どうしてそういう事になるの⁉︎
床は水がぶちまけられた跡!
窓は絞られてない雑巾で拭いたのかぐしゃぐしゃ。
カーテンはほつれており、家具の配置は微妙に傾いている。
シーツも妙に埃臭いし、マーシャの荷物らしきものが散乱していた。
こ、この子!
まさかまさかとは思っていたけど!
案の定じゃない!
「え、えへへぇ〜……」
と、照れ笑い。
いや、ごまかしてるつもりだろう。
まったくぅ!
「かっ! …………から許すけど」
「え? なに?」
かわいいから!
許すけど!
あえて言葉にしないけど!
かわいいから!
「なんでもないわ。とりあえずカーテン閉めてくれる? 着替えるから」
「?」
「い、いい、自分でやるわ」
ああ、はいはい、分かんないよね、そうだよね。
マーシャだもんね。いいよいいよ、そういうところもマーシャらしいから。
マーシャのこの種族の差に無頓着なところは救いだ。
でも、全ての人間族がマーシャのようなわけじゃない。
だからあたしは両窓のカーテンを閉め、ドアに鍵もかける。
外からの目を完全に遮断したあと、マーシャが紙袋からメイド服を取り出してくれた。
「ロング丈と膝丈の二種類だよ。こっちが膝丈! わたしはこっちを着てるんださ。んん、着てるんだ〜」
「? なんで言い直したの?」
「訛り封印月間なんよ!」
「訛ってんじゃん」
「ふうぅっ!」
「なんで? あたしはマーシャの喋り方可愛くて好きだよ」
「メグ〜……」
これは正真正銘本音。
親しみやすくてあたしは好き。
さて、それでは改めて……メイド服のサイズ確認。
お兄さんが多分このぐらいだろうと選んでくれたんだろうな。
帽子をかぶり、試着したメイド服のスカートを翻し、支給品の革靴を履いて少し驚く。
お、おお、靴までサイズぴったり……。
「わー、かわいいよメグ〜! 似合ってるださ〜!」
「あ、ありがと……」
身が引き締まるな。
ほんとなら、あたしみたいな身分じゃ絶対に着られないんだもん。
白のエプロンに紺色のワンピース型、スカート丈はロングで足首まで隠れる。
フリルのついた大きめの帽子を被れば、耳も隠せるし……。
「はっ! また訛っちまったべ! んあぁ! また〜」
「無理しなくていいんじゃないの? あたしは気にしないよ?」
「……うん、でも……少しでも訛りは直さないとなんだよ〜。来年からアミューリア学園に通うから……」
「あ、そっか。貴族の人たちに馬鹿にされちゃうもんね」
「うん。それでなくとも、わたしポンコツで有名だし……」
「ポンコツで有名……」
自らそれを暴露するとは……。
「…………」
「どーしたさ? メグ?」
「あ、ううん。帽子にしてくれるように、マーシャが頼んでくれたんでしょ? ありがとね」
「え⁉︎ 違うよ⁉︎」
……素直か。
いや、こーゆーところがマーシャのいいところだとは思うけど。
でも、やっぱりマーシャが頼んで用意してくれたわけじゃないのか。
そうだよね、この子、そこまで気が回る子じゃないもん。
じゃあお兄さんが、あえて?
ちらりとマーシャを見るが、この子の場合カチューシャすら付けてない。
んんんん?
「メグは帽子が好きなん?」
「好きっていうか、耳が頭の上にあるから帽子じゃないと隠れないじゃん」
「ハッ! そ、そっか⁉︎」
「今気付いたの」
ああ、うん、やっぱ確実にマーシャじゃなくお兄さんの配慮だな。
でもなんでお兄さん、あたしに帽子を?
…………まさか、やっぱり春先での事、覚えて……?
「こ、この帽子ってみんなかぶるものなの?」
「え? いやー、ダサいから基本かぶんねーよ? でも義兄さん、メグはメイド見習いだからピーテーオーだかティーペーオーだかに合った服装が望ますぃ、とかなんとか」
「は、はあ?」
全然分かんないんだけど。
えーと、つまり帽子は見習いの正装的な?
そういう意味なのかな?
帰ってきたお兄さんに聞いておいた方が……いや、やめよう。
やぶ蛇になったら困る。
でも、困った時にはマーシャよりお兄さんに聞いた方が確実だろうしな……?
「ねえ、マーシャ、お兄さんって普段はどこで何してるの?」
「義兄さん? 義兄さんはアミューリアに通ってるから、普段は男子寮にいるよ。朝ご飯作っておいてくれて、昼はお弁当を薔薇園で食べるんさ。んで、夜は基本男子寮にいるから会えない! 用事がある時は男子寮の管理人さんに話して呼んできてもらうか手紙を預けるんだべ」
「あ、そ、そういえばお兄さんって生徒なんだっけ……」
しかも貴族クラスの方って前にマーシャが自慢してた。
使用人クラスと貴族クラスがあって、基本『記憶継承』の発現具合で成績は雲泥の差になるらしい。
成績が良ければ貴族クラス。
悪ければ使用人クラス。
つまり平民出身の『記憶持ち』で貴族クラスは異例なんだとか。
この子もヤバイけど、あの人も大概ヤバイ人なのね……。
一度帽子を脱ぐ。
通気性も良いし、長時間かぶっていても平気そうなのよねぇ。
マーシャにあたしと関わらないように、とか、言ったりもしてなさそう。
「まぁいいや! とにかくメグにはリース家の使用人の心得とお仕事を教えるね!」
「うん、よろしくね。……。……え、マーシャが教えてくれるの?」
「うん! 義兄さんに「人に教える事でお前のポンコツっぷりが少しは改善されるかもしれない」って言われてるんさ!」
「…………(マーシャ、それはかなり諦められてるよ…!)……そうなんだ、じゃあ、お願い」
「うん! あ、メグ、エプロンもだよ!」
「あ、そ、そっか! ……えっと、どう?」
「うん! 完璧!」
いかんいかん、エプロンを着けるの忘れてたよ。
メイド服にはエプロン。
フリルが付いてて、可愛い……。
でも改めてあたし、こんな可愛いの着ていいのかな。
髪も短いし、服に着られてるんじゃない?
「メグ、可愛いよ!」
「え! ……えへへ、ありがとう」
マーシャに褒められた……!
え、えへへへへへ〜。
マーシャにそう言ってもらえるなら、なんかそれでいい、かなぁ!
「…………。……このあとなにすればいいんだべ」
「早いよ⁉︎ まだメイド服着ただけだよ⁉︎ ……と、とりあえずマーシャが普段やってる仕事を教えてよ」
「分かったさ!」
と言うとマーシャはポケットの中からお兄さんに貰ったという「やる事リスト」が書いてある手帳を取り出す。
や、やる事リストを……書いてある。
あれ、この子一年ここで働いてるんだよね?
まだリストを見ないと働けないの?
……や、やだ! もう、ほんと……なんてばかわいいの……!
「えーと、まずは六時起床。お嬢様より早く起きるのは屋敷にいた時同様、メイドとして当然の事!」
「六時起床ね」
「起きたら身だしなみを整える。リース家のメイドとして恥ずかしくないよう必ず鏡で確認するべし! 寝癖、靴下を裏表反対、襟、リボンの縦結びは言語道断!」
「うんうん……。……靴下?」
「た、たまにあるんさ!」
「そ、そう?」
靴下を裏表反対とかそれはマーシャだけじゃ……。
もう、そんなところもばかわいいんだから〜。
明日からあたしが靴下履かせてあげようか?
なんてね、うふふふふ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます