それでもこいつは俺の妹である。



「というわけで、彼女は真の名を『マリアンヌ・クレース・ウェンディール』。僕の異母妹に当たる。彼女が『マリアンヌ』であることは女神エメリエラが断定していた。だが、彼女は王族として育てられていたわけではない。今後も王族として生きる意志はないことも今し方確認した。来年よりアミューリアの生徒となる故、公的な場にこのように招待することはあるが今後もリース家でメイドとして礼儀を学ぶとの事。皆、配慮の方よろしく頼むよ」


ざわざわとする会場。

しかし、すぐにポツポツと拍手が起きる。

本来なら王族がメイドとして働く、なんて「アホか」とも思うだろう。

俺もそう思うが、そこにケチをつけるとブーメランになるので言わない。

レオの挨拶の後、マーシャもギクシャクしながら頭を下げて「よろしくお願いします」だけ言ってお嬢様の横へと戻っていった。

もうこの時点で何人かの野心家はマーシャをどう利用するか色々と考えを巡らせているだろう。

しかし、陛下が前に出て「マリアンヌは平民として生きてきた故、次期国王はレオハールにする。これに変わりない!」と宣言すると、皆顔がキュッと引き締まる。

今後、マリアンヌの扱いがどうなるのかは話し合っていく、という言葉で陛下の演説は一度終わった。

このまま会場に用意されている玉座に戻るのかと思いきや、マーシャの横にいたお嬢様の方へと手を差し向ける。


「そしてローナ・リース!」

「え? は、はい!」


前に来るように、と促されてお嬢様は一瞬困惑したが、前へと進む。

陛下の前まで来ると、お辞儀をした。

なんという見事なお辞儀だろう。

一瞬見惚れてしまった。


「よくぞ我が娘、マリアンヌを保護してくれた。意図せぬものであったかもしれないが、その方が娘を雇い、王都へ連れてきてくれなければ私は娘と再会できていたか分からぬ。その方には感謝してもしきれない。リース家の爵位は侯爵の位ではなく、その上、公爵の爵位を与えたい。父と検討するよう、話し合っておけ」

「! …………。……ありがたきお言葉にございます。父に申し上げ、相談の上お返事致します。……ご配慮、心より感謝致します、陛下」


再びパチパチと拍手が起こる。

……ふむ、確かにマーシャを雇ったのは……お嬢様なんだよな。


「…………」


懐かしい。

マーシャと会ったのはほんの2、3年前のことのはずなのに……。

俺がお嬢様と出会って約9年。

陛下の前に膝をついて、再び頭を下げるその姿になぜか王冠が見えた。

王妃が被る細身の冠。

なぜだろう、とても貴女が遠くに見えます……お嬢様……。







…………数分後、あっという間にパーティーは最初の頃の穏やかなものに戻った。

馬車が渋滞に巻き込まれた旦那様と奥様も到着して、先程の話を聞くや否や嫌そうな顔で「え、またその話? しかもこんな場所で宣言されたの? 断りづらい……」と貴族として如何なものかと思うセリフを吐き捨てる。

お嬢様もお2人がこう言うのを分かっていたので先程陛下に「ご配慮ありがとうございます」と言ったのだろう。


「なんにしても、マーシャはマーシャのままか。本当に良かったのか?」


旦那様たちが陛下への挨拶……という名の話し合い……に行ってから、スティーブン様とライナス様と合流した。

恐らく割と最初から来ていたと思うのだが、お2人は先程の騒ぎを聞きつけて庭から戻ってきたらしい。

なぜかって?

おいおい、野暮はなしだと言ったはずだぜ、ハミュエラが。

ライナス様がマーシャに首を傾げながら問うと、盛大に、そして満面の笑顔で答えやがる。


「はい! 私の夢はお嬢様の一番のメイドですから!」

「まあ、マーシャ……貴女はお姫様なのにメイドになられるのですか?」

「はい!」

「ふふふ。これは大変ですね、ローナ様」

「ええ、頭が痛いです」


スティーブン様がクスクスと笑う。

いつもより、幸せそうな顔。

まあ、この人が幸せそうにしているのはこっちもほっこりするからいいのだが……。


「ところでどこからどこまで仕組んでおられたのですか?」

「企業秘密です」

「へあ?」

「あ、そうだよ! 僕、驚いたんだからね? 僕が作った髪留めがブローチになってたり……」

「まあ、それは確かに驚きますね」

「……もう〜〜」


…………そ、その辺りまで仕組んでたの?

こ、怖〜〜…。

拗ねるレオ。

頭ごと傾げるマーシャ。

困り顔のお嬢様……。

そして上機嫌な人その1のスティーブン様と、その2のエディン。

同じく不思議そうなのはライナス様。


「ところで、エディンもご機嫌ですね? 今朝はあんなに拗ねていたのに」

「拗ねてなどいないわ」

「それで、マーシャはエディンからのプロポーズはどうする事にしたんですか?」

「は?」

「は?」

「え?」

「…………スティーブ……」

「え?」


頭を抱えるエディン。

今日、頭を抱える人を見るのは何度目だろうか。

いや、だが待て。

エディン、それはどういう事だ。

プロポーズ?

は? プロポーズ? はあ?


「え? なにそれ僕それも知らない。え?」

「え? プロポーズ? だ、誰が誰にださ?」

「え、マーシャ……? え? エディン、貴方確かマーシャにプロポーズしたって……」

「お前に相談すべきではなかったな……これで分かるだろう、そもそもプロポーズしても気付かれてすらいないわ」

「な、なんということでしょうマーシャ……エディンのプロポーズに気付かなかったんですか……」

「え? え? え?」


またも混乱し始まるマーシャ。

その横でなにかエディンを殺せるものを探し始めた俺に、お嬢様がこっそり近付いて「例の作戦よ」と耳打ちしてくる。

……例の……。


「あ……」


『元サヤ作戦収束〜エディンなんてマーシャにふられてしまえ〜』か。

あ、ああ、そうか……確かにタイミング的にふられろテメェ! な、時期だな!

…………。

え? なに? じゃあエディンってこっそりマーシャにプロポーズしてたのか?

まあ、今日マーシャがマリアンヌとバレる予定はなかったにしても……タイミング的にしてもいい時期だから……。

多分、エディンとスティーブン様としてはここでマーシャが思い悩み、お嬢様が「実は貴女は……」な、流れに持っていくつもりだったのだろう。

が、しかし、我々の計画は陛下の余計な暴露により失敗に終わり、更にマーシャはエディンからのプロポーズに気付きもしていなかったと。


「………………グダグダですね」

「そ、そうね」


陛下の暴露は、まあ、俺たちの計画の範囲を軽やかに超えてくれやがったけれど。

貴族たちにはバレるし、しかしマーシャはマーシャのまま。

そして、なぜか目指すはお嬢様の侍女メイド。

……ふ、ふむ、まあ、落とし所としてはこんなもんでいいのかもしれない、な?

だって元々はマーシャに『マリアンヌ』であることを告げることも目的の一つだったんだから。


「えええええ、いいいいいつ! いつプロポーズなんて⁉︎ わたし聞いてねーよー!」

「そうだな分かりづらかったんだろうな、お前には」

「なんて言ったのですか?」


珍しくお嬢様が興味深げに話しかけた。

俺は全然知りたくないんだけどなー……。


「…………『女神祭』と、年末の『星降りの夜』も迎えに行ってやる。その後も、毎年迎えに行ってやろう……と」

「へ、へ⁉︎」

「わあ、クサい台詞ですねー。さすがはエディン」

「え? へ? え? …………え? そ、それ、プロポーズだったんけ?」

「……………………」

「…………マ、マーシャ……」


スティーブン様が口を指先で覆う。

呆れたような、驚いたような表情。

ちなみにライナス様は絶対分かっていない顔だ。


「…………。え? 今のどの辺がプロポーズなんですか?」


しかし、俺にもよく分からない。

どの辺がプロポーズなんだ?

好きです、とか、一生側にいてください、とか結婚してください、とか……そういうの一つもなかったぞ?


「ヴィニーはいつものこととしても」

「やめてくださいお嬢様、割と傷つきます……!」

「マーシャには分かりづらいのではないでしょうか?」

「さりげなくわたしのこともニブニブって言ってませんかお嬢様⁉︎」

「理解力的に」


つまりはアホと。


「ひ、ひどいですお嬢様〜!」

「ごめん、僕も今のどの辺りがプロポーズだったのかわからない……!」

「この恋愛数値底辺兄妹……」

「マーシャは恋愛小説で鍛えられていると思ったんですけどね」

「あうううう、わ、わたしだって義兄さんよりはマシだと思って……スティーブ様〜」

「まあ、確かにヴィンセントよりは?」

「ぐ、ぐううぅ」


エディン、顔が怒りの笑顔になっている。

そ、そんなこと言われても……!

そ、そりゃ確かに分からないけれど!

い、いや! 大体、分からないのは絶対俺たちだけじゃないぞ!


「ライナス様は分かりましたか?」

「分からん」

「恋愛数値底辺カルテットめ……!」

「つ、付け加えられた、だと⁉︎」


分からない組にようこそライナス様!


「マーシャ、『星降りの夜』は貴族に限らず殿方が淑女に婚約を申し込む日と言われているのよ。その日に迎えに行く……そして、その後もずっと……。そういう意味です」

「……は……」


……な、成る程。

ただの迎えに行く約束ではないのか。

婚約を申し込むのが習わしの夜に迎えに行く。

その翌年も、翌年もずっと。

お、おお、そう考えると随分タラシな台詞だったんだな!

……全ッッッ然気付かなかった!

口説く時ってそんな捻りを加えないといけないのか!

いや、分かりづれぇよ!

そんなん分からなくて当たり前だろ!

これだからエディンは!


「…………。…………。……え、あ、えーと……わ、わかったです……」

「そう?」


ボボフ!

と顔を真っ赤にして俯くマーシャ。

そうか、お前の頭でも理解できたんだな。

難しいよな、そんな風に遠回しに言われたら!

もっとストレートにズバッと言ってもらえないとわかんないよな!


「……あの、あの、エディン様」

「なんだ」

「い、意味、わかったから……あの、じゃあ今度……も、もう一回言ってくれた時は……わたし、ちゃんとお返事する、です」

「あ?」

「ア?」


思わず聞き返すエディンと俺。

は? は? は?

スルーしたことに対する照れ、なのか?

そのモジモジとした動きはなんだ?

なんで体が左右にゆらゆら揺れる?


「返事か、そうだな。姫と公表され、公爵家の俺が堂々と申し込んでも問題は一切ないわけだ。では改めて申し込むか」

「は⁉︎」

「落ち着いてくださいヴィンセント、計画通りですよ!」

「っ」


スティーブン様に耳打ちされてグッと固まる。

そ、そうか、計画か!

エディンなんてマーシャにふられてしまえ!

作戦を継続する意味はないような気もするが、うやむやにしてもあんまりいい事なかったし! 去年!

ふーられろ! ふーられろ!

めちゃくちゃこっぴどくふーられろ!


「マーシャ、我が愛おしき金の薔薇。今年も、来年も……その後も……死が二人を分かつまで共に『星降りの夜』で愛を語り合おう。我が剣と弓は王に捧げるが、心はお前に捧げよう。受け取ってくれまいか」


片膝をつき、甘い笑顔でマーシャの手を取り俺でも今度はわかるレベルのクッサい台詞をあのイケボで。

ううう、さ、寒イボが!

背筋がぞわぞわと!

だが、むしろ周りの貴族たちが騒めく方が気になる。

その驚愕の表情。

……あ、あー……そうか、マーシャは『マリアンヌ姫』。

エディンはセントラル公爵家の一人息子……。

ここでマーシャが婚約を受け入れると、あっという間にエディン狙いの令嬢もマーシャ狙いの令息も「マジか!」っになるんだな。

ははは、ご安心召されよ皆の衆。

マーシャならこんなナンパクズ野郎の婚約申し込みに頷くわけが…………。



「ハ、ハイ」



………………………………ハイィ?



「よ、よ、よろしくおねげぇします……」

「……御心のままに、姫」


ぷるぷると真っ赤になって震えるマーシャ。

の、手の甲へキスを落とすエディン。

え。

は?

ほ?

ま……?


「ええええぇ! マ、マーシャ⁉︎ 本気ですか⁉︎ エディンですよ⁉︎ エディン⁉︎ マーシャ本気ですか!」

「ス、スティーブ! 落ち着いて⁉︎」

「だってレオ様、エディンですよ⁉︎ エディンですよ⁉︎ 大事な事ですからもう一度言いますね。エディンですよ⁉︎ 私は反対ですこんなタラシ男! マーシャを幸せにできるはずありません!」

「わたくしは大丈夫だと思いますわ、スティーブン様。レオハール様の妹のマーシャをエディン様が無下に扱うわけがございませんもの」

「それはそうですけれども! でもエディンですよ!」

「う、うむむ……、し、しかしマーシャが選んだのなら……いや、スティーブン! ここは見守ろう! ダメな時は全員で殴ればいい!」

「今殴りましょう。殴り殺しましょう。今」

「ヴィンセント⁉︎」


ふふふふふふふふざけるなー。

マーシャがヒロインの場合、エディンルートだとお嬢様は崖から落ちて自殺するんだぞー。

それなのに、それなのに、それなのに、いやそれ含め……。


「マァーシャァァァァ⁉︎ 俺は! お兄ちゃんは反対だと! 絶対に全力で反対だと言ってきただろうがぁぁあ!」

「あ、マズイ。ライナス後ろから押さえて! ヴィニー、ちょっと隣の部屋で休もうか! どうどう!」

「了解ですレオハール様! ヴィンセント落ち着け! どうどう!」

「そいつだけは! そいつだけはぁぁぁあぁぁああぁーーー‼︎」


「…………スティーブン、ローナ」

「なんです? エディン。撤回するなら今ですよ!」

「ではなく、マーシャが茹っている。こいつも休ませた方がいいのではないか?」

「まあ、本当ですわね……スティーブン様、休憩室に連れて行きましょう。慣れない事態と脳処理が付いてこない事態の連続で茹で上がってしまったのですわ」

「…………。確かに。これ以上エディンという刺激物の側に置いておくのは危険ですね。わかりました、私たちでお連れしましょう。さあ、行きますよマーシャ。少し休みましょうね」




お、お兄ちゃんは許しませんよーーーー!


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