お見舞い



お嬢様のお茶会翌日の放課後……俺はケリー、ルークと共に1年生の男子寮にやってきた。

昨日体調を崩したアルトのお見舞いである。


「ちなみに昨日は登校して来たか?」

「いや、休みだった」

「心配です……アルトさま……」


ルークは優しいなぁ。

一応俺も見舞いの品として(何故かアルトだけ攻略法が書いてあったのでそれを参考に)アルトの好きなアップルパイを焼いて来た。

……東北といえばりんごや梨……、山形はさくらんぼが名産だ。

かくいう俺の前世の実家もさくらんぼの兼業農家だった。

収穫の時期はさくらんぼしか食卓に置いていない事すらある。

なのでチェリーパイ、ジャム、タルト、ゼリー、クッキー……お菓子だけでなく、なんか料理に砂糖の代わりとしてミキサーでジュース状にしたさくらんぼを使ったりと、とりあえず色んなものを作って妹に食わせていた…………兄貴が。

俺はその影響で料理もやってみよう、と思うようになったんだ。

ああ、なんか果てしなく懐かしい……。

もう見るのも嫌だと思っていたさくらんぼが兄貴の試行錯誤で上手に消費されていく……前世の俺の兄貴マジで天才。

……ああ、いや、そうではなくて……イースト区のアルトがアップルパイを好きなのは、つまり俺が前世でさくらんぼに苦しめられ……こほん、慣れ親しんできたのと同じような理由ではないか、という事だ。

地元の味はなんだかだ心に染み入るからな。

これを食べて少しでも元気になればいいんだが。


「失礼します。ケリー・リースです。フェフトリー様、起きておられますか?」

「……ハミュエラは一緒か?」

「いえ。居たら流石にお気付きになるでしょう?」


喧しさで。

と、暗に告げるケリー。

笑顔が黒い。

……うちのケリーが腹黒に…!


「…………」


ケリーが告げるとがちゃんと鍵が開く。

そしてコソー…とアルトが半分顔を出した。

そしてハミュエラが居ないのを確認すると、やっと扉を開く。


「何の用だ?」

「今日習ったところのノートなのですが、必要ですか?」

「…………」

「あ、あとお加減は?」


付け足し⁉︎

メインはそっちだぞケリー!

俺とルークの見舞いの品が無駄になるじゃん⁉︎


「あ、あの、アルトさま……具合はいかがですか? 食べたいものなどありますか? あのあの、お義兄さんに習っておにぎりを作ってきたんです」

「俺はアップルパイを焼いたのですが、食欲がないのならせめてルークのおにぎりだけでもいかがですか?」

「…………、……な、何故うちの地方にしかないはずのおにぎりを……」

「ちなみに俺は漬物に挑戦してみたので是非感想を聞きたいのですが」

「は、はあ? ……、まさかうちの執事が何か……」

「「いえ、興味本位です」」


と、笑顔で言い放つ俺とケリー。

……イースト区の食文化は、俺の前世の世界と酷似しているからな……米はアルトに頼んで手に入るようになって来たが…………もっと深掘りすれば醤油や味噌なんかも安く簡単に輸入出来るようにならないだろうか⁉︎

リース家の畑を借りて作ってはいるものの……俺も知識だけで醤油や味噌を作ってるから、前世の味に比べるとやはりイマイチなんだよ!

お嬢様たちはそれで十分満足しているようだが、違うんだ!

本物の醤油と味噌はもっとこう、深みがあるんです!

そう叫びたいが、だからといって醤油や味噌作りに専念も出来ない。

何を目指してるの分かんなくなるだろう?

俺がなりたいのはお嬢様の執事であって醤油と味噌の職人ではない。


「……とりあえず入れ。ハミュエラに見つかると厄介だ」

「失礼致します」


と、アルトの部屋に招き入れられる。

俺たちを部屋に入れるなり扉の鍵をしっかり閉めるアルト。

この警戒ぶりはどうしたの?


「アルトさま、ハミュエラさまと喧嘩でもなさっているのですか…?」

「…………今はどうしても、あいつの相手をしたくない……。……けほ、けほっ!」

「お医者様はなんと?」

「風邪だ。季節の変わり目に夜更かししたせいだろう、と」


何してんのこいつ……夜更かしって。

本を夢中で読んでたとか?

青い大きなショールを掛けてはいても、なんとなく寒そう。

部屋はすでに暖炉に火が入っていて暖かいけど、アルトは自分の腕をさすっている。


「ベッドに横になっていて構いませんよ?」

「いや、食べる」

「…………。おにぎりですか?」

「……あ! ……い、いや……その……」


アップルパイか。

しかし、アルト悪いな……うちの可愛い義弟が丹精込めて握ったおにぎりも是が非でも食ってくれ。


「では、一式準備させていただきます」

「フェフトリー様の使用人は隣の部屋ですか?」

「……いや、今は薬をもらいに街に出ている。夕刻には戻ると言っていた」

「……まさかとは思いますがアルト様も使用人は最低限……などとは申しませんよね?」

「…………レイヴァス以外の使用人は、手を挙げなかったんだ。仕方がないさ」

「………………?」


手を挙げなかった?

……アミューリアに……アルトについてくるのに、って事か?

は、はあ? なんだって? ……アルトは公爵家の子息だろう?

馬鹿な! そこまで養子の方を重要視しているのか? フェフトリー家は……⁉︎

咳き込みながら窓の外を眺める眼差しはなんとも悲しげ。

……これは……フェフトリー公爵もクズ親認定が必要か?


「…………俺も養子の身なのでなんとも言えませんが、ご義兄弟(きょうだい)はご苦労されるでしょう。優秀な血筋の貴方の代わりとなると……」

「そんな事もないさ……養子と言っても血は繋がっているだろうからな」

「?」

「籍は入れていないが、父の子に間違いはないだろう。……と、噂していたからな、使用人たちが」

「…………っ」


……え、じゃあ…⁉︎

ふ、不倫になりません?

え? 使用人に手を出した? フェフトリー公爵……それでその子供を養子として引き取って……?


……………ク………クズだ……。



「それにオレは体もあまり強くない。……義弟(おとうと)たちのように外で遊ぶとすぐに倒れたり熱を出したり……。『記憶継承』があっても体質はどうする事も出来ない。……ハミュエラの様に…、オレの様に……」

「……アルトさま……」

「……だか、多分……八つ当たりなのは分かっているんだが…………今、猛烈にあいつには、あいつにだけは会いたくない。あいつの顔を、見たくないんだ……」


……この世界では、恐らく決して治らないであろう『無痛症』……。

先天的にそんな不治の病に罹っていてあの底抜けの明るさ……成る程、アルトの気持ちも…わからないでもない。

体も気持ちも弱っている時にあれは劇薬だ。

あんな風になれないと、アルト自身が誰よりも理解している。

きっと顔を見れば、全部吐き出してしまいそうなんだろう。


「けほ、けほっ……」


……アルトのストーリーは、図書館や資料室で会ううちに打ち解けていく……彼がヒロインにだけ見せる笑顔に惹かれていく……みたいなものだった。

ハミュエラほどアルトのストーリーに重さはなかったはずなんだが……。

まさか追加ストーリー?

アップデート後にアルトは攻略ストーリーが追加されてる?

……ありえる……俺がプレイしたのは初代だけだし、『トゥー・ラブ』の攻略サイトにも『アップデートを待つ』という書き込みは多かった。

それは例の『出現条件が鬼ムズイ隠れキャラ』の事ばかりではないだろう。

と、なると……他の攻略キャラもストーリーが追加されていたり、攻略対象そのものが増えている可能性はやっぱりめちゃくちゃ高いな。

うう……攻略サイト見に行きたい〜!


「やはり横になられた方がいいですね、アルト様」

「へ、平気だ! 咳が出るだけだからな!」

「悪化されてはお見舞いに来た意味がございません」

「う、うう……」


と、俺とケリーに言われて仕方なくベッドに入るアルト。

切り分けたアップルパイと、おにぎりと漬物を皿に乗せて差し出すと微妙な表情をされた。

……言いたい事は分かるさ……アップルパイとおにぎりと漬物……うん。察しろ。


「……漬物はケリー・リースが作ったのか……?」

「ええまあ、ヴィニーに作り方を教わりながら初めて作りました」

「そういえばお前ら主従は米にも興味津々だったな……ん……んん、うん」

「いかがです?」

「ま、まあ、合格点にギリギリ届く、といったところだな」


と、ケリーの漬物は要するに合格という事らしい。

ツンデレめ。


「ちなみにアルト様、アルト様のお住いの地域にもしや醤油や味噌はありませんか?」

「醤油や味噌? ……確か、最東端の地方に伝わる調味料にそんな名前のものがあったような……」

「あるんですね⁉︎」

「ひえ……な、なんだ⁉︎ それがなんだ⁉︎」


なんだもなにも!

……この世界は『フィリシティ・カラー』の世界!

『フィリシティ・カラー』の製作会社は日本企業だからある可能性は高かった!

特に米がイースト区名産となれば尚の事!

予想は的中……これで素人手製の味噌や醤油ではない、恐らく職人手製の味噌や醤油が手に入るようになる!


「是非! それらを購入させて頂きたいのです! 定期的に!」

「え……」

「味噌や醤油ってお前が作り方を調べたかなんだかって作ってた調味料だな? ……もしかして、それの『本物』か? それは興味深いな!」

「わあ! お義兄さんが作っていたものも美味しかったですけど、本物のお味噌やお醤油はもっと美味しいんですよね…? ぼくも本物を使ってお料理してみたいです! 照り焼きとか、生姜焼きとか……唐揚げ!」

「唐揚げ……あれは良いものだ……。だが、あれがより美味くなる……? ヤバイな!」


みんな大好き唐揚げ!

アルトもポカン、とした後、それらの品名にはっとする。


「く、詳しいのだな、本当に……うちの地方の料理に」

「たまたまそれらのレシピが書かれた本を読んだことがございまして!」


嘘だけど。

そうでも言わないと……前世で作ってたのでなんて言えないしな……。

あ、でもここまでイースト区と前世の料理が被ってるなら「前世はイースト区の貴族だったんですかねぇ〜」とかでいけるか?

……いや無駄な危険は犯すまい。


「レシピ本? ……ああ、もしかして『スズルギの料理書』か?」

「…………………………今、なんと……?」

「? ヴィニー?」


……スズルギ……?

アルトは今、スズルギと言ったか?


「? ……え? いや、だから……『スズルギの料理書』を読んだのだろう…?」

「………………」

「アルトさま、スズルギとはなんですか? 不思議な響きですね?」

「太古の昔、人の国に現れた異界の剣士だそうだ。その者は不思議な食材や調味料、調理法をイースト区に残したと言われている。スズルギが作った料理の数々は『スズルギの料理書』というレシピ本で、イースト区各地に伝わっているんだ。その他にも、かの剣豪は剣の指南書も残していてな、イースト区の一部にはその流派が今も残っているそうだぞ」

「⁉︎」


……マジかよ、剣の、流派……!


「……………………」


スズルギ……鈴流木流瞬殺剣。

俺の前世の祖父、鈴流木連山が伝えていた剣道の流派。

母方の祖父が古流剣術『鈴流木流』の伝承者だかなんだかで、祖父の家に遊びに行くとたくさんの刀が飾ってあった。

俺も兄貴も剣道は嗜んだが、祖父は「家を出た娘の子供に『鈴流木流』は教えん」とかって学んではいない。

兄貴も、どちらかというと空手の方が得意だったし。

ただ、祖父に言わせると俺も兄貴も才能はあったらしい。

流派は教わらなかったが祖父の家に行けば簡単な稽古は付けてくれたので。


「…………そ、その、スズルギという人物に関して伝わっていることは他にないのでしょうか?」

「うん? …………そうだな、オレの知る限りだとそのくらいだな。どこからともなく現れて、一時的に今のイースト区に住んで料理や剣技を伝え、旅に出てそのまま戻らなかったそうだ。……スズルギに関しては調べているものも少ないし……ああ、でもラスティならそういうものが好きだから、オレよりも何か知っているかもな…………」


と、ラスティの名前を出して自分で落ち込むアルト。

なんで繊細な奴……。

だが、しかしそうか……ラスティ・ハワード!

趣味は考古学や古美術だったな!


「どうしたんだ? ヴィニー?」

「……あの刀……俺の剣を持っていた商人が言っていたんですよ。あの剣は、大昔に異世界から来た剣士のものだと」

「!」

「な、なに? お前の剣? まさか! スズルギの持っていた剣なのか⁉︎」

「本当かどうかは分かりません。でも、話が似ていると思いませんか?」


……あと、俺のご先祖さまの親戚的な人とかだとしたら……なんかこう、因縁めいたものを感じる!

ものすごく“まさか”って感じだろう!


「確かに興味深いな! 今度その剣を見せーーーゲホゲホゲホ!」

「はしゃぐからですよフェフトリー様……」

「んん、そうですね、この話はまた後日。お茶を淹れて参ります」

「あ、ぼくもお手伝いします!」



しかしアルトの熱は上がって1週間休みになった!


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