お嬢様のお茶会【前編】
9月に入り、ウェンディール王国は急速に気温が下がっていく。
早ければ来月下旬にも、雪が降り始めるだろう。
激化の一途を辿り始めた『王太子の婚約者』を決める女の戦いは、終着点として『星降りの夜』が想定される。
『星降りの夜』は婚約者が決まっていない男女のプロポーズの場だからな。
女性としては王子様に『星降りの夜』、舞踏会でダンスと婚約を申し込まれる……なーんて一度は夢見るシュチュエーションだろう。
城に自由に出入り出来るようになったクレイは「惚れた女に生涯を誓うのになぜ時期を見る?」と首を傾げていたが、普通は国の王族って幼少期に婚約者を定めてこのような面倒な事態を避けるものなのだ。
しかしレオは色々な事情が積み重なって婚約者は決まっておらず、現在このような事態となっている。
しかし、クレイ……乙女ゲーの攻略キャラの鑑のような顔とセリフだったぜ……。
あんな男前に真顔であんな事言われたらヒロインじゃなくてもキュンとしちゃうよ。
「ふんふふーん」
「……上機嫌だな、ケリー?」
「そりゃあもう。今日は色々『仕込み』が終わる予定だからな。いやぁ、さすが俺の義姉様! アリエナ嬢と目に見える形で対立関係になってくださるとは実にやりやすい!」
「……あ、あんまり無茶するなよ?」
「無茶? 無茶する程微妙な橋なんて俺が渡るかよ」
「……………」
うちのケリーがドス黒い……。
「お兄さん! お菓子焼きあがりました!」
「お義兄さん、お茶の準備も万端です!」
「ヴィンセントさん、お花が届きました!」
「分かった。メグはルークとお菓子を各テーブルに準備。アメルは俺と花の飾り付け。で、うちのポンコツメイドはまだ来ないのか?」
「え、えーと……起きるには起きてたんですけど……今日は寝癖がすごくて編み込みに苦戦してました」
「…………」
「…………。じゃあ俺は迎えの準備に行く」
「ああ」
…………本日はガーデンテラスうちのお嬢様が貸し切って大掛かりなお茶会が開催される。
俺たちは近年稀に見ぬ大忙しだ。
ちなみにアメルは使用人修行ということでライナス様からお借りしている。
ぶっちゃけこの規模のお茶会を4人で準備って相当に無茶苦茶だ。
しかしこのお茶会は来月のお嬢様のお誕生日パーティーの足がかりでもある。
必ず成功させなければならない。
うちのお嬢様は『女神祭』と誕生日の日付が同じため、一緒に祝われる事が多い……いわゆる『祝日と誕生日が同じだから一緒に祝おう』的なアレだ。
今年の女神祭も城でダンスパーティーが行われるため、お嬢様は前日に学園のダンスホールを貸し切ってパーティーを行うのだが……翌日が城のパーティーの為お嬢様を重要視していない貴族には出席を断られる事がある。
つまりまあ、舐められるって事だ。
しかし今年はお嬢様の誕生日パーティーの盛況具合でお嬢様の『人望』が問われる。
『星降りの夜』にレオが正々堂々とお嬢様に婚約を申し込めるか否かはお嬢様の誕生日にかかっているといっても過言ではない。
何故なら……アリエナ嬢の誕生日は11月27日!
彼女の方が仕込み時間が長いといえる。
「…それにしても、お茶会や誕生日パーティーが戦場みたいになるなんて貴族のご令嬢って華やかに見えてめちゃくちゃ大変なんですねー。俺、生まれ変わっても貴族の令嬢には生まれてきたくないな……」
「俺も例え生まれ変わってもお嬢様のように出来る自信はないよ……」
花の飾り付けをしながらアメルとそんな会話。
せめて次の人生は穏やかに生きたいものだが……とにかくまず今日を乗り越えないとな。
「アメルは配膳に集中してくれ。メグは招待状とお客様の出欠の確認。招待状につき、同行者は2人まで。お茶は俺とアンジュとシェイラさんが淹れるから、絶対に手を出さない」
「は、はーい……」
「お義兄さん、ぼくはなにをしたらいいのでしょうか?」
「お前はお客様が不便を感じていないか会場中に目を配っておいてくれ。マーシャは受付の案内を頼む……と思ってたんだけどまだこねぇのかよ……!」
「お、遅いですね、マーシャさん……まさか道に迷ったんでしょうか……?」
……ルークの言葉に俺とメグとアメルの顔が『ありえる』と言葉にせずとも一致した。
間違えて薔薇園に行ったんじゃないだろうなぁ?
今日の薔薇園は他のご令嬢たちがお茶会をしてるはずだぞ。
……そう、うちのお嬢様ではなく、アリエナ嬢の側に付くと表明しているご令嬢たちが。
「探しに行っている時間も惜しい。来ないなら来ないでいいや」
「ま、まさかの投げやり⁉︎」
「この後、リース家のメイドも到着予定だから構わないよ。出来る準備はしておこう。飾り付け完了、お茶とお菓子、軽食も万全、椅子とテーブルの準備終了、配膳役の手配も終わっているから……アメル、お土産物の個数確認は終わっているか?」
「あ! す、すみませんまだです!」
「なら、ルーク手伝ってやれ。メグはテラスの汚れや不備を最終チェック!」
「は、はい!」
「わかりました」
お客様お迎えの準備は大体終わっている、かな。お茶以外、のジュースもきちんと冷えているし……アリエナ嬢からなにか妨害工作でもあるのかと警戒したがそれもなさそうだな?
警戒しすぎたか……。
「ヴィニー、準備はどう?」
「お嬢様、おはようございます。滞りなく」
「そう……。マーシャは?」
「それが、迷っているのかまだ来なくて……」
「困った子ね……。最近やけに張り切って仕事をしていたから疲れてしまったのかしら…?」
「そうなんですか? ……まあ、そういえば……最近寝坊はめっきり減りましたね……?」
メグが起こしてくれているので、という理由もあるのだろうが、仕事を理由に薔薇園に昼食を食べに来ることも減ったな?
「あら? ケリーも居ないのね?」
「? 迎えの準備に行くと言っておりましたが……」
「……どなたの?」
「え? お嬢様を、では?」
「わたくしは会わなかったわよ」
「……?」
そういえば誰を、とは言っていないな?
……し、しまったー……またケリーを野放しにしてしまったー……嫌な予感しかしねェェ!
「こんにちは、ローナ様!」
「まあ、スティーブン様。お早いお越しですわね」
「はい! ローナ様の主催のお茶会ですから一番に来たかったのです! レオ様とエディンは来週の同盟締結式典の準備でこれないとの事ですから……」
「ありがとうございます。……いよいよ亜人族との同盟ですのね。興味深いですわ」
「ライナス様とご一緒に来られなかったのですね?」
「アルト様が体調を崩されたそうなので、ハミュエラ様と共に様子を見てから来られるそうです。季節の変わり目ですし、アルト様のお母上様は体の弱い方だそうですから……」
「え? そう、なんですか?」
って事は公爵家はライナス様とハミュエラ以外欠席か?
アルトは最近元気もなかったしなぁ。
季節の変わり目も手伝って風邪でも引いたのだろうか。
「ライナス様がとても心配されていたんです。アルト様のお母様はアルト様を産んでから何度もお医者様のお世話になっておられたそうですので」
「肥立がよろしくなかったのでしょうか?」
「そのようですね。アルト様もお小さい頃は体が大変弱かったそうですよ。フェフトリー公爵様はアルト様がそのような体調続きなので、執事家から2人も養子を取られていたとか……」
「え! アルト様がいらっしゃるのに、ですか?」
「まあ……それは……」
「ええ…もしかしたら、お家の中で居場所がないのかもしれませんね……アルト様……」
「……………………」
……いや、貴族の、まして公爵家の当主なら、それは止むなしだ。
とはいえ、アルトにとってそれは頭で理解出来ていても心で納得出来るものではないのではないか?
俺なら拗ねるな。
……成る程、そんな家庭環境故のあの分かりやすいツンデレか。
体が弱かった故の……ハミュエラに対する過保護っぷり………そう思うとなんか切ないな。
「まあ、問題がなさそうでしたらライナス様もハミュエラ様も出席されるはずですよ」
「……ヴィニー、後でアルト様の様子を見に行って差し上げて」
「はい、お嬢様」
「その必要はないぞ」
「まあ、ライナス様……」
おお、ライナス様が現れた!
……え、その必要はないって言った?
「アルト様は大丈夫だったのですか?」
「門前払いだ。……寝ていれば治ると言われて、その上眠いから帰れと言われてはな」
「まあ……」
「お医者様はなんと仰っていたのですか? あの、わたくしには多少の医学知識もございます。何かお力添えができるかもしれませんわ」
「いや、風邪だろうと言われた。気遣いありがとう、ローナ嬢」
「ところでライナス様、ハミュエラ様は?」
後ろには居ないようだが……まあ、来れば嫌でも分かるだろう。
だが気配がないんだよ。
まさか欠席?
あんなやつでも公爵家ご子息の1人……居ると居ないではお嬢様の評価が変わってしまう。
同様の理由でアルトとエディンが来ないのもちょっと痛手だ。
事情が事情なので仕方ないし、エディンの場合は『策の一つ』という可能性すらあるのだが……。
「……アルトの顔を見るまで帰らないと粘っている」
「まあ、なんてお可愛らしい!」
「絵面は全く可愛くなかったが……」
「あ、もう大丈夫です。お席にご案内いたします」
「そうですね、他の招待客の皆様も来られる頃ですし」
ドアを破壊しようとするハミュエラと、それを阻もうとする双方の使用人たちの絵面が脳裏に浮かぶ。
なんにしても、今日のお茶会はこれまで様子を伺っていた令息たちの意思表示の場も兼ねている。
ライナス様やスティーブン様が出席されるのはお嬢様陣営的には相当にプラス。
国の有力な公爵家、侯爵家子息がお嬢様に付いたとなれば、誕生日パーティーに参加する貴族のご子息ご息女はより増えるはず。
みんな長いものには巻かれたいもんな。
それでもアリエナ嬢を推す者たちは、明確にオークランド家の思想を理解している、あるいは思想が近いと判断するべきだろう。
もし、この学園にラスティが通っていたのなら……ラスティはお嬢様のお茶会に来たのだろうか……?
もし来ないのなら、ライナス様はどんな表情だったんだろう。
あまり考えたくないな。
「ローナ様、ご招待ありがとうございます!」
「ヘンリエッタ様」
ドキーン!
と、肩と心臓が跳ね上がる。
振り返るとアンジュと2人ほどメイドを伴ってヘンリエッタ嬢が現れた。
あ、ああ、まあ、く、来るのは知っていたけれど……。
「こんにちは、ヴィンセントさん。手伝いますよ」
「お、おう……」
「ビビりすぎですよ。普通にしてくださいって前に頼んだじゃねぇですか」
「う、うんん、そ、そうなんだけど」
「……意外と小心者っすねぇ。……あれ? マーシャはまだ来てないんすか?」
「あ、ああ、そうなんだ。起きてはいるみたいなんだけど……探しに行く時間も惜しいからあいつは気にしないでくれ」
「まあ、居ても居なくても同じな気ぃしますしねー」
……残念ながらその通りです。
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