王誕祭開始前
「…………なんかやつれてないか?」
「うーーん……」
7月末。
本日は『王誕祭』。
城の大ホールでの舞踏会だが、今年は去年より招待客が少ない。
まあ、去年は(偽物の)マリアンヌが大暴れしていたからな。
……今年は(本物の)マリアンヌがこの大舞台でパーティーデビュー……俺の胃が痛い。
俺もポンコツメイドのエスコート役で参加…もちろん表向きは、だ。
一応……血の繋がってる方の父親、の誕生日という事なので参加しないわけにはいかなくなった、というのが本音。
しかし、なーんか俺は前世も今世も親父と上手く噛み合わないというかなんというか…。
あんまり好きじゃないんだよなー。
そしてレオは働きすぎか?
パーティーが始まる前に会いに来たらなんかげっそりしてる。
「ヴィニー、ヘンリエッタ嬢が『ティターニアの悪戯』に遭った件は聞いている?」
「ああ、この間の茶会は俺もその場にいたからな」
「そう……」
「まさかレオにもその話したのか?」
やっぱやばいなあの人。
ティターニアの悪戯とか…創作の中のやつだろう?
「いや、結論から言うと『ティターニアの悪戯』はあるんだよ」
「え、あるの? 王族があるって断言していいやつなの?」
「いいやつだよ。というか、元々クレース様も『ティターニアの悪戯』でエメリエラと出会ったと言われているから」
「!」
そ、そうなの?
…な、成る程?
確かによくよく考えると女神がいるのに『女神(ティターニア)の悪戯』がないと言い切るのも軽率…なのか?
「……ただ、まさかエメがティターニアそのものだとは思わなくて……」
「へえ? …………え?」
椅子の背もたれに寄りかかり、頭に右手の甲を乗せるレオ。
へえ、エメリエラってティターニアだったの、か……え?
ティターニアってこの世界を作った女神では?
え?
「アミューリアとも話したんだけど」
「え、あの、え?」
「エメはティターニアの欠片だったんだって。それを武神族が守っていたんだけど、酔って人間の国…つまりこの国に落っことしたらしいよ」
「……」
え?
アミューリアと話…は?
エメリエラがティ…は?
武神族が落っことし…んん?
「ちょっと待ってくれ」
「うん、この話は後にしよう。もう時間だし」
「え、ええ〜」
立ち上がった王子衣装のレオはすっかり『高貴』という言葉が似合う風体に成長した。
初めて会った頃の天使のような愛らしさはなりを潜めて、穏やかで優しい空気に変わったと思う。
まさしく美少年。
全く、これでプラス頭はいいし強いし優しいんだから非の打ち所がない。
女の子の憧れる…まさに王子様そのものか。
「……。まさかとは思うが、新たな問題が出てきた訳じゃあないよな?」
「うーん。…問題というかなんというか……。まぁ、問題は問題なんだけどそういう問題でもないというか…とにかく、この話は後でみんなにもするよ。それよりも、僕はこの後の陛下とマーシャの出会いが気がかり過ぎて胃が痛い……」
「……同じく……」
疲れ果てた笑顔。
俺もあのポンコツメイドが国王の前に出て大丈夫かと胃が痛い。
一応俺がエスコートして側にはいるが…俺も陛下はとっても苦手なのでうまくフォロー出来るか不安だ。
「僕は先に陛下と出迎えを行うから…マーシャのことは頼むね?」
「あ、ああ…」
「…はぁ…陛下、今朝は自分で起きて身支度もやってずっとソワソワしてるんだよ…」
「うわぁ…」
本物の娘との再会? …に浮き足立っておられるの?
あの強面がソワソワしてる姿とか想像つかない。
……というか…。
「別にな、いいんだけど…なんだろうか、このモヤモヤ…」
「あ、あと」
「え、まだなんかあるの?」
別に構いやしねーんだけどな。
自分の母親…産んでくれた女性が恐ろしく蔑ろにされてる挙句、別な女との娘に再会するのをワクワクしてる親父の図っつーのは…なんともモヤモヤする。
マーシャの事はちゃんと“いもうと”として想っているのだが…なんだろうなー?
これとは別件なんだよなー?
そしてまだなんかあるのか、とレオを見下ろす。
その微妙な笑顔たるや…。
「今日の『王誕祭』はルティナ妃のお目見えを兼ねているから…ヴィニーはもっとモヤモヤするかも…」
「…………安心しろ、お前が耐えるものを俺も耐える」
「そ、そう…」
レオに至ってはお母さんをマリアベルに殺されてる…。
服毒自殺とはいえ、その毒はマリアベルから貰ったものだったそうだ。
俺の…ヴィンセント(オズワルド)の母親は生まれてすぐに仮死状態になった俺を『流産』した事にさせられて、正妃の座をマリアベルに譲る事になった。
まあ、マリアベルがそれを望んでいたわけではないのは去年の『星降りの夜』に発覚したし、それに端を発して『マリアンヌ姫取り替え事件』に繋がる訳だが…。
「なあ、ルティナ妃ってどんな人なんだ?」
一応、国王の第1の側室として俺の母、ユリフィエ妃と同じ時期に城に入ったと聞いている。
ユリフィエ妃と同じようにあまり話を聞かない人だ。
「そうだね…ユリフィエ妃と幼馴染で仲が良いみたい。人柄は少し厳しい感じの人かな…。マリアベルとはすごぶる不仲だったよ」
「……………」
「…住んでた棟が違うからヴィニーが今考えているようなバトルはなかったけど」
「そ、そうか」
大奥みたいな感じなのかと思ったけど、そういうのはないのか。
見てみたかったような、なくて安心したような…。
「ルティナ妃は元侯爵家のご令嬢なんだよな?」
「そう。…ゴヴェス・オークランドの姉に当たる」
「………あ、もういい、なんとなく理解…」
「それはなにより〜」
成る程、そりゃ魔法研究所問題も長引くし複雑になる訳ですね…。
「ルティナ妃はどちらかと言うとマリアベルやユリフィエ妃が政治的な方面に関わらない分、分かる範囲で手助けをしてくれる人だね。僕もまだ至らないところが多いから、彼女が裏でサポートしてくれていたりする。でも、それを表に出すこともなく、本当に裏方に徹して色々してくれていた。凄い人だよ」
「へ、へぇ…」
「…まあ、僕の顔を見ると顔をしかめるから好かれてはいないみたい…」
「…え、ええ…」
なにそれ判断が難しい…。
「敵でもないが味方でもないって感じか?」
「そうだね…、…そうだといいけど…」
「? なん…」
「じゃあ僕こちらだから」
「あ、おう」
会場への直通の通路か。
レオは先に会場に陛下と共に入って客を出迎える立場。
あ、しまったな…俺やマーシャのことをルティナ妃がどのくらい知ってるのか聞きそびれた。
…最後、聞き取れなかったけどなんて言ったんだ?
「…………」
まあいいか。
ヘンリエッタ嬢の『ティターニアの悪戯』から齎された訳の分からない話と一緒に今度みんなに聞けば。
…武神族、ねぇ…?
確か女神族と同じ天神族で、獣人が崇める神々…だったかな。
『大陸支配権争奪代理戦争』はこの武神族が人間や獣人が他の種族をむやみやたらに侵略しないように設けた、はず。
正直女神共々普通に生きてると『信仰対象』というだけで、具体的に関わるもんでもない。
レオは女神エメリエラと生活してるから、俺よりもそういう存在に免疫あるようだけど…俺はないからなー…。
そんな奴らの話を持ち出されてもピンとこない。
が、この世界がそもそも乙女ゲームの世界、という現実を思い出すと普通にアリかな、と思う。
いいじゃん武神族。
ファンタジーっぽくて少しアガる。
剣と魔法の冒険物とか、俺どっちかっていうとそういうゲームが好きだった訳だし!
憧れがないといったら嘘だ。
…まあ、実際戦争に参加するかも…と思うとやっぱり怖い気持ちの方が強いけどな〜…。
「義兄さん!」
「ああ、お待たせ」
「遅いべさ! レオ様となにそんなに話し込んでたんだ!」
「な、なにキレてんのお前…」
待合のホールの隅っこにたどり着くとなぜかキレ気味のマーシャ。
せっかく化粧して髪も整えられてドレスも着てビシッと決めてるのに…早くも残念だな。
「エディン様がちょいちょいちょっかいかけてくるんだよ」
と、同じくキレ気味のメグ。
うん、お前は今日お嬢様とマーシャのメイドとして付いてきてるんだから腕組みしながらプリプリ公爵家子息の悪口を言うんじゃありません。
アイアンクローだな、この駄メイド二号。
「あだだだだだ⁉︎」
「メグ、リース家のメイド見習いとなったからには相応の立ち居振る舞いをしてもらわないと困る…。マーシャ、お前も訛りが全開だな? お嬢様に気を付けるように散々言われたんじゃあなかったかぁ…?」
「ひ、ひぃ…」
即実行。
メグ、俺が女だからって容赦すると思うなよ…?
お前だって俺にとってはお嬢様の破滅エンドを回避するためのラスボスの一人なんだからな⁉︎
…………。
そういえばメグがヒロインの場合ってお嬢様は…。
少なくともエディンルートの破壊が終わった今、ヒロインがメグならお嬢様は生涯浮気男と生活苦の苦労人にはならないはず。
「や、やめて、やめて、ぼ、帽子が取れちゃうっ」
「に、義兄さんごめんなさいださ! メグが痛がってるよ!」
「ああ、そうか…」
帽子が取れたら耳がバレるか。
悪い悪い、と手を離す…が。
「まあ、次からは発言と立ち居振る舞いにはくれぐれも気をつけるように…2人とも」
「は、はい! 気を付けますっ(笑顔が怖い!)」
「は、はい! 気を付けます!(笑顔が怖いべさ〜!)」
「特にマーシャ〜…今日は大勢の貴族の方々がお越しなんだ。旦那様も間も無く到着なさるだろう。陛下の御前に出るんだからくれぐれも! くれぐれも粗相のないように気を入れろ!」
「は、はいぃ〜!」
向こうはお前に会えると思って朝からソワソワしておられるようだから!
ガッカリさせないように!
本当に!
「もうそのくらいで構わないわ、ヴィニー」
「お嬢様」
「ルーク、お前はメグと使用人控え室だ。後でローエンスが来るだろうから、そこで色々と教わればいい」
「は、はい、ケリー様…」
「メグを頼むぞ、ルーク。…ところで、マーシャにちょっかいをかけていたというナンパクズ男はどこですか?」
「……え?(は、発言と立ち居振る舞い…)」
メグが何か言いたげな顔だが、ケリーが「ヴィニー、顔」と言うので口元を指先で揉みほぐす。
いかんいかん…つい。
「……義姉様…」
「大丈夫よ。それよりそろそろ入場が始まるわ、行きましょう。ヴィニー、マーシャのことお願いね」
「はい。ほら、行くぞ」
「は、はいだべさ!」
「「「訛り」」」
「は、はひぃ…」
お嬢様と俺とケリーに同時に指摘されて肩を落とすポンコツ。
……胃が…胃が痛い…!
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