今度こそ重要会議の開催です



男子寮ーーー。

そこには歓談室というものがある。

ここならば空気クラッシャーの邪魔は入らない。

何故なら棟が違う。

あと、俺たち一時間目と二時間目の授業サボり。

まあ、一般教養はサボっても怒られないのでそれはいいとして…。


「さてと、ローナがいないのは少々アレだがさっさと婚約云々にはカタをつけたいからな…。話し合いを始めようぜ」

「なんで偉そうなんですかねエディンは」

「ねぇねぇ、それより昨日みんな観劇に行ってたんでしょ〜? 感想聞きたいな〜」


と、にこやかな笑顔でさっき城から帰ってきたばかりのレオが手を挙げる。

あー、昨日の件もライナス様に相談しなきゃな〜…。

頭が痛いぜ…。


「あ、ええと、実はライナス様が私のお誕生日に何もできなかったからと舞台が終わってすぐに舞台上にケーキをご用意してくださっていて…。…役者さんたちに囲まれながらケーキを食べました…!」

「へ、…え?」


…うん、レオが固まる気持ちは分かる。

「あのライナスが?」…だろう。


「劇の余韻も冷めやらぬ中、私の大好きな小説の登場人物たちに囲まれて誕生日を祝われる……とても感動で、とてもとても嬉しかったです!」

「そうなんだ。やるね、ライナス」

「そうだな。童貞にしては頑張ったんじゃないか」

「エディン、ちょくちょくライナス様を童貞童貞と馬鹿にするのやめて頂けますか!」

「あーハイハイ」

「…………」


…頭を抱えて項垂れるライナス様。

まあ、あのサプライズ企画の原案者がハミュエラなのだから頭も抱えたくなるだろう。

そして俺とエディンはそれを知ってる。

ライナス様の名誉のために口には出さないが、エディンはただ黙っているのが面白くないんだろうなぁ。

ガキめ…。


「いいなぁ、面白そう。…王太子になってから行動の制限がこれまでと違った意味できつくなったから羨ましいよ〜」

「……ど、どんまい…」


仕事も増えたみたいだしな…。


「ま、まぁ、それよりもローナ嬢とディリエアスの『元サヤ作戦収束会議』? を始めた方がいいのではないか?」

「そうだな。とりあえず今日の議題はそれだな。話がまとまり次第ローナに了承を得て実行。…まあ、普通に俺とローナの親からの大反対でいける気もするが…」

「手っ取り早いのはそれですよね。……エディンのお母様のディリエアス家内の権力の強さは貴婦人ネットワークで有名ですから」

「……え…俺それ知らないんだがどういうことだ…」

「というかそんなのあるんですか…?」


スティーブン様の情報収集能力が格段に上がっている…⁉︎

し、使用人ネットワークとメイドネットワークは知っていたが…そ、そんなものが…。

恐るべし『戦略』No. 1…!


「つまり、エディンのお母様が反対してると言えば大多数が納得するってことかい?」

「はい。貴婦人ネットワークはご令嬢たちにも情報が流れるので、エディンのお母様が反対されていたと言われれば「だよね」って感じで納得されると思います」


……俺の知らぬところでディリエアス家の力関係が恐ろしい事になっている気がするんだが…。

ディリエアス公の権威的なものは…だ、大丈夫なのか…⁉︎

エディンも流石に顔色が悪い!


「…因みに他にはどんな情報流通源があるの?」

「恋愛小説同好会と…………まあ、色々…」

「なんだ、その“間”は⁉︎」

「エディンは知らない方がいいと思います」

「いや、気になるだろ!」

「僕も気になるな〜。教えてスティーブ」

「うっ…」


レオの「教えて」は威力が半端ないからなー。

さすがのスティーブン様もたじろぐ程だ。


「……、……し…『紳士の下半身』クラブというものがありましてですね…」

「え? なに? スティーブ声が昔みたいになってるよ?」

「紳士の下半身?」

「いえ! やめましょうこの話は!」

「そうだな! 情報流通源は今はどうでもよかったな! ヴィンセント、お前何か他に案があるんじゃないか⁉︎」

「はいそうです! 発言の許可を!」

「どうしたの、エディン、ヴィニー?」


ヤバイ、危険な匂いしかしない!

レオとライナス様には聞かせてはいけないものだ、多分!

スティーブン様の情報源には二度と触れない方向でいこう!


「こ、こほん。…実は考えていたんですが、いっそ例の噂を逆手にとってみてはどうでしょうか」

「例の噂って、ローナが僕とエディンを手玉に取ってる的な?」

「いえ、お嬢様とレオが婚約するやつです」


芸能人の週刊誌あるある!

デートを撮られて「はい、実はお付き合いしてます」「結婚間近です」的なアレだ。

そして…。


「で、エディンのあの歯の浮くようなセリフは全部レオが言ってたことにすればいいんです!」

「え……ッ」

「そ、それはさすがに無理があるぞヴィンセント!」

「あー。でも不可能ではないかもなー。俺がローナを口説くふりを始めたのはレオが監禁された後。伝言を頼まれた体で噂を流せば意外といけるかもしれん」

「い、いやいや、僕、エディンみたいなこと言えないし…!」

「き、厳しいと言えば厳しいですが……一応エディンの麦カス程度の威厳も保てますし? 最悪な案でもありませんね…」

「麦カスってお前…。そんな些細な威厳などいらん! それならまだ、ローナのメイドのマーシャに目移りしたと噂された方がましだ!」



え。



「…………」

「……ディ、ディリエアス、お前…」

「エ、エディン…」

「じゃあ、それでいきましょう。マーシャには我慢してもらうことになりますが…。情報操作はお任せください!」

「スティーブン様⁉︎」


ガチで底辺に叩き落とす⁉︎

ちょ、さすがにそれは!

自分で言い出すのもどうかと思ったけれど!


「エディン…それはちょっと……。まだ両家の反対の方が…」

「いや、それでいい。…一介のメイドと思っていたら、その娘は行方不明の本物のマリアンヌ姫…。あの娘も俺に言い寄られて迷惑千万。そこにその事実が発覚すれば、驚きより幸運が勝るだろう。公爵家子息に言い寄られ、追い詰められているところに“断る資格”が与えられるんだからな!」


わ、悪い顔してるー…!


「それに落ちてもらっても俺は一向に構わない…フ、フフフフフフ」

「全力でマーシャには踏みとどまって頂きたいですね…」

「…そ、そうだね…」

「ディリエアス…貴様本当にクズだな…心配して損した…」

「噂を上塗りするに値するクズだなお前」


もはやこの男に体裁というものは存在しないのか。

浮名を流しに流しまくった末の到達点なのか。

あれだけ熱心にうちのお嬢様を口説いていたとしても、エディンならそれでイケてしまう気がする…。

こ、公爵家子息としてそれはどうなんだ?

いや、そもそも…乙女ゲームのメイン攻略対象としてそれはどうなんだ…⁉︎


「でも、そうなるとローナの立場が…」

「そ、そうですよ!」


お嬢様が恥をかく!

そんなのは許せん!


「はあ? 何故? 俺に口説かれて、その気になっていたところで俺の心変わりだぞ? むしろ同情の声が集まるだろうさ」

「…………」

「…………」

「…お前すごいな…」


いっそライナス様が尊敬の念すら感じ始めるクズっぷり。

…ま、まあ…女性の立場からすると……これはダメだな…。


「だが試しに間に誰か挟むか」

「は?」

「俺の心変わりに関して周りの反応を試すんだよ。クックックッ、せいぜいローナには惨めな顔で俯いていてもらおうか…。なあ? レオ…」

「…………あ、あまり女性を無碍に弄ぶのはやめてあげてね…?」

「頭が痛いです…。エディンの本領発揮過ぎて…。もう月のない夜に後ろから刺されればいいのに」

「おい」


スティーブン様物騒。

でも、俺もそれは同意する。


「じゃ、そういう方向でローナには話をしておけよヴィンセント」

「ああ、分かったよ…」


俺はもうお前の体裁など知らねー!

お嬢様が恥をかく事にはなるが、それが逆に令嬢たちから同情される事になり株が多少なりとも上がるのであればもうそれで構わない。

エディンには徹底的にクズ男に徹してもらおう。

そして何より、俺はお前とお嬢様が婚約をしなければいいのだ。

お前とお嬢様の婚約はお嬢様の破滅エンドに直結だからな!


「マーシャには話しますか?」

「いえ、あいつはお嬢様以上に演技などできません」


バカだし。


「むしろ知らずに徹底的に振られればいい」

「そうですね」

「ふん、そろそろお前らのその軽蔑の眼差しが心地よく感じるようになってきたぞ」

「チッ、クズめ…」

「まあ、でもエディンの策ならマーシャも割とすんなり『マリアンヌ』のことを受け入れられそうだよね」

「ぐっ…、…ま、まあ、そうかもしれませんね…」


言いあぐねていたからな。

これで二つの問題が同時に解決する事にもなる。

…エディンの女遊びの毒牙にかかるご令嬢たちには申し訳なさも感じるが…………こいつに遊ばれたいとかほざいていた令嬢も居たし……ま、いいか。

恐るべしクズ。


「…あと、なにか話し合う議題ってあった?」

「はい」

「何かあるのか? ヴィンセント」


ええ、おたくの従兄さんのことですよライナス様。


「実は昨日ハミュエラ様が劇場の手伝いをしていたところに遭遇致しまして…」

「な、なにをやっとるんだあいつは…」

「それ自体ではなく、その時たまたま怪我をされたんです」

「な、なんだと⁉︎ 大丈夫なのか? 昨日は元気そうだったぞ⁉︎」

「ええ…。…どうやらハミュエラ様は『無痛症』という病のようですから」

「…………、…むつうしょう…?」

「なんですか? それ…」

「体の痛みを感じることが出来ない病です。怪我をしても、病気で具合が悪くても体が痛いと感じない為とても危険なんですよ」

「そんな病気があるのか⁉︎ ハミュエラがその病だと…!」

「はい」


アルトがもう少し詳しく調べると言っていたのも伝えて、とにかく一刻も早く医者に見せるべきだとも話した。

治療は俺の前の世界でも多分難しいはずだから、こっちの世界は治すことそのものが無理なんじゃないかと思う。

だが危険なのはハミュエラのあのアホみたいな無茶苦茶な体の使い方。


「痛覚が機能していないのでアルト様やケリー様を担いでも“痛い”と思わず平然と無茶ができるのだと思います。あれでは体が壊れかけても気付かず酷使し続け、余計に壊れてしまいますよ」

「な、なんと…」

「成る程、それは確かに危険な病だね…」

「き、聞いているだけで痛いです…」

「恐らく、あの人の話を全く聞けないところも痛みを知らないから、人の心の痛みを想像する事が出来ない故の弊害の一つなのではないでしょうか…」


……ハミュエラルートの戦巫女は、ハミュエラの明るさに救われる。

だが、それ故に彼を遠ざけて拒んだ。

全て好意的に、プラスに受け止めてきたハミュエラにとって戦巫女の行動は理解不能だったのだろう。

そして拒まれていると気付いて初めて『心の痛み』を感じ取ったと…。

…………泣くじゃん、そんなの…ハミュエラルートやばいって…。

そりゃ追加攻略キャラ人気No. 1にもなるよ。

おじさん涙もろいんだから泣いちゃう…!

…頼む戦巫女!

レオはもう大丈夫だからハミュエラルートであの空気クラッシャーを救ってあげてぇぇ‼︎


「すぐに病院に連れて行くべきという事だな!」

「でも素直に行くのか? 自覚がないんだろう?」

「そうなんですよ…」


そこがアレなので相談したのだ。

なんとか頭を怪我した今のうちに「頭の怪我が悪い影響を及ぼさないかどうか検査する」みたいな理由で連れて行けないものかと考えているのだが…。


「俺がハミュエラを説得する! 今日中に病院へ連れて行こう!」

「では、病院に問い合わせしておきます。スティーブン様、お嬢様に伝えておいて頂いてもいいでしょうか?」

「分かりました。エディンとの事も私からお伝えしておきますね」

「申し訳ありません。お昼には戻るように致します」

「すまん、ヴィンセント」

「いいえ」

「ちなみに今日の昼飯はなんだ?」

「生姜焼きです」

「…絶対遅れるなよ!」

「生姜焼き!」

「わ〜〜い、生姜焼き〜」

「えー…」



…スティーブン様、気持ちは分かります……。





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