番外編【クレイ】




この世界はおかしい。



5つの種が存在し、500年ごとに大陸の覇権を巡り各種族から5名ずつ代表を選出して戦争を行う。

勝利した種は、以後500年間…大陸を支配する。

だが、彼らは5つの種…人間族、エルフ族、妖精族、獣人族、人魚族…全てに当てはまらない。

何故なら、彼らはハーフ…。

支配された人間が、他の種に陵辱、あるいは…心を重ねて生まれた者たちの末裔。


彼らは総じて、亜人族と呼ばれる。











「はあ? メイドになる? アホか」

「アホって言うな! そう言わずにお願いクレイ! …マーシャにね、誘われたの。マーシャ、再来年アミューリアに通うことになったんだって。それでー、自分ができなくなる仕事を手伝ってくれる下女を探してるんだって! だから、あたしにどうかって! マーシャが頼ってくれたんだよ!」

「…………またその娘の話か。…事情は分かったが、俺が良いと言うと思ったのか?」

「そりゃ思わないけど…。帽子かぶってれば大丈夫だよ! メイド服スカート長いし!」

「そういう問題じゃない」


この猫の亜人はメグ。

クレイの幼馴染だ。

獣系の亜人は人魚の亜人と違い頭の耳や尾を隠せば人と変わらないように見える。

特にメスは、長いスカートで尻尾を隠しやすい。

しかし、だとしても貴族の下女になりたいとはよく言ったものだ。

人間が亜人にどんな態度を取ってきたか、忘れたわけでもあるまいし。


「まあ、いいじゃありませんか。クレイ」

「先生…」

「先生!」

「貴方も“信頼できるかもしれない人間”を見つけたのでしょう? …やっと我々も陽のあたる場所で暮らせるようになるかもしれない…。その分岐点に差し掛かっている。…そんな今だからこそ、積極的に人間と関わり、知っていくことは大切かもしれない。もちろん慎重に。…失敗すれば我々は今の居場所さえ失うでしょう」


長い耳、乳白色の髪、翠の瞳。

ハーフエルフのツェーリ先生。

亜人族にとっては少し特殊な立ち位置の人物だ。

彼はエルフと人間が愛し合い生まれた無二の存在。

妖精と人間のハーフも居るが、あちらはツェーリ先生とは違い、亜人と“自分”は『別物』だと主張している。

ツェーリ先生は長寿であるエルフの血を引いているため、物知りで亜人族の『先生』を務めている稀有なお方。

本来なら亜人族の長は先生が務めるべきだろう。

しかし、先生は自らの思想に亜人族を染めることは「違う」と仰る。

…その理屈はなんとなく分かるので、今世の長の座はクレイが預かる事になった。

この人にエルフ族の使う文字や計算などを教わらなければクレイたち亜人は学のない、残念な種族のままだろう。

亜人族の恩人であるツェーリ先生がそう言うのでは…クレイも耳を傾けないわけにはいかない。


「確かにそれはそうですが…メグにその慎重な行動が出来るかどうか」

「な! で、できるに決まってる!」

「どうだか…」

「うー…」

「ふふふ」


しかし、人間の貴族の下女…。

マーシャ…本物の王族の姫と思われる可能性が最も高い娘。

となると、側に置いて情報を集めさせるのも一つの手ではある。

問題はメグにその手の訓練を全くさせていない事。

人間の生活に溶け込み、情報を集めるのは一応それなりに訓練を積んだ者が行う。

今からやらせてどれだけ身につくだろうか。

ツェーリ先生の文字の授業も全然身に付いていないこいつに、果たして人間の生活が出来るのか…無理な気がする。


「…分かった、でも条件がある」

「え! なになに、なんでもやる!」

「とりあえず諜報活動訓練は受けろ。3ヶ月でニコライが納得するレベルに達したと判断したら、その下女とやらになるのは許す」

「ちょ、諜報活動訓練…⁉︎ 無理無理、あたし向いてないって! …全部顔に出るって…」

「だからそれを直せ。それと最低限の人間の生活も学んでおけ」

「えー…。マーシャはあたしが亜人なの知っても全然動じなかったよ? 平気だよー…」

「っ…そういう問題じゃねーんだよアホ」

「彼女以外の人間にバレては厄介でしょう?」

「うっ」


なんでもやるといいながら、文句たらたらのメグに頭痛がしてくる。

どうにも嘘の苦手な幼馴染は、諜報活動には向いていない。

色気もないので万が一の時に色仕掛けも出来ないだろう。

マーシャ・セレナードのところには義兄として亜人に理解のあるヴィンセント・セレナードもいる。

最悪、彼にメグのことを頼めばいいとは思うが…あの男も少々残念なところがあるので違う方向で心配が増す。

…………主にメグの耳とか尻尾が心配だ。

目を輝かせながらクレイの耳や尾を触ってきたあの日のことは一生忘れないだろう。


生まれながらに忌み嫌われ、幾度となく切り落とされそうになったこの耳と尻尾を…………可愛い、と。



「…………」



親にすら触れられたことのない耳や尻尾。

褒められることもなく、同じ獣系亜人にも理解されづらい自慢の毛並み。

まさか人間に褒められ、撫でられる日が来るなんてあの時まで思いもしなかった。

同じ獣系亜人は柔らかく光沢のある猫の亜人…メグの毛並みの方が人気が高いのだ。



(俺の毛並みだって、負けていないはずなのに)



と、密かに拗ねていたことは絶対に内緒だが。



「分かったよ、やるよ訓練…。ニコライを納得させたら、マーシャと一つ屋根の下で暮らせるんでしょ⁉︎」

「え…?」

「え?」

「そうなんですか?」

「…知らんが…貴族と使用人は寝床が別なんじゃないか?」

「そうだけど、マーシャはメイドだから! あたしが下女になったら同じ寝床じゃないの?」

「…あ、ああ…」


“まだ”メイドだった。

確証がないのだ、仕方ない。

それに、もしやと思うがメグはあの娘が『本物のマリアンヌ姫』筆頭候補だと知らないのか?



(…まあ、もし違っていたらアレだし…わざわざ教える必要もない、か?)



もし、あのマーシャという娘が『本物のマリアンヌ姫』だったら…王族なら、メグがその娘と懇意にするのは悪いことではない。

レオハール王子も、まだまだ甘さの抜けないところはあるがこれまでの王族とは少し違っていた。

確かに亜人と人間の関係は彼らの代、自分たちの代で少し変化するかもしれない。

今がその大切な時だ。

地下に広がる蟻の巣のようなこの拠点。

ここで暮らす、全ての亜人族とその子供たちを…陽の当たる世界でーーーー。


「うふふふふ…マーシャと同じ寝床…。毎晩なでなでしてもらえたりなんかしちゃったりして…うふふふふ…」

「…………」

「…………」




何故だろう。

違う心配と……そして静かなる殺意が胸に広がる。





*********

こちらはもも様のリクエストとして執筆させていただきました。

もも様、リクエストありがとうございました。

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