番外編【レオハール】5



星降りの夜…。

ヴィニーが訪ねて来てくれて、そこで僕は改めて彼やエディン…他にもたくさんの人が僕の側にいて…ずっと支えてくれたのを思い知った。

僕のような『兵器』に…側で支えてくれる友達が居てくれる。

だから僕は…僕は『兵器』だけど…君たちのいるこの国の為になんでもするって決めたんだ。

君たちが一緒にいてくれたら僕はきっと帰ってこれるし、もし王になる以外の選択肢がなくなったとしても…君たちが一緒なら間違えずに進める気がしたから。

それに、もし間違えても正してくれる人もいる。

それに気がつくことが出来たから、僕はマリアンヌと対峙することが出来た。

剣を持つあの子を見た時、やっぱり少し怒りで後先考えられなくなって…取り上げた剣ごと床を壊して最終的に小ホールは崩壊してしまったけど…。

…………あれはちょっと力がが入りすぎてしまったんだよね、えへへ。

まあ、それはいいや。


それよりも…………。



「陛下の体調が芳しくないの?」

「はい、リース伯爵がお側でお話を聞いておられるようですが…マリアベル妃のことがよほどショックだったようでして」

「あー…陛下、マリアベル様大好きだったものね」


あれは寝込んでも仕方ない。

アンドレイが山のような書類を木箱に入れて持ってくる。

それを僕の机に置くと、にっこり「本日の陛下のお仕事です」と言ってきた。

ん、んん???


「ちょっと待ってアンドレイ…陛下の仕事はさすがにわからないよ」

「ご説明しますし、こちらはサインをして頂くだけです」

「うえ⁉︎ サインだけなのにこんなにあるの⁉︎」

「それと、食糧の方なのですがサウス区の不作の地域がこのままでは食糧不足で冬越えが出来ないようです。ノース区最北端のパフス領の食糧庫は例年よりやや多いようですから、そちらを解放してサウス区に運んでもらえないか頼んでみてはどうでしょう」

「遠いな…。それに、ノース区は他の地域より寒さが厳しい。最北端からサウス区までは最短でも1ヶ月は要するよね? …それならリース家の食糧庫の方がまだ近い。伯爵はまだ城にいるんだし、頼んでみたらどうかな」

「…しかし、そうなるとセントラルの食糧が厳しくなるのでは…」

「それはどこも同じだよ。…まあ、セントラルなら各自節制の呼びかけが早めに出来るし、地方よりはマシだろう。サウス区のハワード家も無能ではないのだし、冬場は特に地方は領主の公爵家の手腕に任せている。最低限の援助に留めないと共倒れになるよ」

「…そうですな…それに、今年は他の地方も思ったほどの収穫が得られませんでしたからな…。その上、王誕祭で地方の貴族にも無理を強いてしまいましたし…」

「まあ、その一端は僕にあるので何も言えないけど…」

「いえ、姫の提案を飲むよりは民に変な被害も出ませんでしたしそれは…。ではなく」

「そうだね。とりあえずせっかくセントラルの領主たちが顔を揃えているし、彼らに相談してみよう。それから『年越えの儀』と『年初めの儀』で削れる部分は削って欲しいな」

「と言いますと?」

「…勿論女神教会を名乗っている連中へのお布施だよ」


我が国は女神を信仰している。

王家の血筋は女神に『記憶継承』の力を与えられ、長い年月、王家の血筋が他の貴族たちへと浸透した結果が今のウェンディール王国。

でも、昨今は『王家』ではなく『女神』への信仰が高まっている。

まあ、戦争が近い今、『人間の王』よりも『女神』に祈りたくなる気持ちはわからないでもない。

女神を崇拝する宗教はこれまでも色々と現れては消え、現れては消えてきた。

殆どの教祖が金儲け目的で、更に“女神が見えない”から長続きしないんだよね。

それでもそんな奴らの名残から…女神『プリシラ』は冬越えの加護を与えるとして定着したけど…。


「女神エメリエラ様を信仰する団体は早くも各地で現れ始めましたからねぇ」

「ああ、やっぱり? 開宗には国の許可がいるのを知ってるのかな」

「さあ? 申請が来ているところもありますよ。…どこかで見た奴らばかりですが」

「そういうの全部却下しておいて〜」

「わかりました」


宗教が確立すればエメの存在もより安定するんだろうけれど…エメリエラを見ることが出来ない、対話もできない連中に好き勝手されるのは迷惑だ。

逆に彼女の存在を不安定にしかねない。

エメリエラは祈りで生まれた神。

変な祈りは、彼女の存在を歪めてしまうかもしれないからね。

そう考えると、エメリエラを安定させるってかなり難しいのかも。

うーん…。


「いっそレオハール様が教祖になられては?」

「ふふふ、そんな暇くれないくせに〜」

「うふふふふ、バレちゃいました?」


溜息が出る。

とりあえず、仕事は片付けないとね…。

お昼ご飯は食べられるかなぁ?


「ああ、そうです殿下、午後にはスティーブンたちが来ますよ」

「え?」

「『年越え』と『年始めの儀』の準備を手伝ってもらう事になっているのです。昨日、ローナ嬢も登城しているそうですから、後程会いに行かれては?」

「え、僕それ知らないよ⁉︎ ローナ、昨日来たの⁉︎ え、泊まったの⁉︎」

「父君とお話しされていたようですね。…恐らく、エディンとの婚約に関するお話でしょう」

「あ、ああ…」


結局リース家やディリエアス家を巻き込んでしまったからなぁ…。

噂の出所はともかく、僕もその噂の原因の一つだから…そちらも謝罪しないといけないよね…。

ヴィニーにも怪我をさせてしまったし、ローナもきっと怖かったはずだ。


「…アンドレイ…陛下はマリーと、マリアベル様に関してなにか言っていた…?」

「…………処遇は決めねばならないと、そのご自覚はおありのようでしたがね…」

「そう。…無理そうなら僕が決めても良いか聞いておいてくれる?」

「⁉︎ …殿下…」

「…マリアベル様は、あれだけど…マリアンヌだったあの娘に関しては僕も責任があるからね…」

「…………」


普通に考えて死刑だよねぇ、2人とも。

でも、な…マリアンヌは、何も知らされずに…本当の親からも引き離されて…間違った愛され方でああ育ってしまったんだもの。

許されないことを行ってきた。

王族と名乗って、贅の限りを尽くしてきたのだから。

多くの混乱、損害、生活をめちゃくちゃにされた者も多い。

でも、例えそうだとしても命で償うのは…。

マリアベル様に関しては…王族の血筋の者を誘拐して放置した。

国家反逆、王族への誘拐と…本物のマリアンヌが死んでいれば殺害も。

これは極刑待った無し。

…しかし、何故わざわざ嫌いな陛下の子供を本当に身籠って、産んで、そして捨てたのだろう?

王家の血を絶やしたいのなら別な男の子供で十分だったんじゃ…。


「まあ、マリアベル様には色々喋ってもらわないといけないからしばらくはきちんと取り調べを受けてもらおう」

「そうですね…。事の真相を明らかにして…お辛いでしょうが、陛下には受け止めていただかなくては」

「…正直、異母妹の人生を2人分狂わせたあの方には…死は生ぬるいと思うんだよね…」

「…殿下もなかなかに過激ですな」

「そう?」







********




その日の夕方。

さすがに空腹が限界になってきたのでアンドレイに断りを入れて、少し食事休憩。

サンドイッチでも運んでもらおうかと思ったけど、外の空気が吸いたい気もした。

まあ、絶賛豪雪状態なので外の空気なんて寒すぎて1秒で飽きる自信があるけど。

石造りの城の中はまあ、それなりに暖かいので中庭に出なければ…。


おや?



「ローナ…と、スティーブ」


こことは対極に位置する西塔の窓から2人の姿が見える。

あ、そういえば午後から来るって言ってたな。

西塔は来客の宿泊施設や、図書室、その他娯楽施設が主な設備として入っているから…2人も休憩中だろうか?

あの2人がいるのは図書室だね。

それにしてもローナは昨日から来ていたとか…もっと早く教えてくれたら挨拶に行ったのに。

今から行こうかな。

と、バターパンを齧りながらぼんやり2人を眺める。

うーん、2人ともほんとにかわいいね〜…。


『恋愛相談ならお任せください』

『…は、はい。わたくしにはスティーブン様しかこの手のお話ができそうな方がいなくて…』


「んん?」


2人の口元から読み取ってしまう会話。

…我ながらふざけた身体能力だが、この距離からでも唇の動きで会話を傍受するのは「敵が作戦会議していた場合、それを盗み聞きする為」に仕込まれた能力。

なので…、これはいけないやつではないかな?

恋愛相談?

ローナの?

え、なにそれ、ローナ好きな人いるの?

…ローナの、好きな人…。

だめだ、そんなの…。

なのに、気になって足の裏に根でも張ったように動けない。


『そ、それでローナ様は誰がお好きなのですかっ』


す、すごく楽しそうスティーブ…!

い、いや、僕も知りたいけど…で、でもやっぱり盗み聞き…盗み見はだめだよね…。

ゆっくり体を窓枠に沈める。

もう少し身を屈めて………ごくり。


『……それが、よく、分からなくなってしまったのです』

『どういうことですか?』

『わたくしはずっと…他のご令嬢たちのようにレオハール様に憧れておりました』


ほ、ほあ⁉︎


『でも…最近よくわからないのです。レオハール様の幸せを願う気持ちはずっと変わらない。…いえ、むしろ、入学してからは…あの噂の通りあの方が側に居て、私に微笑んで下さる度にあの方の特別になれたようで…勘違いしてしまいそうになって…なんだか、その、もっと…お側にいられたらなどと身の丈に合わぬことを願うようになって…あ、浅ましい自分が情けなく……!』

『それは勘違いではないですよ⁉︎』


……ほ、本当にバレバレだったのか…。


『…つまり、ローナ様はレオ様が好きなんですね⁉︎』


「…………っ」


ローナが僕を好き?

ほ、本当に?

…なら、僕…、僕は…。


『…そのはずなのだとずっと思っていたのですが…』

『はいい?』

『…………星降りの夜にヴィニーがわたくしを庇って…怪我をした時に……』


潤み出すローナ。

いつも表情が変わらないのに。

…ヴィニーが怪我をした時も、そういえば半分泣いていた。

うん…やっぱり辛い目に合せてしまったんだよね…。


『ヴィニーにいなくなられたらどうしようと…っ。そう思ったら…わたくしは…』

『ローナ様…』

『同じくらい大切な人なのだと気付いたんです。どうしたらいいのでしょうか…。わたくしはレオハール様にもヴィニーにも…戦争に行って欲しくありません…! でも、そんな事言えない…! この国のために、人間族の未来のために…戦争に勝たねばならない。その為に魔力適性の高いレオハール様とヴィニーは戦争に赴かなければならない…。分かっているのに…どうしたらいいのか分からないのです…』

『…………ローナ様……恋愛相談ではなかったんですね…!』


…………なんだかスティーブが心底残念そうだなぁ…。


『うーん…でも、そうですよね…その気持ちはわかります。レオ様もヴィンセントも戦争に行く気満々ですから…引き留めようもありません。私たちは信じてお待ちするしかないのでしょう…』

『…………そう、ですよね…』

『……ローナ様は、レオ様やヴィンセントと……恋人になりたいとかそういう気持ちはないのですか?』

『…………。…2人を見ると、その気持ちが不安になるのです。…わたくしの気持ちはきっと重荷になるのだろうと。それに、2人の殿方に同じくらいの好意を持つなんて、そんなことはきっとありえてはなりません。そんなの変です』


「……………………」


ん?

つまり、ローナって僕…とヴィニーの両方が好きってこと?

それってなにか変なのかなぁ?

…兵器の僕が君を好きだと思う事よりよほど普通だと思うけど…。

それに、エディンは日替わりで何人もの女の子とデートしてるし。


『普通ですよ!』

『えっ』

『恋愛小説でも複数の男性を同時に好きになる主人公が居ますし!』

『そ、それは小説の中のお話では?』

『そんな事ありません! 大団円です!』

『…そんな、ありえませんわ…』

『ローナ様! 我慢してはいけません! 自分の気持ちに嘘をつくと、苦しくて苦しくて息ができなくなるんです! 私はずっと自分に嘘をついてきたから分かります!』

『…! スティーブン様…』

『…確かに戦争の事は…簡単な問題ではありません。私たちにとっても他人事ではなく、一緒に考えなければならない問題です。だから…そうですね…ローナ様のお気持ちは、お2人にはまだ内緒にしておいてもいいです。でも、戦争が終わって、2人が無事に帰ってきたらちゃんと伝えましょう! その為に…2人が、いえ…『代表』になる皆様が帰って来られるように私たちに出来ることを考えて、出来ることをやりましょう! きっと私たちにもなにか出来ることがあるはずです!』


「……………………」


…僕って本当に、周りが見えてなかったんだな。

今更だけど…。


「レオハール様?」

「はっ! はい⁉︎」

「どうしたんだ? 窓枠に寄り掛かって。気分でも悪いのか?」

「エディン…、ディリエアス公爵…」


そういえばエディンは春、マリーに辞めさせられた騎士が戻ってくるまで騎士見習いでお城の警備の手伝いか…。

つまり父親のディリエアス公爵と一緒に見回り中…。


「う、ううん、ご飯食べてた」

「こんな場所で?」

「…政務室と近いから…」

「せめてちゃんと座ってお食事なさってください」

「ごめんなさい…」


でも座りっぱなしはつらくて…。

あと、覗き見してたのもごめんなさい。

これは、誰にも言えないけど。


「廊下は冷えます。お部屋にお戻りください」

「風邪ひいたらどうするんだ。ほら」

「…………うん」

「…何かあったのか?」

「…ううん」


僕ももっと色々、考えよう。

…生きて帰ってくる。

君が、それを強く願ってくれるなら…僕はーーー。




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