メグとマーシャと俺



放課後。

多少癪ではあるがこれも計画のうちなので、お嬢様を女子寮へと送るのをエディンに任せる事にした。

俺は町に行かなければいけない。

買い出しと……例の依頼の答えを聞きにいく。

男子寮から出て、町への道を歩いていた時に第2図書館から出て来たマーシャと大きな帽子を被った茶髪の子に遭遇した。

俺の姿を見つけた途端、跳ねながら大きく手を振って駆けてきたマーシャは案の定…すっ転ぶ。

…やはりドジの呪いか何かに掛かっているのでは…。

そう考えながらもマーシャが立ち上がるのを待ち、帽子の子がそんなマーシャへ手を差し伸べるのを見て首を傾げる。

…あれ、この子…。


「ほんとあんた、ドジだね。気をつけなよ」

「えへへ、ありがとう」

「…友達か?」

「うん! メグっていうの!」

「初めまして、メグといいま……っ」

「…………」


メイド服でもなんでもない、少し地味目なくすんだ緑色と固そうな白い生地で縫われたワンピース。

腰布を紐で編み、短いスカート裾を長くしている。

肩からは獣の皮で作られた茶色のマント。

そして、帽子。

頭をすっぽり覆い隠す、大きなクリーム色の帽子。

顔を見て驚いた。

そして、マーシャの告げた名前にも。

俺を見て明らかに恐怖に怯えて固まった表情が、それを裏付ける。


「…初めまして」

「!」

「マーシャの義兄(あに)でヴィンセント・セレナードといいます。義妹(いもうと)がお世話になっているようで…大変でしょう? こいつの相手」

「…え、あ…いえ…そんな、こちらこそ…」


初対面のふりをしよう。

そう決めて、笑顔で自己紹介をした。

何故か?

……多分マーシャに知られるのを怖がったと思ったからだ。


メグ。

『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』2周目以降に選択可能になる3人目のヒロイン。

猫の亜人で、気が強い。

反面寂しがり屋で、長として多忙なクレイに構ってもらえず町でフラフラしていて攻略対象たちと出会い、関わっていく。

…そうなんだ、彼女はヒロインでありながら、差別の対象…亜人族。

その事を隠したまま攻略対象たちと絆を深め、戦争へ赴くお相手に正体を明かすべきなのかを悩み続ける。

まさに『フィリシティ・カラー』のテーマ、障害のある恋に相応しいヒロイン。

…………攻略サイトより抜粋。


…まあ、という事情を抱えている彼女を思うとマーシャにそのでかい帽子の下のモノを見せてはいないだろう。

正直、見せたところで能天気が服を着て歩いているようなマーシャは気にしないと思うが。

4月に川で溺れていたのを助けた時、俺とレオはメグが亜人なのを見て知っている。

だから、バラされるとマーシャと友達でいられなくなると思ったんだろう。

亜人族は『耳付き』と呼ばれて差別され蔑まれているから。

…でも、俺のことも一応覚えててくれたのか。

てっきりレオしか視界に入ってないのかと思った。

…ふーん、マーシャが最近外で友達ができたと言っていたがまさかそれがメグだったとは。


「わたしの義兄さん! なんでも出来るし凄いんさ! ちょっと最近小姑くせーけど」

「ああ?」

「ンンッ! そ、それより義兄さん、どうしてこんなところに居るの?」

「町に買い物だよ。もうすぐレオハール様のお誕生日だからな…。…当日学園にいらっしゃるかは分からないが、準備だけはしておこうかと思って」

「! …王子様の…お誕生日…」

「そっか、12日だっけ。…来れるようになるといいけどな〜…」

「まぁな…」


まあ、買い出しは二の次。

今日の目的は例の『便利屋』に依頼の答えを聞きにいく。

マーシャが『本物のマリアンヌ姫』である確証が手に入っていればエディンに報告して、今後この情報をどう扱うかを決める。

決定的な証拠があればエディンから国王に進言してもらい、より綿密な調査が行われる事になるだろう。

そうなれば、恐らくあのマリアンヌ姫は…処刑される。

知らなかったとはいえ王族を語り続け、国の予算で暮らしてきたのだ。

国王、王子、そして位の高い貴族たちを権威を利用して振り回してきた罪は「知らなかった」では済まされない。

王族や位の高い貴族の処刑方法は服毒。

あまり苦しまず、そして自らの手で幕を下ろすことで位の高い者としての尊厳を守る意味もある。

レオは「例の噂が本当だとしても追い出すつもりはない」と言っていたが…ゲームの断罪イベント通りにならないなら、あのマリアンヌは服毒自殺の刑になるな…。

うーん、それは…いくらあの我儘姫でも少々可哀想な気が…。


「……………………」


…服毒自殺の、刑。

ケリー・リースルート。

戦巫女がヒロインの場合、ケリールートでローナ・リースは服毒により自殺する。

…ああ、嫌だな。そういう意味でも、マリアンヌ姫が服毒自殺はしてほしくない。

まあ、今日聞く内容次第にはなるか。


「…お、王子様のお誕生日って、やっぱりお城でパーティーとかするの? きっと凄いんだろうね」

「え? するんかな? お知らせはきてねーってお嬢様言ってたさ」

「ああ、多分今年もしないと思う。増税しないといけないくらい、国費が切迫しているんだ…。こんな時にパーティーを開きたいなんていうのは妹姫マリアンヌ様くらいだろう」

「…お可哀想だな、レオハール様…学校にも来れねーんだよ? お誕生日くらいお外出してやればいいんに」

「? え?」

「あげふっ!」


ゴッ。

と、マーシャの脳天にチョップをかます。

王子レオハールが学園に来なくなった理由を知っているのは、薔薇園で食事するメンバーだけなのだ。

普通の貴族たちは「またマリアンヌ姫が王子を振り回している」とか「年末年始の政務で公休を取られている」と思っている。

まあ、仕事してるのはエディンの話からも間違いではないので学園の認識としては「ご政務での公休」。

マリアンヌ姫に監禁されてるなんて、一般人であるメグに知られて町で噂になったらどうする。

言いふらすような子には見えないけど、どこで誰が見聞きしているともしれない。


「政務がお忙しいんだろう。年末年始は特に決済やら来年の予算やら式典やらで仕事が増えるからな」

「そ、そっか…。…式典?」

「年越えの儀式、年初めの儀式と、昨年の貴族たちの功績を讃える忠誠の儀式…が主なところかな。旦那様も毎年呼ばれているだろう? 納税額や治める土地の出荷量、出荷額、国への貢献度などから爵位に変動ある貴族が王族の前で忠誠を誓い、その爵位を賜る。爵位が下がる方も、忠誠の誓いは行わなければならない」

「うへぇ…」

「うえぇ…貴族ってそんな事してたの? っていうか、爵位って毎年評価で変わるもんなんだ⁉︎」

「いや、地位が高い方はそう簡単には下がらない。それだけ実力があるからな。変動があるのは大体伯爵家以下。あとは、アミューリア学園で功績を残した『記憶持ち』の市民や納税額の多い豪商に苗字や爵位が与えられることも多いな」


アレだ、『フィリシティ・カラー』の戦巫女は戦後その功績を讃えられてエンドロール、この『忠誠の儀式』でウェンディールの名誉市民となり苗字と公爵の爵位を授かる。

その爵位でもって攻略対象キャラと正々堂々結婚して結ばれるのだ。

いきなり公爵位は「え、すげ、まじ?」と思ったが、そこはゲーム、深く突っ込まない。

それに、世界観を思えばある意味当然の褒賞とも思える。

だって人間は一度も戦争に優勝したことがない。

そして優勝種族によっては、絶滅にまで追いやられかける。

それを回避し、支配種になったんだ。

そのくらいご褒美があって然るべきだろう。


「…市民に苗字が? …やっぱり『記憶持ち』って得だよね…」

「『記憶持ち』でなくても、商人として大成功すれば苗字は貰えるぞ? それから、あとは俺たちのように名家の執事家系に嫁入りするとか…」


……別にセレナード家に嫁に来いとは言わない。

執事家系は貴族以上に男が家を継ぐので、下女として貴族の屋敷に下働きに入る平民娘にとってその跡取りは玉の輿。

まあ、中には女性の執事もいると言う話だから一概には言えないけど。


「あ、あたしが? いやいや、無理無理…」

「えー、なんで? いいじゃん、メグなら貴族のお屋敷でもやってけるよー! わたしがやっていけてるんだから!」

「………あー…うん……そう、だね…」

「…………」


…お前は色々例外だ、馬鹿め。


「まぁポンコツメイドがちゃんとやっていけているかいないかは本人が一番よくわかっていると思うが…」

「義兄さんひどいっ!」

「俺は町に買い物に行く。お前は遅くなる前に帰れよ」

「あ、それなら義兄さん、メグのことば送って行ってほしいべさ」

「え⁉︎」

「だってメグ女の子だし」

「俺は構わないよ」

「っ」


マーシャにしてはきちんと考えたな。

もちろん、女の子を1人で帰らせるなんてリース伯爵家の執事見習いとしてあるまじき事だ。

オロオロするメグは、やはり「ひ、1人で平気」と言い放つ。

これはこれで新鮮な反応だな…。


「帰る方向が同じなら送らせてくれないか? 途中まででも義妹の大切な友人を1人で帰すのは忍びない」

「…………」

「義兄さんはこう見えてめちゃ強いから大丈夫!」

「なんだこう見えてって」


俺、女の子から見たらそんなにへなちょこに見えるのか?

レオの第一印象よりちゃらんぽらんはしてないはずなんだがな?

むしろヴィンセントのプロフィールはエディンと同様ウェンディールキャラではミケーレ、ライナス様に次いで身長180センチ台の高身長組のはず。


「…じゃあ、途中、まで…」

「ああ、行こうか」


まだどこか俺に怯えたようなメグ。

そんなに怯えられると余計に言い出しづらいな…。

あの時の亜人の子だよねー、良かった元気そうでー、くらい言いたかったが…それで彼女がマーシャと会えなくなったら可哀想だし…。

ここは完全初対面他人を装った方がいいだろうか?


まあ、それ以前にゲーム開始前にマーシャとメグが友達になっていたこの事実はいかに?


「メグ、さんだったっけ? マーシャとはどこで知り合ったんだ?」

「え? あ、あの子がこの間、外区に迷い込んでたの見かけて…、それで、プリンシパル区まで案内してあげたんだ。それからちょくちょく…」

「ちょくちょく? …あいつまさか仕事や勉強をサボって…⁉︎」

「ないない! ちゃんと仕事を終わらせて…勉強も頑張ってるよ! …あたしと会う時いつもあの図書館なんだ。人がいなくなってから、あたしに文字の読み書きを教えてくれてるの。本も、あの子が名前を貸してくれて借りてくれるんだ。…だからあの子のこと怒らないで! 近づくなって言うなら、もう会わないから…!」

「…え、いや…別に会うなとは言わないけど…」


ええ、なんでそこまで?

…もしかして図書館って第2図書館のことか?

第2図書館は使用人専用…そこで文字の読み書きを教えてる? あのマーシャが?


「…あいつが君に文字の読み書きを?」

「………あ、あの…図書館に勝手に入った事は…」

「は? ああ、それは別に構わないよ。第2図書館は使用人専用だけど、午後3時から10時までは一般開放されるんだ。王都に住む者は自由に出入りしていい。…まあ平民は文字の読み書きが出来ない人、興味ない人が多いから開放されてるってそもそも知らない人が多いけど」

「…………っえ…」

「あと本の貸し出し? それも、別に図書館員の許可を取ればマーシャが借りたものを借りて行っても構わないはずだ。文字を書けるようになれば自分で借りた方がいいけど。第2図書館の書籍は数が多いけど貴重なものはないから申請すれば平民にも貸し出されるんだ。自分の名前が書けるようになったら今度受付でやってみるといいよ」


でも彼女の口ぶりから察するに図書館員の許可を取ってる感じではないな。

ふっ、明日の朝飯あいつの嫌いなものオンパレードにしてげんこつと説教追加だな、あのポンコツメイド。

…うん、成る程…ヒロインらしく大きな目。

少し小さめな鼻と形のいい唇。

ちなみに今はその口許はヒクヒクと歪んでいる。

そして脱力。


「…すんごい罪悪感感じてたのに…」

「『記憶持ち』じゃなくても優秀なら爵位は夢じゃない。ま、『記憶持ち』と同等の知識はそう簡単に得られないから相当勉強しないとダメだけどな」


そして貰える爵位も子爵からだ。

一応成り上がりたいならガンバ、みたいなシステムはある。

優秀な人材を確保し、500年周期の戦争を生き延びたいというこの国の願いの現れだな。

残念ながら平民はほとんど興味なしだけど…。


「…おにーさんは『記憶持ち』なんでしょ? あの子が言ってた」

「ああ、たまたまな。…ヴィンセントで構わないよ?」

「…えっと…じゃあヴィンセント…も、学園の生徒、なんだよね? どんな事してるの?」

「そうだな、今は学業と剣技や弓技、マナーやダンス、社交性なんかを中心に学んでいるな。2年生に上がるとより専門的に興味のある分野を学ぶことになるから、俺は戦略辺りを選ぼうと思っている。もうすぐ戦争だし」


あと、貴族社会で生きていくお嬢様を支えるのにそういう知識、知略のようなものは必要だ。

思い知った。

マリアンヌ姫にどこまで通じるかはわからないが、同じ轍は踏みたくないからな…。


「戦争…」


ポツリと呟くメグ。

深刻な表情は、平民とは思えない。

亜人たちにとっても戦争は重要案件なんだろうか。

そもそもこの“世界”に存在を認められていない亜人たちは、ある意味『大陸支配権争奪代理戦争』と最も無縁のはず。

でも認められていないからこそ、差別や偏見に苦しみ続け、居場所を与えられずに陽の光の届かない裏の世界でしか生きられない。


「…………」


それをなんとかしたいクレイ。

亜人族の長として、自分たちの存在を認めさせたくて……戦争に介入する。

その幼馴染のメグ。

何を考えているんだろう。

自分たちのことか、幼馴染のクレイのことか。

気の強い設定だったけど、どんなに気が強くても親しい相手が戦争に行くとか言い出したら…そりゃ、嫌だもんな。

お嬢様もレオや俺が戦争に行くと言った時、こんな風に俯いた。

行かなくていいなら誰も行きたくない。

俺だって、レオに「一緒に戦って」なんて言われなければ…。


「…大丈夫だよ」

「え?」

「あ、いや、俺が言うのも変だけど…ほら、今回は…守護女神様が味方して下さるから」

「……あ、ああ、そういえばそんな噂があったね…」

「本当だよ」

「え?」

「うちの王子様は、嘘なんてつかない」


俺には見えないけど…。

『フィリシティ・カラー』の戦巫女視点ならゲーム画面で俺も見たし。

女神エメリエラは存在する。

まあ、それ抜きにしても…レオハールはそんな奴じゃない。


「俺は市場で買い物があるけど、君は?」

「! …あ、あたしは、このまま外区まで帰るよ…ありがと」

「そう、気を付けて」


とりあえず外区の入り口となる坂道まで辿り着いた。

市場で買い物はするけど、その前にあの場所へ行く。

なので、メグと別れて市場への道とは違う道へと進む。

…さて、『便利屋』のお手並み拝見といこうか…クレイ。



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