お嬢様とエディン【後編】



「…もう一度婚約…するか?」

「!」

「は、はい⁉︎」


なんですと⁉︎

驚いてまた間に入り込んで聞き返してしまった。

だって、せっかく解消したのに!

いや、それが原因で俺の全く知らない破滅フラグが立ってしまったんだけど…けど、エディンと婚約し直す⁉︎

元の木阿弥じゃねーか!


「他に方法が思い付かん。ベックフォードは…」

「お、俺はこの間リセッタ卿にご挨拶したばかりだ!」

「だろう? スティーブは…」

「わ、私⁉︎ わ、私ですか? 私がローナ様と婚約⁉︎ えええええ」

「わ、わたくしもスティーブン様はちょっと…」

「…消去法で俺だろ…」

「ン、ンンン…」


そ、そう言われてしまうと…まあ、た…確かに…。


「どこの馬の骨とも分からん奴と適当に婚約するのも良いが、腹の中が分からん奴を今引き入れるのはまずい」

「そ、そうですね……消去法でエディンが適任…ですか…。ローナ様、婚約の申し込みなどは…」

「いくつかは…。ですが、まだ具体的なお話にはなっておりません。それを言うのであればエディン様こそ」

「ああ、まあ…粗方遊んだことのある相手ばかりで、どうやら向こうが本気になっていたような…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「こほん」


…話が逸れるところだったが…つまり、お嬢様とリース家をマリアンヌ姫の暴挙から守る為にはエディンと再婚約するのが最も手っ取り早いと言うことか。

悔しいがエディンの言う通り、お嬢様に今持ち上がっている婚約話の相手はどいつもこいつもリース伯爵家の後ろ盾が欲しい二流、三流の貴族ばかり。

迂闊にそんな奴らに恩を売るのは危険だ。

国で唯一セントラルに家を置くことを許された、騎士団総帥を父親に持つエディン・ディリエアス。

今、こいつ以上にお嬢様とリース家を守れる奴が…居ないとは…。


「し、しかし…しかしエディン様、再婚約して、それでマリアンヌ姫様は納得されるのですか?」


俺の蒔いた種とはいえ、やはりエディンとの婚約は気が進まない。

確約がないと、こんな危険な橋渡れねーよ!

俺がそう聞くと口元に指を当てて、少し考え込むエディン。


「…多分丸め込める」


ま、丸め込むのか…。


「どう丸め込むつもりなんですか?」

「…………」

「…あ、もういいです…」

「⁉︎ 何故質問を途中でやめたんだ、スティーブン」

「エディンのこの顔は女の子に嘘をつく時の顔です」

「っ、お、お前ほんと面倒くさい奴になったなぁ…!」


さすが幼馴染。

…あ、そういえばライナス様、スティーブン様を呼び捨てになってる。

……何故今気づいた俺…今それどうでもいいよ。

というか気付きたくなかったよ………。


「つまり、嘘を吐くと? それは王族への不敬になるのではなくて?」

「それを言ったら、お前とレオが恋仲だの、レオがお前に横恋慕しただのと言った連中はどうなる? 嘘を吐いたのはあちらが先だ」

「…それは…そうかもしれませんが…」

「ついでにお前がレオを誘惑しているという噂もあったぞ」

「………。…分かりました、その辺りはお任せいたします」


あ、お嬢様がキレた。

こうなると頑固なんだよな…。


「ともかく、お前は家のため、俺はレオの現状を打開するために…手を組むぞ」

「…それしか方法はなさそうですね…」

「暴言執事、お前もそれで良いな?」

「…………くっ…」


貴族社会をまだよく分かっていなかった、俺が引き起こした事でもある。

お茶会や舞踏会などよりも遥かに『アミューリア学園』という場は貴族の社交場だった。

奥様の言っていた通り…。

…俺は、やはりローエンスさんに比べて本当にまだまだだ。

もっと広く、情報を集められるようになっておかなければならなかった!

…やはり俺は半人前…。

クソ、使用人宿舎での情報交換の機会が他の使用人達より少ない事なんて言い訳にはならないぞ、俺!


「ほ、本当にご結婚は…」

「俺はするつもりはない。まあ好みか好みじゃないかというと好みではあるんだが、どっちかというと貴様の義妹の方が…………」

「ブッ殺すぞ」

「エディン、今は余計なことは言わなくていいでしょうっ」


マーシャがギョッとして俺とスティーブン様の後ろに回り込む。

…そういえばこいつ最初からマーシャのこと気に入ってやがったな。

まだ諦めてなかったのか、クズめ!

…………それともまさかマーシャのヒロインだからなのか?

けど、それなら一緒に暮らしていたケリーとはとっくに恋人になってるはずだ。

やっぱエディンがクズなだけか。


「本当にエディンは金髪青眼が好きですね」

「う、うるさい!」


エディンの好みなどどうでもいいが金髪は俺も好きだ。

…俺の好みもどうでもいいよ!


「と、とにかく! 一度婚約を解消した以上、演出は必要だ。出来るだけ大勢の貴族たちの前で俺たちが結婚する気満々で再婚約した、と思わせ、余計な噂が立たぬよう火元を完全に消し去る」

「そうですわね、以前はお互いがお互いに興味がなさすぎましたもの…。それではわたくしを陥れたい者たちが、レオハール様との噂を立てるのもさぞ楽だったことでしょう。それを二度とさせないために…」

「ああ、恋人同士のふりをする!」


…………なんて拷問…。

口の中が鉄の味してきた…。

ぐ、ぐぬぬぬぬぬ…お嬢様のため…リース伯爵家のため…!

でもお嬢様の破滅エンドが、破滅エンドが…!

いくらお互い結婚する気がないって言っても、恋人同士のふりなんてしてお嬢様がその気になったらどうするんだ…!

いけ好かない女好きのクズ野郎だが、見目はやっぱり乙女ゲームの攻略キャラ!

整った顔立ち、16歳とは思えない色気。

艶のある雀茶色の髪に、深い藍色の瞳に流し見られたら…。

身長も俺と同じくらいだし、体つきも逞しくなってきている。


「ふりだぞ…」

「あ?」

「絶対ふりだけだぞ…? 本当に手を出してみろ…テメェを殺して俺も死ぬ…!」

「…………」

「ヴィニー、リース家とレオハール様のためです」


分かってる。

分かっておりますお嬢様!

でも、でも、でもぉ〜!

お嬢様になにかあったら、俺は、俺は〜〜!


「言ってください⁉︎」

「え、え?」

「こいつに何かされたら絶対俺に言ってください⁉︎ しばき殺しますから!」

「わたしにも相談して下さいだべ! 義兄さんに報告する!」

「告げ口だろそれ!」

「俺でも構わんぞ、ローナ嬢! ヴィンセントに報告するからな!」

「巡り巡って結果は同じだろうが!」

「…殺して埋めてやる…人の入らない林の奥に…」

「ぐ、具体的に言うのやめろ…!」

「私でも構いませんよローナ様! レオ様とエディンのお母様とお祖父様に報告して、叱っていただきますから!」

「それだけは本当にやめて下さい」


…さすがスティーブン様…エディンの弱点を的確に射抜いてきた…。

お、恐ろしいお方だ。

全攻略対象キャラ中、『戦略』トップの片鱗を見た気がする…!


「…というか、スティーブン…っ、そこまで言うのなら、お前がシナリオを考えろ!」

「はい?」

「その、お前たちの言う俺がローナに触れずに! 結婚を前提とした婚約者同士に見えるよう、どう演じるかをだ!」

「え、ええ⁉︎」

「当たり前だろう、言い出したのは貴様らだぞ!」


う。

…そ、そうか…結婚を前提としたイチャイチャカップルの、ふりをしないといけない、か。

それで触るなと言うのは確かに…。

いや、しかし!


「…分かりました」

「スティーブン様⁉︎」

「ローナ様のお家とレオ様救出のため、恋愛小説で鍛えたラブラブな恋人同士を私がご提供致します!」


心強い!

心強いけど不安しか感じないのはなぜだ⁉︎

あの物騒な題名の恋愛小説で鍛えたものって大丈夫なのか⁉︎


「となると、告白はやっぱり『星降りの夜』ですよね…! 星降りの夜…アミューリアでは夜にダンスパーティーが行われるではないですか? あそこでまだ婚約者が決まっていない者たちが、この1年で育んできた愛を確かめ合い…ダンスを踊り、ホールの真ん中で婚約を申し込む…ああ、素敵です!」

「ほえ、そんなイベントがあるさ?」

「毎年恒例なのだそうですよ! うちの両親も『星降りの夜』に告白して婚約したと言っていました…」


…簡単に言うとまだ婚約者が決まっていない者同士の「さっさと婚約者を決めてしまえ」イベントだ。

…そうだな、それならこの学園のほぼ全ての生徒が参加するだろうし…舞台として申し分ないのだが…一つ問題がある。


「スティーブン様」

「なんでしょうか、ヴィンセント」

「………星降りの夜は、今月の末です…。…お嬢様とレオハール様がそれまでご無事かどうか…」

「…………あ…」


今は月初めだ。

レオの誕生日すら後10日ある。

…ちょっと、時間がたっぷりすぎではないだろうか。

その間にお嬢様やリース家に何かあったら…。


「いや、前段階として、俺がローナに星降りの夜に告白する事にしよう」

「? …どういうことですか? エディン様」

「明日から、俺はローナに付きまとう! 星降りの夜に婚約を申し込むから、どうか受け入れてくれ、とな! 人目も憚らず、1日に何度も」

「成る程! それで段々とエディンがローナ様に積極的に求婚をし始めた…という噂を流させるのですね!」

「最終的に星降りの夜にローナ嬢がディリエアスの婚約を受け入れる、ということだな?」

「…確かに、一度婚約を解消した者同士、そのくらいの期間は必要なのかもしれませんわね…。ですが…レオハール様はその間もお城に囚われておいでなのでしょう…? お誕生日ももうすぐですのに…」


しゅん…。

落ち込むお嬢様と、誕生日のことを思い出したのかエディンとスティーブン様も先程までの明るい表情を消して俯く。

星降りの夜まで20日以上ある。

誕生日は監禁生活のまま、過ぎてしまう事になる、よな?


「…その前に解放されるように俺がマリー姫を丸め込む!」


ま、丸め込む!

…かっこよく言っているが言っていることはとてもかっこよくない!

いや、是非丸め込んでくれとは思うけれど!


「具体的にどう言いくるめるつもりなんだ? …というか、本当に丸め込めるのか?」

「まあ、マリー姫はバ……、…素直で信じやすい性格だからな…。俺が恋愛小説のように、ローナにどれだけ惚れ込んでいるのかを語って聞かせて、星降りの夜に婚約を申し込むつもりだ、その時に、レオに立会人になってもらいたいから…とでも言えば…」

「…………本当に悪党ですよね、エディンは…」

「悪党言うな」

「女の敵だべ」

「どっちの味方だ⁉︎」

「エディン様、わたくしに、他に出来ることはありませんか⁉︎」

「お前はいつも通りにしていればいい」

「…エディン様…」

「無論、多少の演技は頼むかもしれんが」

「え…演技ですか…」


お嬢様とエディンが再婚約したとなれば、マリアンヌはレオを解放する……といいが…。

少なくとも、リース伯爵家に何かされる事はなくなる、のだろうか?

…不安が拭えない。

何しろ、マリアンヌ姫は俺の予想など遥かに超えてくる…。


「…エディン様…それでもダメだったら…」


お嬢様やリース家に、なにかあったら…。

レオが代理戦争まで学園に来なくなったら…。

全部俺が始めたことがきっかけだ。

俺は、どう責任を取れば…。


「……それでもダメなら…本物のマリアンヌ姫を探す」

「…………」

「…、…ほ、本物の…?」

「…エディン様…それは…まさか、あの噂のことですの?」


何を言いだすのだろう。

遠くで午後の授業の予鈴が聴こえて、はっとする。

一瞬、こいつはなにを…なにかを、知っているのかと…。


「…………。ローナ、とにかく明日から……いや、今日からやるぞ。いいな?」

「……っ…分かりましたわ…、演技などわたくしは出来ませんが…受けて立ちます」

「…それは……なにか違う…」

「…す、すみません…」



一抹どころではない不安が残る中、計画は開始した。

題して『お嬢様とエディン、元サヤ作戦』…。

不本意極まりないが…お嬢様の破滅エンドは俺が救済する。

今回の予想外の破滅エンドだって…きっと何とかしてみせる…‼︎



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