町へ行こうよ!【1】
「町に行こうよ!」
「はぁ…」
入学から一週間。
本日も二時間目から参加のレオハール様がなんでか俺の席まで来て言い出した。
(ちなみに俺の席は初日お嬢様が座っていた窓際一番後ろの席である)
「城下町!」
「…はぁ…」
なんで?
「………。…い、行かない? 町…」
「はぁ…」
「それは良いお考えですわね、行きましょう」
「え、お嬢様⁉︎」
突然レオハール様の隣に来て、まさかの乗り気⁉︎
「俺も付き合おう! 前乗りしていたから、町には何度も行っていた!」
「わ、私も久方ぶりに…行きたいと思っていたんです…っ」
「???」
鐘が鳴る。
授業開始の合図だ。
後で詳細を話し合おうということになり、席に戻っていくレオハール様とライナス様とスティーブン様。
お嬢様が去り際小声で「お気遣いいただいたのよ」と耳打ちしていく。
………あー……。
俺が魔力適性『極高』の診断で凹んでたのは事実だ。
…………15のガキどもに気遣われるくらいあからさまに凹んじまったんだな…かっこわりー…。
今から遡ること3日前。
入学2日目に行われた魔力適性検査で珠をぶっ壊してしまった俺とレオハール様は、あの研究施設にまた呼び出された。
そこで検査のやり直しをしたのだが…。
「わ!」
「っ!」
パリン!
と、珠がまたもや割れたのだ。
2人仲良く。
今回は手袋をはめての検査なのでお互い怪我はしなかったが…もうこの時点で俺は嫌な予感しかしなかった。
でもおかしい。
『ヴィンセント・セレナード』は魔力適性『高』のはず。
実は魔力適性のランクは『極高』と『高』の間に『特高』というのがある。
もしかしたら俺の知らないヴィンセントの設定で『特高』ってやつなのかも、と勘繰りもしたんだ。
ゲームでヴィンセントだけ“執事のくせに”魔力適性検査受けてたから。
今更ながらヴィンセントルートもやっときゃよかったと後悔したが…。
「…計測不能です。現時点で我々の設定した魔力適性数値を、お2人は超えています。…あえてランクを申し上げるなら『極めて高い』…『極高』です」
「極高…。僕は分かるけどヴィンセントもかい?」
「ええ、信じられません。王族の方と同等とは…」
の、割にニヤニヤが止まらないミケーレ。
顔面から「調べたい、もっと調べたい」と欲望が漏れまくっている。
対する俺は非常に絶望感を覚えていた。
よ、喜ぶべきなんだろう。
お嬢様をお守りする才能…力でもあるわけだと。
でもーーー。
「…………」
王子と、同等。
魔法の才能が。
それは、それじゃあ…俺は3年後の『大陸支配権争奪代理戦争』の『代表候補』にほぼ確定…じゃ…。
ゲームの戦争じゃなく、本当に命のやり取りをする戦争に…。
「……………………」
こんなに怖いなんて。
自分自身が、こんなに怯えるなんて…思わなかった。
そんな事があっての初の休みの日。
グループと化してしまったレオハール様、ライナス様、スティーブン様、エディンとお嬢様、そして俺は城下町へと繰り出すことになった。
のだが…。
「レオハール様、ディリエアスは?」
「…約束の時間に来ないってことは寝坊かな? スティーブ何か知ってる?」
「昨夜寮にいなかったのは知っています…」
「……。…まさかアミューリアに入学しても生活態度が変わらないとは…。仕方ない、エディンは待たずにもう行こうか…」
「お待ちください。それは良いのですが…それとは別でお嬢様、何故マーシャを連れて来たのですか?」
「スティーブン様とお話ししたいかと思って」
「えへへへへ」
エディンが来ないのはいい。
だが、マーシャが私服姿でお嬢様の横にいるのは如何なものか⁉︎
えへへへへじゃ、ねーよ!
「…それにさすがにこのメンバーで女がわたくし1人というのもまずいでしょう」
「成る程…」
確かにな…。
王族、公爵家、侯爵家…しかも全員婚約者なし。
この中にお嬢様お1人は…………まずいな。
「…でもお嬢様や王子様たちが学校の制服なのは何でですだ?」
「わたくしたちは町に出る場合、制服を着ることが校則で決まっているのよ」
「へぇ〜。でも義兄さんは燕尾服ですよ?」
「…レオハール殿下、スティーブン様、ライナス様、そしてお嬢様…王族貴族だけで出歩かせられないだろう。なぜか皆さん使用人も従者もお連れではないし」
「「えへへへへ」」
と、笑うのはレオハール様とスティーブン様。
レオハール様が従者を付けないのはいつもの事だし、スティーブン様も使用人は最低限。
ライナス様の使用人の数は知らんが…どいつもこいつもせめて従者か護衛の1人くらい連れてこいっつーの。
部屋から出たら3人とも実に身軽だったから慌てて部屋で燕尾服に着替える羽目になったわ!
「そ、そっか! だったらわたしもメイド服着てくればよかったね!」
「…………」
「義兄さんそんな顔で見下ろさないで〜っ」
浮かれやがってこのポンコツメイド…。
「それで、具体的にどこへ行くんですか?」
出来れば全員でまとまって行動してほしい。
なぜなら俺の体は一つなので。
特にライナス様以外。
お嬢様は元より、目立つ!
「そうだね、とりあえず本屋かな。スティーブに本を買ってあげないといけないんだ」
「レオ様…『恋に溺れる乙女は片手で竜を100匹殺す』第5巻の事なら大丈夫ですよ…」
……シリーズ物な上、続き物…⁉︎
「でもあれ新刊だろう?」
「恋竜の新刊出てたんか⁉︎」
「え? あ、うん。…先週ね…」
…?
あれ、もしかして初めて会った時に俺がエディンから取り返したあの本…?
まだ読んでない、的なこと言ってたアレか?
…新刊だったのか…。
つーか、マーシャは本当スティーブン様に対して馴れ馴れしい!
「いいなー、わたしまだ読んでないよー」
「私も一回しか読んでないんです…。手元にあればお貸ししたんですけど…」
「なくしたの?」
「マーシャ」
「はっ! な、失くされたのですか⁉︎」
「いえ…」
「マリー…僕の妹が読みたいと駄々をこねてね…、申し訳ないと思いつつスティーブに借りたんだ。そしたらそのまま本棚に入れてしまったから…今日買って返そうと思って」
「…な、なんと…」
…マリアンヌ姫、それは借りパクというんだぞ。
「あまり褒められたことではございませんわね」
「そうだね。事前に僕が買っておけばいいのに、発売日まで把握してないからいつも忘れちゃうんだ」
「い、いえ…それを言うなら…私がマリー姫の分も買っておけばいいのです…」
「いやいや、それじゃマリーが読まなかったり返却した時二冊になって困るだろう?」
「保存版的な…」
「保存版?」
レオハール様とスティーブン様が変なことにまで気を回し始めたが、それ以前の問題だろう。
そう、そもそも借りたもんは返せ!
…なんで言えないんだ? このお兄ちゃんは。
「城にも使用人はいるのでしょう? なにもレオハール様が発売日を把握しておく必要はないのではありませんか? 誰かに事前に頼んでおいたり、調べておいてもらえば…」
「…そ、その手があった…! ローナ、君は天才なのか⁉︎」
「…………」
……解決したようだ。
「まあ、けど新刊は買って返すよスティーブ。次回からそうするね」
「……いつもありがとうございます、レオ様…」
「他に行きたいところある人〜?」
と、レオハール様がライナス様とお嬢様、多分俺とマーシャにも聞いてくるが…。
「私とお嬢様とマーシャは町自体初めてなので…さらりと案内だけしていただければ」
「そうね…。ああ、けれど園芸用品店があれば寄らせていただきたいわ」
「…お、お嬢様…まさか寮の敷地に花壇でも作られるおつもりではありませんよね?」
「流石にそれはしないわ。…でも、種は見たいの」
「見るだけになさってください?」
さすがに伯爵家の令嬢が土いじりなんてしていたら変な噂が立つ!
お嬢様のガーデニングスキルのレベルの高さは知っているが、学園に来てまで庭造りなんてしていたらお嬢様が変人のレッテルを貼られかねない!
それでなくても、エディンの婚約者なのにレオハール様、スティーブン様、ライナス様のお偉いどころと親しくしているもんだから婚約者のいないご令嬢に睨まれているのに…!
「普通、令嬢というものは高級な菓子屋や宝石店や装飾店などを見たがるものではないのか?」
「…偏見ですわライナス様…。…そういうご令嬢が多いのは確かに一般的かもしれませんが…」
「そ、そうなのか…すまん」
「けれど城下町とはいえ王都だからな〜…案内といっても、結構時間がかかるよ?」
「…でしたら、呉服屋と靴屋、それと装飾品店の場所を教えていただけますか?」
「?」
え? お前が知りたいの?
みたいな顔をライナス様にされてしまったが…。
「…『王誕祭』、『女神祭』…それにマリアンヌ姫の誕生日パーティーも近々行われます。全て城で舞踏会が開かれますから、お嬢様のドレスや装飾品を新調出来る場所を把握しておきたいのです」
「! そ、そういえばマリアンヌ姫はもう間もなく14歳になられるのか!」
「あ〜〜…」
まるで「ヤな事思い出した」風なレオハール様の遠い眼差し。
『王誕祭』は、文字通り国王の誕生祭。
これは夏の終わり頃。
『女神祭』は秋の終わり頃。
まあ、俺の世界で言うところの収穫祭みたいなもんだ。
そしてマリアンヌ姫の誕生日パーティーは今月の末。
マリアンヌ姫は派手好きな方で、社交界デビューが10歳と大変に早い。
その割にはまだ婚約者は居ないようだが…さすがに次期女王と言われているんだ、そろそろ決まるだろう。
これまでは旦那様が姫の誕生日パーティーに出席されていたが、わざわざ片道2時間のところを旦那様が来られるより、すでに社交界デビューされたお嬢様が出席されるのが効率的だ。
あまり新しいドレスなどをお嬢様は欲しがらないが、社交界デビューしたのだ、そうも言ってられない。
まして、王族(仮)の誕生日。
「…そうね…自分の誕生日で着たものではまずいわよね…」
「あのドレスも派手すぎず程よいとは思いますが、連続で同じものはちょっと…」
「…そうよね…」
無表情の中にも困ったように頬に手を当てるお嬢様。
…マリアンヌ姫の着るドレスと色やデザインが出来るだけ被らないようにしなければならないし…そういうことも王都の呉服屋なら分かるだろう。
ライナスは「俺もタキシードを作らないといけなかったんだ」と頭を抱える。
おい、公爵子息がまだ持ってないんかい…⁉︎
「僕もマリーにドレスと靴とネックレスをねだられていたんだった…」
「え⁉︎ レオ様、先月もマリー様にドレスを買っていませんでしたか…?」
「うん。…女の子は物入りなんだろうね…」
「…ローナ嬢、女性は毎月ドレスを買うものなのか?」
「わたくしは作ぎょ…いえ…、サイズが変わったら作り直す程度ですわ。マリアンヌ様は成長期なのではないでしょうか?」
「成る程」
…お嬢様、今「わたくしは作業着の方が」と言いそうになったな…。
お屋敷で着られるドレスですら動きやすさ重視なんだから…うちのお嬢様は。
「成長期か…確かに最近横に成長してるな…」
「ええ⁉︎ マリー様太られたのですか…⁉︎」
「その影響か、そばかすやニキビが増えたようなんだ。それを治す薬も探してこいってさ。…薬屋にも寄っていいかな?」
「まあ、お肌の薬でしたらわたくしとマーシャがお力になれるかもしれませんわ」
「んだ!」
「え? ほんとに? 助かる〜」
…あらかたの行き先はこれで決まったな。
では、まずは…。
「じゃあまずは、本屋さんにれっつごー!」
「あ、言っておくがマーシャ、俺とお嬢様は貸さないからな?」
「んがちょ⁉︎」
「そんな顔してもダメよ。お給料は支払っているでしょう。前借りも不可よ」
「がくぅ!」
ソッコーでお小遣いまで使い切るお前が悪い。
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