お嬢様とアミューリア学園【前編】



それから約5ヶ月後。

お嬢様と俺は遂に、アミューリア学園入学の日を迎える。

…それは寮生活の始まり…俺がお嬢様にお仕えする時間が減るということ!

くっ、つ、辛い!

しかし、これもお嬢様へより高い水準でお仕えする為だ…!

お嬢様を破滅エンドからお救いする為だ!

この試練、必ず乗り越えてみせる!


「義姉様のこと頼んだぜ、ヴィニー。俺は来年入学だからな…それまでに、奴を…!」

「お任せくださいケリー様。必ず奴の伸び上がった鼻を叩き折り息の根を止めて参ります」

「やめなさい」


息の根を止めるのは冗談だけどな、半分。

だが、これはお嬢様のためでもあるんですよ。

お嬢様を破滅エンドから救うための救済活動の一環です。


「全く…。…マーシャ、荷物はちゃんとまとめてあるの?」

「はい! お嬢様! 完璧ですだ!」

「は? なぜマーシャ?」


前乗りでアミューリア学園のあるセントラルの首都『ウェンデル』へ向かう直前、留守番のはずのマーシャへお嬢様が問い掛ける。

訝しげに見る俺へ、マーシャは胸を張ってドヤ顔で言い放つ。


「わたしがお嬢様のお世話係でアミューリア学園について行くことさなったよ!」

「はあ⁉︎ お前がぁ⁉︎ お嬢様、今からでも考え直して下さい! 草花のことならともかく、お嬢様のお世話をするのはマーシャでは無理です!」

「そ、そんな事ないよー! わたしだって成長してんだからー」

「平気よ。自分のことなら自分やるもの」

「お世話係の意味ご存知ですか」

「んがちょっ⁉︎」


それではマーシャを連れて行く意味は?

というか、マーシャにお世話させるつもりなら俺にさせて下さいよ!


「そう言わないで。お母様に言われたのよ…」

「アミューリア学園は貴族の社交場の一つに過ぎないのよ。確かに様々なことを学ぶ場ではあるけれどね…。わたくしの時は公爵家のご令嬢が50人も使用人やメイドを連れて来て、自慢していたわ。1人もメイドを連れて行かないのは舐められるのよ」

「そ、そうなんですね…」


俺は『記憶持ち』の一市民。

むしろ使用人サイドの例外。

お嬢様はマーシャだけでも連れて行かないと、周りから舐められてしまうのか。

それは…。


「…それなら何もマーシャでなくともよろしいのでは…? 副メイド長とか…」

「わたくしがマーシャを勧めたのよ。マーシャの容姿は目立つでしょう? ローナと一緒に居ればそれはもう輝かしいほどに!」


…それは否定しない。

お嬢様は元よりマーシャもギャルゲーヒロインばりの美少女だ。

二人が並ぶと華々しい。


「フン! 10人も20人も連れて歩いてるよりもローナとマーシャ2人の方がよほど上品で美しく優雅だわ! おーっほっほっほっほ!」

「…お母様…」

「あははは…」


娘と息子が呆れ顔になる程の高笑い。

奥様にしては珍しいが…言いたいことは分かった。


「そうですね…まあ、表面上だけなら…」

「義兄さんひどい!」

「床用雑巾とテーブル用のナプキンを間違えて使ったり、窓をヤスリで洗って手は血まみれ、ガラスは傷まみれにしてガラス交換においやったり、馬糞で滑って集めた馬糞に顔面から突っ込んで厩舎の掃除をやり直しにしたり、食器用洗剤で自分の下着を洗ったのはどこのどいつだ?」

「…………」


これはほんの一例だが。


「ほ、本当にマーシャでいいのか、義母様、義姉様…」

「…ま、まあ、最悪ヴィンセントがフォローしてちょうだい…」

「私は男子寮ですので女子寮の方へフォローに駆け付けるのは少々難しいとは思いますが出来る限りの事はしたいと思います…」

「ううううう…」

「心配しなくても女子寮では何もしなくて構わないわよ。わたくし、自分のことは自分で出来るもの」

「お嬢様…それはマーシャの存在理由をぺしゃんこにし過ぎです…」








なんにしても、この街から馬車で2時間ほど。

セントラルの首都にして、王都『ウェンデル』。

一応リース伯爵邸もセントラルにあるのだが、国の中心ともなるとやっぱり遠い。

街の中心には巨大な城。

あれが王城『プリンシパル』。

その城下に、アミューリア学園は存在する。

広大な土地に寮と使用人宿舎、校舎、専門的な施設が多数。

戦闘訓練なども出来るような設備も整っている。

…お嬢様の元へ駆けつけるのに困らないよう、施設内の事は頭に入れてはきたものの…実際目の当たりにすると迷わないか不安になるな。


「…入学式は明後日ね。明日までに荷解きを済ませておきましょう」

「はい! お嬢様!」

「クッ、俺もお嬢様の荷解きをお手伝いしたい!」

「貴方は自分の荷解きを済ませなさい。…というか、男子寮にはレオハール様もいらっしゃるはず。もしいらっしゃったらご挨拶は済ませておくのよ」

「それはもちろんですが…」


…そ、そうか…レオハールやライナスなんかの他の攻略キャラも居るのか。

しかも、普通に一つ屋根の下…。

これは、お嬢様を破滅エンドから救済する為に奴らのことを調べるいい機会かもしれない。

メイン攻略キャラ…この場合はレオハール様とエディン。

1周目や2周目クリア後、攻略キャラに追加されていく奴らは隠れキャラ含め6人。

宰相の息子スティーブンと隠れキャラの教師以外は東西南北の公爵家子息。

お嬢様のエンディングに関係ない奴らだと思ってスルーしてきたが、レオハール様がお嬢様の婚約に噛んできた事を考えると…何がどうなるかわからない。

逆にもしかしたら、お嬢様の破滅エンド回避に利用できるかもしれないしな…。

あ、でも確かレオハール、エディン、ライナス、スティーブンは先輩。

教師は論外として、他の公爵家子息たちとケリーはヒロインと同級生や後輩として登場するから…この学園には入学していない、のか。


「ああ、あと、エディン様とか」

「…そんな付け足すくらい忘れていたんですか…」

「…一度しかお会いしたことがないんだもの」


…お嬢様の破滅を司ると言っても過言ではないエディンの事を、お嬢様本人はここまで忘れているのか…。

ほ、本当にエディンのルートで自殺する事になるのか?

い、いやいや、ゲームの舞台は2年後だ。

その間に何かあるのかもしれない。

学園ラブロマンス的な…。


そんなの絶対許さんぞエディン・ディリエアス…!

俺の目の黒いうちはお嬢様に指一本も触れさせんッッッッ‼︎

ブッ殺す‼︎‼︎



…気を取り直して…。


男子寮も四階建ての建物でクソ広い。

風呂は各部屋。

一階には食堂、共有スペース、ダーツやビリヤード台の置かれたスペースもある。

旦那様に相手を頼まれて覚えはあるけど、俺は利用しないだろうな…。

王族、公爵家は四階。

侯爵、伯爵家は三階。

男爵、子爵は二階、と実に分かりやすく分別されている。

あ、俺はその他なので一階の部屋だ。

稀に平民にも『記憶持ち』が現れるから、その為の部屋があるんだそうだ。

男子寮の横には貴族たちが連れて来る使用人宿舎。

使用人宿舎は女子寮とも繋がっているから、お嬢様になにかあったら使用人宿舎を通らせてもらおう。


「えーと、俺の部屋は…一階の南側…」


管理人室で手続きを行うと鍵を渡される。

俺みたいな平民の『記憶持ち』は珍しいから、管理人さんには「がんばれよ」とかなり心の底から応援されてしまった。

…旦那様や奥様、お嬢様…と、ケリーも…貴族らしからぬ方々だ。

そういう意味では俺は職場に恵まれているし、一般的な貴族というやつをよく分かっていないんだろう。

ま、どんな奴らだろうとここでは一生徒。

喧嘩を売られるならエディンのように叩き潰してやるけどな。(エディンは叩き潰す前提である)




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