Chord4: 超能力

「…………は?」




 拓真は、目の前の少女が何を言っているのかわからなかった。




「何回も言わせないでよ。」


「いやどういうことだよ。いやどういうことだよ。……いやどういうことだよ。」


「そういえば、肝心なことを言ってなかったわね。まあ見てたから分かるとは思うけど、アタシも能力者なのよ。」




 拓真はそんなローレライの話を耳に入れつつ自分の内に秘めた事実(?)について頭の中で必死に考えを巡らせていた。




「オレが……能力者……?いや、そこじゃない……。そもそも能力ってなんだよ……。この子もよくわからん変なことしてたし、もしかしてこれは夢なのか、そうか、これは夢なんだ。悪魔なんだ。」




 拓真はとにかく自分に都合よく解釈していたが、その浅はかな考えは一瞬にして一蹴した。




「夢にしてはなかなか覚めない夢じゃないの。現実逃避も甚だしいわね。」


「現実逃避も何も、信じられるわけないじゃないか。なんだよ、能力者って。そもそも能力ってなんだよ。」




 ローレライは呆れ果てた顔とため息で嫌そうな顔をして詳細を語りだした。




「アタシを見てたでしょ、あれが超能力よ。声や音を操れるの。アタシはこれを『音寵サウンドヘルシャフト』と呼んでいるわ。」


「サウンド……ヘルシャフト……?」


「そう。今アタシはあいつにばれないようにこの家に結界を張ってるけど、これもアタシの『音寵』のひとつよ。」




 いつの間にそんなことをと思っていたが、そんなことよりも重大なことを聞かなければいけないと感じていたため、すぐに次の質問をした。




「で、そのフェニキアの宝玉?ってのは一体何なんだ?」




 ローレライは少しだけ怪訝そうな顔をしたが、すぐになんでもなかったかのように語った。




「これはドイツに伝わる秘宝で、代々アタシの一族が守ってきたの。」


「そんなにすごいものなのか?」


「すごいなんてもんじゃないわよ。これさえあれば世界征服なんて簡単にできてしまうんだから。」


「今サラッととんでもないことを口にしたな……。」




 拓真はふと疑問に思った。




「じゃあなんでオマエの一族はその世界征服とやらはしないんだ?」




 当然だが、普通ならそんな事考えるわけもないのである。ローレライも言ってしまえばそのあたりは普通の良識の持ち主である。




「はあ!?そんなことするわけないでしょ!?大体世界征服の意味くらいあんたもわかるでしょ?そんなの悪いやつのすることじゃん。」


「それはまあ、そうだけど……。」


「そんな質問をこのアタシにするなんて愚の骨頂だわ。ホント失礼極まりないわね。」


「とんだ言いぐさだな。」




 ローレライは頬を膨らませ腕を組みふんっと首を横に振った。




「……ま、でもわからないでもないわ。実を言うとこのフェニキアの宝玉、なんでも願いを叶えてくれるの。」




 ローレライはまた俄には信じられない事を言った。拓真もまたそれをすぐには信じられなかった。




「なんでも、なのか?」


「そう、なんでもよ。」




 拓真は少し使ってみたい衝動に駆られたが、すぐにそれは止められることになった。




「ただ、歪んでるのよ。」




 歪んでいるとは一体どういうことなのか。拓真は首を傾げて考えた。答えが出るわけもなかったが。




「叶え方が、歪んでいるのよ。それはもう、骨川スネ夫が野比のび太に快くラジコンを貸すくらいには歪んでいるのよ。」


「例えが非常に危ない上に、何言ってるのかわからないな。歪みが異常なことだけはわかった。」


「じゃあ試しにほんのちょっぴりだけこの宝玉を使ってみるわね。」




 ローレライはそう言うと、宝玉に向かって囁きかけた。




「アタシはムギチャが一杯ほしいわ。」




 そう言うと宝玉が青く輝いた。まるで透き通るなんの陰りも曇りもない秋の空のような、まるで、不純のない澄みきって底の見える海のような、まるで何十年経っても色褪せることのないサファイアのような美しい青だった。


 やがてその青い輝きは静かにゆっくりとその強さを弱めていき、消えた。


 しかし、少し経っても特に何も変化はなく、ローレライの持つコップに魔法のようにムギチャが注がれたり現れたりすることもない。




「おい、何も起こらないじゃないか。やっぱり嘘なんじゃないか?」




 そう言って拓真が立ち上がろうとしたとき、足に異変を感じた。




「うっ……正座で足が痺れて……。」




 その時、たまたま倒れそうになったときにそばにあった麦茶のペットボトルを手に持ち、体制を立て直そうとしたが、その努力も虚しく足の痺れが猛威を振るった。倒れた拍子にもともと閉まりの緩かった蓋が飛び、ペットボトルから麦茶が飛び出した。拓真が力強くペットボトルを握ってしまっていたため相当量が飛び出した。


 麦茶はローレライ向かって一直線に飛び、避ける間もなくコップの中、そしてローレライの頭に盛大に降り注いだ。


 ローレライは動かない。前髪が濡れて目を隠し、なお動かない。




「…………。」


「あ、いや、これはその、悪気があったわけじゃあ……」


「これでわかった?確かに願いは叶えてくれる。それは間違いないんだけど、こんな風にただ叶えてくれるわけじゃないのよ。」




 歪んでいるということの意味を理解した上で拓真は聞いた。




「じゃあなんでそんなものいつまでも持ってんのさ。」




 何も考えずに、そう聞いた拓真に対し、ローレライは怒りを露わにした。




「こんな呪われたもの、壊せるものならさっさと壊したいわよ!!」


「!!」




 先程までとは打って変わってその悲しみと憎しみが入り混じったような声は拓真の部屋に、そして拓真の胸に響いた。




「この石のせいでアタシのパパとママは死んだのよ……。この気持ち、あんたにわかるわけ?」




 拓真は何も言い返すことができなかった。衝撃の告白は、文字通り衝撃だった。




「……ごめん。」




 ただ謝ることしかできなかった。




「いいえ、アタシも悪かったわ。今日あったばかりなのに、何もわかるわけがないわね。」




 ローレライは顔を上げ、濡れた髪をかき上げ笑顔を見せた。その姿に拓真はドキッとした。そして目をそらした後で更にドキッとした。




「ちょっ…!」




 ローレライはその拓真の慌て方を不審に思い、拓真の視線の先を見た。


 麦茶で濡れて黒地のはずなのに微かに透けてピンク色の可愛らしい下着がその二つの膨らみを支えているのが見えていた。




「なっ……」




 ローレライの顔がみるみるうちに紅潮し、わなわなと震えだした。




「いや、あの、ローレライさん……?これは不可抗力で」


「きゃあああああああ!!!!」


「がっ……!!」




 拓真が言い訳をしている途中ですでに右頬に向かって左手が襲いかかってきており、気づいたときには彼女の悲鳴とともに彼の体は吹っ飛んでいた。

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