第44話 声の手紙

 ハロー、ハロー。こんにちは。聞こえますか? ちゃんとうまく録音されていればいいんだけど。前にも一度やっちゃったことがあってね。46分テープの片面が終わるまで延々しゃべって、終わったら何も入ってなくて。録音ボタン押さずに再生ボタンだけ押してたらしいんだよね。そういうの、教えてくれればいいのに。録音ボタン、押せてませんよって。気がきかないんだから。


 ま、そんなことはおいといて。ええっと。これは未来のみなさんに向けて録音しています。イメージしてるのは100年後くらいの、ぼくくらいの年齢の人です。あっ。いまは1979年で、ぼくは17歳です。えっと、つまり10代の人に向けて録音を、こうやって、しています。あれっ? 100年後にカセットテープって聞けなくなったりしてないよね? 大丈夫だよね。


 えっと。なんで100年後のみなさんに向けてこういうのを録音しているかというと、さっきお風呂に入っていて急に思いついたというか、聞きたいことができたからです。たぶん100年後の世界はいまよりずっと良くて、お風呂に入っていてお湯が冷めてもすぐにあったかくできたり、すきま風なんかなかったりするんじゃないかと思ったからです。そうしたら100年後の世界のことをいろいろ聞きたくなりました。


 戦争とかもなくなっているだろうし、公害なんかも解決しているんだろうし、石油ショックみたいなことももう起こらなくなっているんだろうし。みんなお金持ちでね。ひょっとすると癌なんかももう治療できるようになっていて、こわい病気なんて何も残っていなかったりするんじゃないかとも思います。不老不死は無理かもしれないけど、きっとピンピンして長生きしているんでしょうね。どうですか?


 それから片思いみたいなもんはどうなっているのかな、なんて思ったわけです。すっごく面倒くさいんです。1979年の日本では。片思いみたいなもんは。あれっ? 日本ってまだあるよね。なかったりするのかな。みんな国連みたいになっちゃったりして。じゃあ念のために説明しておくと、ぼくはいま日本という国に住んでいます。場所は、ええっと、中国とか韓国の近くで。あれっ? 中国とか韓国とかもなくなっているかな。ええっと。そうだ。太平洋の、西のはじっこにある、弓なり型の、列島があって、それが日本です。太平洋はまだあるよね? 埋め立てられたりしていないよね? っていうか日本語通じるよね?


 えっとそれからあの、性欲というか、性的欲望というか、マスターベーションとかはどうなっているのかも聞きたいです。「マスをかく」とか「せんずり」とかってまだ言ってますか? それからその時は自分でするのか、何か機械みたいなものでうまいことやっちゃうのかなって。それって気持ちいいですか? その時はやっぱりエッチなことを考えているのか、全然別なことをしながらてきぱき機械的に処理しちゃっているのかそのへんのところを知りたいです。


 えっと。そういうことも聞きたいんですが、もっといろいろ他にもいっぱい聞きたいことがあるなあって思って録音を始めました。始めたんです。ええっと。あの、おばけってどうなりましたか? 正体はわかりましたか? 幽霊とか。あとUFOがどういうことになったかも知りたいです。それとやっぱり死ぬのはこわいですか? さっきひとりでお風呂に浸かっていたら、死ぬことについていろいろ考えてしまいました。そういうのって100年後の人もやっぱりまだ考えるのかな。それとももう解決しちゃっているのかな。死後の世界とかそういうの。


 それからええっと。そうだ。どんな服を着ていますか? TシャツとかGパンってまだありますか? ぼくはTシャツとGパンがわりと好きです。TシャツとGパン、わかりますか? 100年前のファッションくらいならわかりますよね? 寒くなるとワークシャツっていうのを上に着たりします。最近はダンガリーのシャツがお気に入りです。あと冬はダッフルコートというのを着ます。そういうのってまだありますか? いまはやっている服があったら教えてください。


 あれっ? 教えてくださいって言うのもヘンかな。100年後に17歳の人は、えっと、83年後に生まれるんだよね。あなたが生まれる時ぼくは、あっ。ちょうど100歳だ。というか死んでるか。というかそのころはもう100歳くらいまで生きているのは当たり前になっているのかな。とにかくみなさんはまだ生まれてもいないんだよね。そうか。83年先にならないと生まれてこないんだ。そうかあああ。


 生まれてくる前ってどんな感じですか? というか、ひょっとするとまだ生きてたりしてね。生まれ変わる前の別の人生を生きてたりして。意外とぼくの近くにいるんだったりして。あれっ? そうするとぼくがもしも100歳で死んで生まれ変わったら17歳の時にこのテープを聴くかも知れないんだ。ぼくが。ぼく本人が。なんかよくわからなくなってきたけど、それってどういうことかな。人は生まれる前の世界からやってきて、生まれて、一生を過ごして、死んで、生まれる前の世界に帰って行くのを繰り返しているのかな。つまりぼくも死んだら、いったん生まれる前の世界に帰っていくってことなのかな。


 ふうん。


 そういうのってちょっと面白いなと思います。死んでどこかに消えてしまうんじゃなくて、来たところに帰っていくっていうのって。そうか。そっちでもそんな風に考えていますか? ぼくはなんとなく納得しちゃいました。そう。ぼくはいまそこから出てきたばかりだし、これからずっと生きていくんだけど、死ぬまで生きていくんだけど、見方を変えると、生まれる前の世界に向かっているんだ。長い長い帰り道の途上にあるんだ。


(「帰り道」ordered by helloboy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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