トモフミのラーメン


「いいか、ラーメンはセックスなんだ」


 大学4年目の冬。大学の近くに最近できたラーメン屋、二人で「どんな業前か試してやろうぜ」と意気揚々と偵察に行った帰り道。トモフミは隣で悲痛な表情のまま自転車を走らせながら言った。声に精霊がこもっている。勇者の希望のような、魔王の絶望のような、とにかくソウルの籠った声だ。


「店で食べるラーメンはセックスなんだ。麺とのキス。チャーシュー、メンマ、ネギ、味玉その他具材との愛撫、スープとの粘液の交換。エクスタシー。ラーメンはセックスだ。家で一人で食べるカップ麺はオナニーだ。チェーン店で食べるラーメンは言うなら風俗店だ。しかし、個人経営の店で食べるラーメンはセックスなんだ。それは、恋人かもしれないし、セフレかもしれない。もしかしたら不倫かもしれない。しかし、風俗やオナニーとは天地ほどの差がある、人と人とのセックスなんだ。愛なんだ。だから、お互いに相手を愛し合わなけりゃならないんだ。駅の前に三郎があるだろ?あそこが俺の本命だ。あの娘とのセックスは何回味わっても飽きる事がない。確かに見てくれは悪いが、一度味わったらもう忘れられない絶品だ。名器だ。俺は三郎を愛している。だから、俺も精一杯の愛情を注いでいる。どんなに胃が重かろうが、腹をくだそうが俺はあの娘のスープは全部飲む。それが愛情の証だ。粘液と粘液を最後まで交換する本当のセックスだ。無論、浮気しちまうときもある。商店街の赤葉も捨てがたい。あの、一見質素だけど味わえば味わうほどに深みが出てくるスープは、まさに大和撫子だ。無論、ソープにも行く。陽高屋の娘は、そりゃあ前戯も雑なら本番にも愛はないが、とりあえずはセックスを楽しめる。そうだ。俺はセックスが好きなんだ。麺とスープとの濃厚なカラミが大好きなんだ……。なのに、あの店はなんだ!!あれがセックスか!?ふざけるんじゃないよ!!最初のキスから嫌な予感はしてたよ。それがいざ服を脱がしてみたらどうだ!?愛撫は雑も良いところで、あれならないほうがまだましだ!あんな、固いしやたら味が濃いだけで一口で嫌になるほど美味くないメンマ、初めてだ!だいたいあのネギはなんだ!?男だって手マンの前に爪を綺麗にするのはマナーだってのに、あの雑な切り方!それに、チャーシューだ!脂っこくて食えたもんじゃない。あれじゃ清潔感のないデブだ!そして清潔感のないデブは最悪だ!具が最悪なら麺も最悪だ!あんな気持ちよくない麺、食った事ないぞ!?嫌にヌルヌルして、水っぽくって、コシも全然ない!とんでもねえグロマンもあったもんだ!!そんでもってスープ!スープだよ!?あれがスープか!?あんなのがスープか!?あんな、塩と醤油をお湯で溶かして化学調味料をどっさり入れただけの液体をスープと呼んでいいなら、この世の液体は泥だろうが小便だろうが全部スープだ!?違うか?そうだろ!?そうだよな!?あんなんでセックスができるかってんだバカヤロー!!初めてだったんだぞ!?あの女とは、初めてのセックスだったんだ!!なのにッ…………!!ラーメンってのは、セックスってのは幸せじゃないといけないんだ。気持ちよくないと、愛がないといけないんだ。お互いを思いやってこそ愛が生まれるんだ。なのに、それなのにあの店は愛情もなければ顔も性格もブスだし身体も最悪なら愛嬌もなくて、そのうえテクもなにも持ってない!!そのくせに面構えだけは厚化粧でそれっぽく見せて、しかも清貧さもない!!最悪だ!!最悪の女だ!!最低のセックスだった!!セックス!!あんな!!クっ………!くそったれ!!二度と行くか!!二度と行くもんか!!こちとら遊びじゃねえんだ!!セックスに命かけてんだよバカヤロー!!あんな、あんな酷いラーメン…、ヒドイ…、本当にヒドイ…、あんな、クソ…、あんなのってない。あんなの、ひどすぎるよ。あんな、あんな…。ちくしょう…………」






 とうとうトモフミは隣で嗚咽し始めた。

 どうでもいい話だが、俺もトモフミも童貞だ。







 俺は思った。








 こいつ、本物のバカだ。

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