第四話 大切なこと
使い込まれた花梨の魔道杖を、すっと頭上に掲げる。
「灼熱の重き
スパイラルフレア!」
詠唱が終わると、杖の先に小さな炎が生まれた。
それは少しずつ大きくなりながらとぐろのような渦を巻いていく。
「はっ!」
気迫もろとも右手を前方に振り下ろす。
紅蓮の渦が相手に襲い掛かった。
「清冽なる瀑布よ、我が身の前に集え!
フォール!」
短く、
彼の前に滝の壁が現れる。
炎の渦は滝に阻まれ消えていくかと思われたが――渦は弱まることなく、滝を水蒸気へと変えていく。
「ま、参った!」
自らの魔力が劣っていることを目の当たりにし、男は敗北を認めた。
途端、炎の渦も静かに消えていく。
「勝者、ブリディフ!」
審判の声と共に、観客席も沸き返った。
相手に一礼して闘技の場を後にする。
控えの通路には、次戦を控えるヴァリダンがいた。
「お見事でした、ブリディフ殿」
「ありがとうございます。ヴァリダン様もご武運を」
彼を送り出すと、そのまま通路に残り闘技を見守ることにした。
ヴァリダンの相手となるギャラナはまだ若い。
ブリディフ同様に初めての闘技会参戦にもかかわらず、その端正な顔立ちと自信あふれる振舞いから、すでに多くの女性たちからの声援を受けていた。
この日も栗色の長髪を後ろで束ね、代名詞となりつつある緋色のローブをまとっている。
闘技が始まっても、二人は向かい合ったままなかなか動かない。
ここまで勝ち上がっているからには、互いに相応の魔力を持っていることは分かっている。
焦れたように仕掛けたのはヴァリダンだった。
「行けっ、サラマンダー!」
炎の群れが次々とギャラナへ向かう。
「ファイアボール!」
ローブで身を護りながら、火玉で撃ち落としていく。
このとき、ブリディフは違和感を持った。
定石であれば、ここは
単に不得手なのか、それとも。
そしてもう一つ、あのローブ。
すべてを防ぎきれずに炎の幾つかはローブに当たった。
しかし、あのローブには焼け跡すら残っていない。
「何か魔力を込めているのだろうか」
ギャラナを見つめながら、思わずつぶやいた。
闘技場では一進一退の攻防が続いている。
少なくとも、見守る観客たちの多くはそう感じていた。
しかし、ブリディフの眼にはヴァリダンが劣勢に映っていた。
彼の仕掛ける攻撃が全くと言っていいほど効いていないのだ。
対するギャラナは防御をしながら攻撃のときを見定めている。
再び、ヴァリダンが先に動いた。
「荒れ狂う激流よ、汝の力による苦しみを!
スプラッシュ!」
大地から湧き出た水流が、何本もの太い束となり相手に押し寄せる。
彼が詠唱を始めたときからギャラナは片笑みを見せていた。
「俺はこれを待っていたんだよ!」
そう叫ぶと詠唱を始める。
「猛き冷酷な疾風よ、我が声に応え従え!
ノースウインド!」
ここでも水に強い
猛烈な風が水流を押し返し、水しぶきとなってヴァリダンへ降り注ぐ。
「うわっ」
予測していなかった反撃に虚を突かれたところへ、さらにギャラナが畳みかける。
「天空に
ライトニング・ボウ!」
晴れ渡った空が光ったかと思うと、無数の雷がヴァリダンを襲う。
身体が濡れているところへ雷の攻撃を受け、
「うぐっ、参った!」
しかし、なおも雷の矢は止まることなく、ヴァリダンの体を貫いた。
「うがぁーっ」
「お父様ーっ!」
観客のざわめきの中で、カリナの声が聞こえた気がする。
「もう決着はついている! すぐに攻撃を止めなさい」
審判の声にもギャラナは片笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。すでに魔道を放った後だったもので、私にも止めることは出来ませんでした」
そう言うと敗者へは見向きもせず、闘技場を去っていく。
入れ替わるようにブリディフがヴァリダンの元へ駆け寄った。
「癒しの光よ、集え」
すぐに回復魔道を施す。
涙を浮かべたカリナとヤーフムも駆け付けた。
彼女が付き添い、担架に乗せられて運ばれる様を、残された二人は無言で見送った。
*
「カリナのお父さん、大丈夫かなぁ」
ヤーフムは泣き出しそうな顔で見上げた。
「傷の手当は施した。後は今夜、頑張ってくれるといいのだが」
ブリディフも沈痛な面持ちを浮かべている。
家へ帰ってからもヤーフムの怒りは収まらない。
「あいつ、ほんっとにひどい奴だよね。もう勝負はついているのに攻撃を止めないなんてさ。そう思うでしょ、おじさんっ」
ブリディフは椅子に腰かけ遠くを見るような目をしている。
「ねぇ、おじさんってば!」
「あ、すまぬ。ちょっと考えごとをしておった」
「もう。それで、教えてくれるの? 僕じゃ駄目?」
「うん? 何のことだ」
「えーっ! そこから聞いてなかったの」
ヤーフムは口をとがらせながら、魔道を教えて欲しいとお願いした。
それを聞いたブリディフは一瞬、驚いたようだったがすぐに微笑みかける。
「いいか、ヤーフム。魔道は人を傷つけるためだけのものではない。先程のことを胸に、相手を倒そうと思って魔道を習うつもりならば止めた方がいい」
その言葉をかみしめるように聞いてから、ブリディフの目を見て言った。
「僕は誰かが傷つかないように守りたい。カリナのことを守りたいんだ」
彼の言葉を聞いて大きくうなづいた。
「ならば、よい。少しずつ教えてあげよう」
魔力は誰にでも眠っている力であること、それを呼び起こして使うのが魔道であることをゆっくりと話して聞かせた。
ヤーフムは聞いたことを忘れぬように書き留めている。
魔道の礎となる
「じゃんけんみたいだね」
「そうだな。これは防御のときには役に立つから、いつも意識しておくと良いぞ」
「火より水が強いのはすぐ分かるけどなぁ」
「地水火風、この順番通りなのだ。ただし、地は最後の風を苦手としている」
これなら覚えられると喜んでいる彼に、ブリディフが尋ねた。
「これまでの話を聞いたからといって、急に魔力が使えるようになるわけではない。では、魔力を呼び起こすには何が大切だと思う?」
悩む時間もそこそこに彼が出した答えは――
「
あまりにも元気がよいので、ブリディフも声をあげて笑ってしまった。
「確かに学ぶためには必要なものだが、それではない」
口をへの字にするヤーフムへ、こう伝えた。
「大切なことは
自然の持つ力を感じ、それに敬意を表して受け止める。
大地の温もりに触れ、湖の水の音に耳を澄まし、風を肌で感じ、火の有用性を知る。
時には地が揺れ、水に引き込まれることもある。
建物は風に破壊され、火が焼き尽くすこともある。
大地の恵みを感じ、
水の流れに触れ、
風の匂いを感じ、
火の暖かさを知る。
あるがままの自然に触れ、感じ取る感覚こそが眠っている魔力を呼び覚ますのだ。
「僕に出来るかなぁ……」
不安を隠せないヤーフムの頭に手を置き、ブリディフは語り掛ける。
「すぐには出来ないさ。それでも、日々の生活で意識することが大切なんだ。魚釣りに行ったときに、目を閉じて湖の音や風の匂いを感じてみるといい。きっと少しずつ何かがわかってくるはずだ」
「僕、やってみるよ」
純粋な心を持つこの子なら、きっといい魔導士になれるであろう。
そんな思いを抱きながら、ブリディフは外へ出掛けた。
ある男と会うために。
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