第二章 宿命の邂逅(かいこう) 【全十話】

第一話 闇と知の闘い

 ――『魔闘技場の殺人』と呼ばれた悲劇からさかのぼること三十六年。

 この頃までは王都にて魔道闘技会が毎年行われていた――



 王都モスタディアの春を呼ぶ風物詩と言えば紅鶴フラマの飛来であろう。

 この街はムーナクト湖の東端に接しており、この時期になると紅鶴の群れが繁殖のために飛来する。

 薄紅色の大きな翼を広げて滑空している様は『天からの使い』とも呼ばれ、数が多いほど、また飛来が早いほど、吉兆と言われていた。

 そしてもう一つ、王都の春を彩る行事が「魔道闘技会」である。

 魔力を尊ぶガルフバーンでは、魔道による一対一の闘技会を毎年この時期に開催していた。人々はお祭り騒ぎを楽しみ、街も華やぐ六日間を過ごす。


 これを機に名を上げるため、あるいは自らの力を試すため、各地から魔導士たちがここモスタディアの魔闘技場へとやって来る。

 白い僧衣に身を包み、銀髪を短く刈り揃えた青年、ブリディフもその一人だった。魔導士としての修行を終えた彼は、師匠の勧めに従い、自らの力を知るために魔道闘技会へ参加した。


「王都と言えど、ここでの暮らしは私にとってはなかなか難儀なものだな」


 北方の山間やまあいにある街、ルンディガで生まれ育った彼には、この砂漠の暑さにも人の多さにも慣れていない。


「何事も経験、知見を増やすべしという師匠の言葉どおりだ」


 額に汗を浮かべながら、二日目の闘技に挑むべく闘技場へと入っていく。



 闘技会は六十四名の参加による勝ち抜き戦で行われる。

 開催前日に予選会を開き、そこで所定の魔道を披露できた者の中からくじ引きで参加者が決まる。

 期間中は各人一試合が毎日行われ、六日間を勝ち抜いた者が栄誉を得る。

 ブリディフは昨日の一回戦を見事勝ち抜き、今日を迎えた。



 十五タルザン(約二十二メートル)四方の闘技場へ足を踏み入れると、観覧席から歓声や拍手が起こる。

 周囲を二タルザン(約三メートル)の石壁に囲まれた外側には、闘技場を見下ろすように階段状の観覧場があり、この日も多くの人で席が埋まっていた。

 審判が観客席へブリディフの紹介をする。

 彼の相手となる男はダーナスと呼ばれた。

 黒いマントを羽織りフードをすっぽりとかぶっている。うらない小路で見かけるような恰好だった。

 背丈はブリディフとさほど変わらないものの、非常に痩せているため一回り小さく感じる。

 

「始めっ!」


 審判の合図とともに、二人は四タルザン(六メートル)ほどの距離をとりながら円を描くようにゆっくりと左回りに足を運ぶ。

 先に仕掛けたのはダーナスだった。


「シルフの力を我に!」

 風の魔道によるつむじ風が一つ、二つとブリディフを襲う。


「出でよ、サラマンダー!」

 定石通り、火玉をぶつけて消していく。


「行けっ、オンディーヌ!」

「我を守れ、グノーム!」


 続けて三本の水流が矢のように向かってくると、ブリディフは土壁を出現させて防いだ。


「昨日の闘技も見させてもらったが、やはり防護には長けているようだな」


 しゃがれた声でダーナスは呼び掛けた。



 魔道の根幹をなすトゥムナァフラィヤロォクには得手、不得手があり、地は水に強いが風には弱く、火は風に強いが水には弱いといった四すくみの関係がある。

 僧侶でもあるブリディフは自ら仕掛ける攻撃魔道よりも、相手の長所を消す防御魔道を得意としていた。



「ならば、これではどうだ!」


 痩身なために異様に大きく見える目をさらに見開いて、ダーナスが叫ぶ。


「真の始まりは闇なり。

 汝の力を持って光のしもべたちに大いなる災いを!

 シェイド!」


 詠唱が終わると、闘技場の上空が突然湧き上がった厚い黒雲に覆われていく。

 観客席もざわつく中、陽の光が遮られ、夜の闇が訪れた。


「これこそ我が魔道、闇の力だ!」


 このための黒いマントだったのか、ダーナスの声は聞こえるが姿が見えない。

 すると、風を切る音と共につぶてのようなものがブリディフの腿に当たった。


「うっ!」


 威力はさほどではないものの、思わず顔をしかめた。

 すぐさま風柱を三本、召喚し防御の体勢をとる。

 相手の攻撃を地の魔道とみての対応だ。

 しかし次の攻撃は風柱を突き抜けて彼の腹、右肩を続けざまに襲った。


「地の魔道ではないというのか」


 腹を左手で押さえながら、新たな詠唱を始める。


「灼熱の命のきらめきよ、我が声に応えよ!

 フレイム!」


 ブリディフの右手の先には炎の鞭が現れた。


「そんなものでどうしようというのだ」


 闇の中からダーナスのかすれた嘲笑が聞こえる。

 声のする方向へ炎の鞭をしならせるが、暗がりに吸い込まれていくだけで手応えがない。


「無駄だ、無駄だぁ!」


 礫の攻撃は激しさを増し、ブリディフの体を徐々に痛めつけていく。

 土壁さえもろともせず闇の礫が襲い掛かる。

 白い僧衣には血が滲み始めた。


「ふはははーっ! この闇の中では攻撃を見切れまい。いくら防御に長けていようと不可避! 不可避なのだよっ」


 けたたましい笑い声を上げながら攻撃の手を休めない。


「くっ! うわっ!」


 右腿に喰らった礫によろけ、思わず片膝をつく。

 何も見えない観客たちも、ダーナスの嘲笑とブリディフのうめき声を聞き、大勢は決したかに思い始めていた。



 しかしブリディフは諦めていなかった。

 片膝のまま愛用している花梨かりんの魔道杖を頭上に掲げ、詠唱を始める。


いにしえに伝わりし知の連なりよ、遠き彼方より集う。

 その翼をって我に力を!

 アウル!」


「何だ、それは」


 聞いたことのない詠唱に戸惑うダーナスへ、疾風のごとく何かが襲い掛かった。


「ぐわっ!」


 衝撃を受けた左肩は、何かにえぐられたようにざっくりと傷口を開けている。

 右手で押さえながら、すぐさま闇の礫で反撃するが今度は手応えがない。


「やはりそうであったか。この闇で相手が見えぬのは、そなたも同じであろう」


 ブリディフの声へ向けてなおも反撃を試みるが、礫が風を切る音だけが虚しく響く。


「くっそぉ」

 周りの気配を必死に感じ取ろうとしていたダーナスが、再び悲鳴を上げた。

「うわぁっ」

 今度は右腕を抉られていた。


 その叫び声を合図に、闘技場を覆っていた厚い雲が散っていく。

 陽の光を取り戻した闘技場には、片膝をつくダーナスと、それを離れて見下ろすブリディフが現れた。


「勝者、ブリディフ!」

 審判の宣言を受け、一気に歓声が沸き起こった。



「こちらも相手が見えぬとなぜ分かったのだ」


 近づいてきたブリディフを、恨めし気にダーナスが見上げた。


「初めの攻撃は単発であったのに、私が防御や攻撃を重ねるほど、そなたの攻撃も数多く当たるようになった」


 僧侶として、彼の傷に手当てを施す。


「もしや、私の放つ魔道に反応しているのではないかと」

「あの状況でそこまで見抜くとは。見事だ」


 ゆっくりと立上り、ブリディフに向き直った。


「しかし、それでも俺が有利なはず。あの魔道は何だ?」


「あれは知の魔道、とでも言うべきか」


 微笑むと、それ以上は何も言わず闘技場をあとにした。


      *


 山間の街で育ち、そこで修行を重ねたブリディフには、地水火風だけでなく動植物から得た魔道をも身につけていた。

 その一つが、知の象徴と言われるアウルの力を具現化し、思念波が鈎爪状になって敵を襲うもの。もちろん、暗闇も苦にしない。

 そして、最大の特徴は思念波そのものが知力を持つということだ。

 いったん放たれた思念波は自らが判断して敵に襲い掛かる。ただし、操る者がその間に他の魔道を使うことは出来ず、六タルザン程の範囲内でしか操ることが出来ない。


 あの場面、もしブリディフの読みが外れていたなら防御魔道を使うことも出来ずに倒されていただろう。

 彼は賭けに勝ったのだ。

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