第二話 三人の魔導士
エクスがいるだけで、無彩色なこの場に彩りが添えられた。
この若き吟遊詩人は各地を旅してまわったこと、修行中のこと、これからの夢などを朗らかに歌うかのように語る。
ブリディフもクウアも聞き役となり、いつ終わるとも知れない彼のおしゃべりが場を包んでいた。
「何やら騒々しいと思ったら、場違いな賑やかさの元凶は貴様か」
壮年の男が、よく通る声と共に食堂へと入ってきた。
背は高く、麻の服に包まれた堂々たる体躯の左肩には金属の肩当てをつけている。幅広の腰帯につけられた
不満げな顔で何か言おうとしたエクスを老師が左手で制した。
「儂はブリディフと申す。そなたは武人のようじゃが、ここにおるということは明日の闘技に参加されるのですな」
「おぉブリディフ殿でしたか。お初にお目にかかる。いかにも、王宮魔道軍の中佐をしておりますトユーディカーンと申す。ディカーンとお呼び下され」
体の向きを変えて姿勢を正し、
日焼けした肌に、赤み掛かった髪を短く刈り込み、いかにもという雰囲気を滲ませている。
「僕は
それを聞くとあざけるような笑みを浮かべた。
「はっ、騒々しい風だな。俺は
「なんだよ、小馬鹿にして。たまたま相性が悪いだけじゃないか!」
エクスはディカーンに食って掛かる。
*
すなわち、何かに秀でた魔導士が
*
「闘技の前だと言うのに覇気もなく、吞気なものだな」
「僕はあんたのような人と戦うためにここへ来たんじゃないっ」
「聞こえてきたのは
「それは……」
「まったく。貴様のような奴は歌いながら旅をする方がやはり似合っているぞ」
「なんだとっ、吟遊詩人だからって馬鹿にするな!」
「まぁまぁ、二人とも止めんか」
見かねてブリディフが割って入った。
「ディカーン殿、この者の話が面白くてつい聞き入ってしまったのじゃ。貴殿ほどの徳を得るまでには、まだ数十年はかかる若者のことと大目に見てやってくれぬか」
やんわりとした老師の物言いにディカーンは黙礼をした。
「エクスよ、そなたも彼の言葉に思う所があったのではないのか。ならば素直に受け止めるのも、学ぶ道だぞ」
「……はい。申し訳ありません」
静かになったところで、クウアがディカーンへ声を掛ける。
「お着きになったことに気づかず、失礼いたしました。お世話をさせて頂くクウアと申します」
「ほう。ここでは退屈な時間を過ごさねばならぬと思っていたが、少しは楽しめそうだな」
その言葉と絡みつく視線を無視するかのように、黙って水と食料を受け取る。
彼を二階へ案内しようとしたとき、
クウアが迎えに出るよりも早く、紐で縛られた大きな荷物を背負った男が姿を見せる。
「みなさま、お揃いですか。遅くなり申し訳ありません」
背中の荷物も降ろさないまま深々とお辞儀をした男はアーサントと名乗った。
「歩いて来たので、思ったよりも時間が掛かってしまいました」
荷を床に置き、頭に巻いていた布を外していく。
あらわれた肩ほどの茶髪を無造作に後ろで束ね、首の汗を拭った。
彼もまた砂漠に適した麻の服を身につけているが、それもまた汗で濡れて見える。
「なんと。この炎天を、その荷物を背負って歩いて来られたと申されるのか」
言葉をかけたブリディフだけでなく、ディカーンも感嘆の声を漏らす。
エクスは興味津々という表情を浮かべていた。
「お若いとはいえ、難儀であったでしょう」
「いえ、せっかくの機会なので鍛錬のためにと。その方が大地の声を聴けるのではと思いました」
「ならば、そなたは
「はい。アーサとお呼びください」
疲れをおくびにも出さず、白い歯を見せた。
「その荷物には何が入っているのですか」
もう我慢できないといった様子でエクスが尋ねる。
「これですか。ほとんどは本です」
「えぇっ」
予想外の答えに驚いたのは彼だけではなかった。
「さぞかし重かったであろうに。その体力、我が軍に欲しい位の人材だな」
ディカーンの言葉に頭を掻きながら答えた。
「私、王立図書館で司書を務めております。本がたまらなく好きでして、肌身離さず持っていたいのです」
「はっ、変わった男だな。何か研究でもしているのか」
「今は古文書を調べています。古い詠唱などに興味がありまして」
「ほぉ面白い。その話を聞いてみたいものだ」
意外なことで話が進む二人の間に、クウアが割って入った。
「あの、お部屋への案内はいかがいたしましょうか」
その顔を間近で見るなり、アーサは一瞬、戸惑いを浮かべる。
「あなたはトゥ――」
「クウアと申します」被せるような声に二の句が継げない。
口を閉ざして彼女の横顔をあらためて見つめた。
「急ぐ必要もあるまいし、もう一人を待ってからでもよいではないか」
ディカーンの言葉により、このまま
アーサはディカーンへ古来の詠唱について、その成り立ちや例を挙げて説明をしている。
ブリディフはエクスが語る旅の話に耳を傾けた。
しかし、もう一人がなかなか現れない。
「随分とのんびりしている方のようじゃのぉ」
老師が誰にともなくつぶやいた。
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