百九話 日本型のダンジョン?

 視界を覆っていた白い光りがすっと消えると、どうやら何か暗い場所に出たようだ。ヒスイが前照灯を点けると、そこはどうやら車庫の中に出たようだ。すぐ前にシャッターが下りていた。

 扉をくぐるときにそれ程速度を出していなかったので、シャッターにぶつかる前に止まることができた。


「ちょっと待って、これはどういう事なんだ?」

 このままじゃあ進めないため車を降りた篤紫は、車から降りて足を置いた場所で思わず首を傾げた。


 出口がない。


 シャッターを開ければ、一応そこが出口になるとは思う。

 そうじゃなくて、魔神晶石車の後ろ側の話になる。アディレイドタワーダンジョンに戻るための出口がなかった。

 魔神晶石車の後ろは、壁になっていた。


「どうかしたのかしら?」

 不審に思ったのか、桃華も車から降りてきた。

 そして同じようにその場で動きが止まった。


「なあ、どうやって戻るんだ?」

「知らないわよ、どうなっているのかしら。扉をくぐると、同じような扉が後ろにできるはずなのよ。こんなのさすがに想定外よ?」

「そうだよなぁ……」

 篤紫と桃華が困った顔で立ちすくんでいると、遅れてヒスイとオルフェナが降りてきた。


『ふむ、懐かしいな。ここは我がいつもしまわれていた車庫だな』

「……はっ?」

「待って……それって、本当なのオルフ?」

 言われてみれば、何となく覚えがある。

 いや……そんな気がするだけか?

 慌てて篤紫は、確認のために車の裏にまわってみて、それが気のせいではないことが分かった。


「ああ、この場所に階段があるのは、懐かしの我が家しかないわ」

 ちょうど止まった車の左裏、微妙に使いづらい位置に、螺旋状の上り階段があった。ここだけ家を建てるときに依頼した設計にミスがあった覚えがある。

 単純に、玄関の位置と階段の位置が一致しなかったので、苦肉の策で螺旋階段を設置して貰った。

 当然ながら、桃華にも夏梛にも不評だったけど。


「……篤紫さん?」

「取りあえず上に行こう。もしかしたら、もしかするかも知れない」

 後部の扉を開けて、中に住んでいる竜人達に一声掛けた。その足で、車を魔神晶石に戻して腰のホルスターのポケットに収納した。

 そして首を傾げる桃華の手を引き、後を付いてきているヒスイとオルフェナの姿を確認して、篤紫は螺旋階段を家に向けて上っていった。




 外に出ると夜だった。薄い月明かりが辺りを照らしていて、周りの様子がぼんやりと目に入ってくる。

 扉を開けた先にあったのは、玄関の前に繁っている伸び放題の草むらだった。どれくらいの時間がたっているのか、草丈は既に篤紫の背丈を超えていた。その先に大きな建物が見える。

 篤紫の後ろにいたヒスイがサッと飛び出して、両手を鎌に変えてあっという間に草を刈り尽くしてしまった。ナイスだヒスイ。


 桃華の手を引いたまま玄関に向かうと、見上げた家はよく知っている我が家だった。あの日、ナナナシアに転移した日の五年前に、一括支払いで購入した家だ。


「ここって、ダンジョンの中……なのよね?」

「いや、どうかな。もしここがダンジョンとして作り出された場所ならば、こんな風に家が風化した状態をわざわざ再現する必要は無いんじゃないかな」

 魔法で明かりを灯す。

 玄関は扉が朽ちて外れていて、その上に土埃が積もっていた。

 この時点で、ダンジョンとしては失敗作になる。もし記憶を元に再現しているのならば、家が朽ちていてはおかしいはずだ。


 さらに住んでいたのは地方都市だけあって、夜になると家々の窓から漏れる明かりだけが、唯一の明かりになる……はずなのだけれど。

 振り返ると、周りは完全に闇に沈んでいた。近所にも家があったはずなのに、どの家からも明かりが漏れていない。

 階段を降りた先が道路になっていて、少し先に街灯があるはずなのだけど、それすらも灯っていないようだ。


 やっぱり、過去が再現されていない。むしろ、時間があの日からそのまま経過していて、俺たち三人と一匹が日本に戻ってきたように感じる。

 空を見上げると、空には三日月が浮かんでいた。

 いったい、これはどういう事なんだ?




 朽ちた扉を朽ちた扉を踏み越えて、家の中に入る。

 家の中ではほとんど家具が、風化して朽ち落ちていた。リビングルームでは、固定していなかった食器棚が全て倒れていた。


「酷い有様ね。電気も通っていないから、家電が全く動いていないわ。冷蔵庫なんて、常温で密封してあるから酷い状態よ。

 時計も止まっているから、今が何年なのかも分からない。

 ほら見て、携帯電話が圏外になっているわ」

「ここまでナナナシアの影響が届かないってことか。

 身につけている魔道具は俺たちの魔力で稼働しているから、何とかギリギリ動いているけれど、通信回線はナナナシアに依存しているからなぁ……。

 てことはあれか、魔法はともかく魔術にはかなりの制限がかかるな」

 この時点で篤紫が、完全な戦力外になった。

 ナナナシアに繋がらないと言うことは、新しい魔道具が作れないし、所有者限定以外の魔道具も使えないと言うことだ。


 例えば、桃華のキャリーバッグには大量の物が収納されている。今は拡張収納の定義がナナナシアコアから、桃華の魔力に移っている。

 もし、桃華の魔力が枯渇したら、その時点で中の物がキャリーバッグから溢れかえる事態になる。

 そんなことになれば、悍ましいほどのフードテロが待っているわけで……。

 篤紫はそこまで想像して、思わず身震いした。


 当然ながら、電話は繋がらない。夏梛やペアチフローウェル、シズカにもタカヒロにも、連絡がつかない状態になっていた。

 これは、完全に想定外の事態だ。


「竜人のみんなは、問題なく大樹ダンジョン内にいるのよね?」

「ああ。特に影響はない感じだったな。

 さっき、ちょうど近くにいたフェイメスに様子を聞いたときも、画面が真っ暗だと悲しんでいた程度だったよ。

 事情を説明して、しばらく外の景色が見られない話をしたら、こころよく了承してくれたし。中には全く影響がない感じだったかな。さすがに、魂樹が使えるかまでは聞いてないが」


 カタカタカタカタ――。


 突然、家が揺れ始めた。

 揺れは次第に大きくなって、あっという間に立っていられないほどの大きな揺れになった。

 篤紫も桃華も揺れに抗えずに、床に四つん這いになった。


「この揺れって、震度だと五くらいかしら……」

「いや、この揺れだと震度六はないか?」

『駄目だ。転がる。誰か。助けて。貰えないだ、ろうか――』

 オルフェナは当然ながら、右に左に跳ねるように転がっていた。残念ながら四つん這いになっている二人に、オルフェナを助ける余裕は無い。

 逆にヒスイは何かが楽しいのか、不安定な足場を危なげなく駆け回っている。当たり前のように取りだした五体のゴーレムも、体型も相まってオルフェナと同じように床を跳ね転がっていた。


 五分位は揺れただろうか、唐突に揺れが収まった。


「びっくりしたわ、地震なんて何年ぶりかしら……」

「考えてみれは、日本にいた時はそれなりの頻度で地震があったんだもんな。たぶん地震としては、五年ぶりくらいじゃないかな」

「そっか、ずっと平和だったもんね」

『地揺れ程度ならそれなりにあっただろうが、確かに地震にはしばらく遭遇しておらんな』

 相変わらずひっくり返っているオルフェナを抱き起こしながら、地震の影響はなかったか、部屋の中を見回した。


 案の定、壁に大きくひびが入っていた。

 家の半分くらいを鉄骨で作ってあるため、耐震性能が思った程よくなかったのかも知れない。さっそく倒壊することはないだろうけれど、表面までひびが見えているから、大幅に改修が必用かも知れない。

 もっとも、日本に来るのは今回だけだと思うから、関係ないだろうけど。たぶんもうないよね?


 勝手知ったるかつての我が家には、既に使えそうな物は無かった。

 電気に関しては、ブレーカーが落ちていなかったので、支払いが滞った結果、解約なり利用停止になったのだろうという結論に達した。

 色々調べている間にも、余震と思われる揺れが何度もあったため、安全を考慮して家から出ることにした。もっとも、堆く積もった埃や砂で、とても一晩明かせるような家ではなかったけれど。


 念のために、住民と遭遇した時のことを考えて、懐中電灯の先にある透明な板を外して、中に魔法の明かりを移した。


 玄関を出て階段を下りると、前の道路も覆い繁る草で酷い状態だった。

 桃華がキャリーバッグから丈の長い剣を取り出して、当たり前のように手渡してきたので、意図を察して草を刈って進んだ。

 切れ味重視のロングソードだったらしくて、けっこう簡単に道を開くことができた。


 無茶な旅を続けているおかげか、地味に筋肉が付いていたようで、振り回した感想としては『やけに軽いな』だった。

 進みながら周りを見た感じ、ここの住宅地は既に長い間、人が住んでいないみたいで、庭先は同じように草で覆われていた。


 やがて、見覚えのある中学校の門が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る