九十一話 世界の修復と竜晶石

「……あー、ナナナシアだな」

 画面を見ると、着信先はやっぱりというか、ナナナシアだった。着信画面にこの名前が出ていると、何だか億劫な気持ちになる。何でだろう。

 篤紫は通話をタップして、スマートフォンを耳に当てた。

 

『あ、篤紫君? ありがとうね、何とか元に戻れたみたいよ。助かったわ。

 でも、草原で馬車に揺られていた辺りしか、記憶に無いのよね。今は、何だか知らない天井? みたいな? 知っている場所なんだけど』

「いや、ああ……まあ、もう何でもいいや……」

 篤紫の口からは、安心して大きなため息が漏れた。このうざい喋り方は、確かにいつものナナナシアだ。相変わらず、言葉に重みや威厳が無い。

 その間にも、セイラがゆっくりとしゃがんで、篤紫と桃華を地上に下ろしてくれる。


『えー、何よそれ、私からの着信だからって、そんなに大きなため息ついて。

 ずっと意識が無かったのに、さすがに酷いと思うわよ。断固抗議よ、絶対に桃華に慰めて貰うんだから』

「わかったわかった、ちょっと待ってろ」

 篤紫は眉間に皺を寄せたまま、とりあえずスマートフォンを桃華に渡した。駄目だ、話を聞いているだけで何か腹が立ってきた。心配して損した。


 そんな篤紫の様子に、桃華は思わず吹き出していた。


『あー、桃華まで酷いんだ。そんなに私が邪魔だったのかしら?』

「そんなことないわ。一緒に過ごした一ヶ月は、凄く楽しかったわよ」

 そのまま、二人でたわいのない話を始めた。

 そもそもナナナシアも、桃華の電話に掛ければいいのに……そんなことを考えながら、篤紫はセイラを見上げた。



「セイラさん、ソウルブロックの魂根化しちゃおう。魂樹の背面をソウルブロック付けてもらえる?」

『え、もういいのかしら? 用事はもう全部済んだの?』

「たぶん大丈夫だと思うよ。

 あっさりとナナナシアは戻っていったから、何の実感もないけれど」

『わかったわ。篤紫殿が言うのだから、間違いないのよね』

 セイラが白い石に背面を付けると、白濁していた石が透明に変わった。淡く光り輝き始めて、白竜領の魂根がナナナシア・コアから魔力を受信し始めたのが分かった。

 これできっと、ドラゴンが無限に湧く現象は収束したはず。


「うん、うん。それじゃあ、またね……」

 桃華に顔を向けると、ちょうどナナナシアとの電話が終わったようだ。篤紫にスマートフォンを返してきた。


「それで、ナナナシアは何だって? このおかしな世界は戻ったのか?」

「それがね、何だか戻せなかったみたいなのよ」

「……はっ? 嘘だろう?」

「ほんとみたいよ。だからもう一度、そこにある魔源晶石を使って……って、あら……もう魂根になっちゃってるのね」

「ああ、もう全部終わったと思ってな……」


 桃華の話だと、このおかしくなった世界の中で動いている人がいると、上手く元の状態に戻せないらしい。いま動いている人たちと言えば、篤紫に桃華、あとは残り五領都にいる竜人族か……。


 地上のことは一切確認できないけれど、恐らくナナナシア星の半球は全ての生き物が停止しているはずだ。確認する術がないから、最終的な判断はナナナシア頼みだけれど。

 逆にドラゴンは魔獣のため、この地か空間で動いている分は、ナナナシアの管轄だからカウント外なのだそうだ。


 だからか、昔やったみたいに手渡しで宝珠を渡そうとしていたようで、その媒体として、さっきナナナシアがコアに戻っていった際に使った、魔源晶石を利用しようと思っていたらしい。

 いや、そんなこと知らないし。


「つまり全ての竜人族を隔離するか、もしくは真ん中にある竜晶石まで宝珠を貰いに行くか、その二択の方法しか残っていないのか」

「待って、確認してみるわ。もう一回ナナナシアに電話してみるわね……」

「あ、桃華。待って、それやっちゃ駄目なやつ――」


 桃華が自分のスマートフォンをたぐり寄せて、ナナナシアに電話を掛けた。篤紫が手を伸ばしたときには、既にナナナシアにコールを鳴らしているところだった。


「あ、もしもしナナナシア? 私、桃華よ」

『……えっと、それはいいんだけど……セイラは大丈夫? 桃華のスマートフォンって、神力キャンセラ付いてないわよね』

「あっ……」


 当然のことながら、桃華のスマートフォンから神力が漏れて、側にしゃがんで話を聞いていたセイラが、気絶してその場で倒れ込んだ。

 篤紫は、ヒスイと顔を見合わせて、大きくため息を漏らした。相変わらず学習してないのな。ヒスイも仕草でため息をついていた。


 セイラが倒れたのを見て、慌てて桃華が電話を切ったけれど、結局セイラは一時間くらい意識が戻らなかった。




「これは、またすごいな……」

「みんなが一度に集まることって、無かったみたいね」

 あのあと、全氏族を一周回って、全ての竜人族を大樹ダンジョンに収容することができた。総行程で十二日に及ぶ、竜人の国一周旅行の最終日。大樹ダンジョンの中はお祭り騒ぎになっていた。


 ナナナシアと話し合った結果、竜人族を全員収容する方法を採用することになった。時間はかかったけれど、その方が確実だと言うことだった。


「さすがに毎日たくさんのゲートを繋ぐ作業は、何だか疲れたかな」

『しかし夏梛も便利な魔法を覚えたのだな。ペアチフローウェルの助力があったとはいえ、この世界に無い魔法が使えるということは、凄いことなのだぞ』

「私も何とか治癒魔法が使えるようになったわ。

 でも夏梛は、私が回復魔法を使って見せた時に、流れる魔力に触れただけで使えるようになったのよ。ほとんど何も教えていないのよ?

 ゲートの魔法なんて私が作ったゲートを通っただけよ。凄いセンスだと思うわ」

 今回の要となったのは、夏梛とペアチフローウェルの使った、ゲート魔法だった。大樹ダンジョンの入り口が、普通の人間サイズだったので、巨大な竜人族はそのままだと大樹ダンジョンに入ることができなかった。


 夏梛とペアチフローウェルが大樹ダンジョンの外にゲートを繋げることによって、三十メートルを超える巨大な竜人達が大樹ダンジョンの中に入ることができたのだ。



 そして、お祭り騒ぎが起きている。

 竜人族が大樹ダンジョンに来る際に、それぞれの領地から持ってきた食料やお酒を囲んで、楽しそうに談笑している。


 竜人の生態は特殊で、ドラゴンから竜人に進化すると、地上から竜晶石伝い下りて来る。その時に、元になったドラゴンの属性別に、それぞれの氏族に別れる。そしてその領地で一生を過ごすことになる。

 さらに何万年もの寿命があるおかげで、首長同士の会議以外には、お互いに全く交流がなかったらしい。


 そんなわけで、降って湧いた氏族間交流に、竜人達は大喜びしていた。



『はいはい、どうかしたの? 準備ができたのかしら?』

「ああ、ちょっと時間がかかったけどな。竜人族の領地全部を回って、全ての住人をここ大樹ダンジョンに収容することができたよ。

 俺と桃華も大樹ダンジョンに入ったから、世界の修復作業にかかってもらえるか?」

『オッケー。そこまでやってくれたなら、あとは何とでもなると思うわよ。

 修復してみるから、少し待っててね』

 それだけ言うと、ナナナシアはさっさと電話を切った。


「色々あったけれど、こけで何とか世界が修復されるのか」

「そうよね。やっと観光旅行に戻れるのね」

 あとはナナナシアの連絡待ちだ。

 いつも通り、桃華がテーブルとチェアーを取りだして、お茶会の準備を始めた。篤紫もサイドテーブルを取り出すと、ポットにお茶を淹れ始める。


「ねえおとうさん、やっとエアーズロックにいけるのかな」

「……ああ、夏梛。エアーズロックじゃなくて、ウルルだからな」

 買い置きのクッキーをお皿に乗せると、夏梛に手伝って貰ってテーブルに並べた。ヒスイは久しぶりにオルフェナに乗って、ゴーレム五体と一緒にその辺をお散歩している。

 四人がテーブルについてお茶を飲み始めると、程なくしてナナナシアから篤紫のスマートフォンに着信が入った。


「どうだ、問題なく終わったのか?」

 篤紫が話しかけると、電話してきたにもかかわらずナナナシアは、一向に話を始めなかった。


「どうしたんだ、ナナナシア?」

『……えっと……あのね。駄目だったの……できなかったのよ、修復』

 しばらくしてから返ってきた答えに、篤紫は思わず首を傾げた。


「何でだ? 竜人族のみんなは、全員ここにいるはずだぞ」

『そうなんだよね。地上にいる生き物は人間族と魔族だけでなく、動物や魔獣も停まっているんだよね。だから、地上では自然の動きも停まっていたと思うのよ。

 例外は、ここの地下空間だけなのよね……』

「ドラゴンは関係ないんだろう? これだったら、竜晶石に先に行った方が良かったのかもしれないな」

『そうなのよね。竜晶石ならその空間の真ん中に行くだけだったのに』

「……待て、何か引っかかるぞ。竜晶石……あ、竜晶石かっ!』

 突然篤紫は忘れていたことを思い出した。思わず篤紫はスマートフォンを耳から離した。


「どうしたの、篤紫さん?」

「いや肝心な人たちを、すっかり忘れていた」

「……もしかして、竜晶石かしら?」

「確か、王位を持っている竜人が竜晶石にいるって言っていなかったか?」

「あ、おとうさん。竜晶石なら、さっきセイラさんが言っていたよ。

 竜晶石にいるライラお姉さんも、ここに連れてきてあげたかったって」

 夏梛の一言に、篤紫と桃華の動きが止まった。

 そういえば、竜晶石の元にある王領にいるのは、白竜系の竜人族なんだっけ。すっかり忘れていてた。まだ竜人、あそこにいるじゃん。


 篤紫は恐る恐る、スマートフォンを耳元に持って行った。


「なあ、ナナナシア。もしかして俺たちみんな見落としていた?」

『ええ……そうみたいね。結局真ん中の竜晶石に行かないとならないのなら、最初からあっちに行った方が良かったわね』


 そうして結局、篤紫と桃華は竜晶石を目指すことになった。

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