八十八話 白竜領

 翌朝、朝食を食べたあと黒竜領を出立ちすることにした。相変わらず街が広く、領壁の門まで来るのに既に五十キロ位は移動したと思う。


『この馬車を持って走ればいいのね?』

 目的地の白竜領までの距離を聞いたら、セイラが速く走って三時間くらいかかると教えてくれた。緩い駆け足程度でも時速百キロ位は出ていたので、速く走るの基準速度が全く見当が付かない。

 さすがの篤紫も走るのを諦めて、運んで貰うことを選択した。


「お願いするよ。さすがにこのあとの移動距離を考えたら、自走で付いていくのは愚策だと思った」

『でもすごいわよ。宿屋からここまでずっと走って付いてきたじゃない。体の大きさから考えたら、とてつもないことなのよ?』

「魔道具のおかげだよ。さすがに地力だとセイラさんの徒歩にすら、追いつけないよ」

 篤紫は思わず苦笑いを漏らした。

 桃華とヒスイは先に大樹ダンジョンの中に入っている。そのままセイラに手を振ると、馬車の後ろ扉から大樹ダンジョンに入った。




「すごい、すごいよおとうさん。外に出られないのが悔しいくらい」

「確かにねぇ。ずっと見ていたけれど、あんなに大きな人間初めて見たわ」

「人間じゃなくて、竜人な」

『外でも動けるようになったら、我もしっかりと話をしてみたいものだな』

 大樹ダンジョンに入ると、夏梛とペアチフローウェルが興奮しっぱなしだった。考えてみれば、二人と一匹が中でずっとモニターで外の様子を見ていたんだった。

 って言うか待って、さらに小さいオルフェナが話しかけて、果たして反応してもらえるのか?

 オルフェナにしても、竜人族にかなり興味があるようだった。


 馬車の外にもカメラを追加してあるので、外の様子がモニター越しに見える。

 今も流れていく景色が、新幹線並みに早い。


 黒竜領を出発して、街道が緩やかに弧を描いていることが分かった。目をこらしても草原と森以外全く見えないけれど、恐らく竜晶石を中心にして円を描くように竜人族の領地が配置されているのだろう。

 三十分ほど走った頃から、正面にとてつもなく大きな壁が見えてきた。単純にさっきの黒竜領の三倍ほどある壁が行く手を塞いでいる。


 セイラが減速して、開け放しになっている門をくぐった。建物の大きさからすると、どうも青竜領に入ったような気がする。

『青竜領に入ったけど、急いで通過するわね。もう一ヶ所、緑竜領を通った先にあるのが私の住む白竜領よ』

 青竜領の街中を距離にして百キロ位走ると、再び門から街道に出た。今回はモニター越しに見ているので気にならないけど、実際に足で走って通過するときっと物の大きさに圧倒されていたと思う。


 そんな流れでセイラに運ばれること三時間、白竜領に辿り着いた。

 たぶん計算すると八百キロ位進んだんじゃないかな、三時間で走って進む距離じゃないよね?




「待って、何か妙な煙が上がっていないかしら?」

 大樹ダンジョンのモニター越しに、白竜領の領が見えてきた頃、街のあちこちから黒煙が立ち上っているのが見えてきた。心なしか、セイラの駆ける速度が上がったような気がする。

 今は左手で胸の前に馬車を持って走って貰っているのだけれど、明らかに腕の動きと胸の動きが激しくなった。


『なんで、何があったのよ!』

「セイラ落ち着いて。慌てずに状況を把握しないと駄目よ」

 声が激しく動揺している。ただ当たり前だけど、篤紫たちは馬車を地面に下ろして貰わないと外に出ることができない。慌てているセイラには、桃華の声が届いていないようだった。


 そのまま門をくぐると、街が激しく炎を立ち上げて燃えていた。建物の殆どが破壊されて、瓦礫の街と化していた。セイラが動くたびに画面も動いて、じっくりと状況の把握ができない。


「ねえセイラ、私達を下ろして貰えないかしら?」

 御者台の裏にスピーカーを設置してあるので、桃華の声は聞こえているはず。それすらも耳に入らないのか、そのまま瓦礫を越えて走り始める。


「篤紫さん、何とかならないの? セイラに声が届かない」

「今の状態でも無理矢理外には出られるよ。でも、魔神晶石が回収できないから馬車を魔神晶石に戻すことができない。

 それに、移動中のセイラさんはこんな足場でもかなりの速度が出ている。飛び降りたとしても無事に着地できる見込みがない」

 話をしている間にも、セイラは何かを探して駆け回っていた。昨日の話だと、白竜系の竜人族のうち、半数はここの街に住んでいると言っていた。もしかして、その人達を探しているのか……?


 竜人族の領都を三つ経由してきて結果、都市の基本構造は共通していることが分かった。面積規模の割に家が大きいため、実際に建っている戸数はそれほど多くない。家は多くても、千戸程度しか建っていないらしい。

 振り回されるようなモニター画面の中、倒壊している家屋は竜晶石に近い中心部だろうという目処も付いた。


『お母さんっ、どこにいるのっ!』

 悲鳴のように叫びながら、セイラが瓦礫の間を駆け回る。まだ無事に建っている建物を覗き、一生懸命に駆け回る。その姿を大樹ダンジョンの中で、歯がゆい思いで見るしかできなかった。



 ズガーンッ――。


 大きな音とともに突然、モニターに映っている視界が回転を始めた。

 桃華が、大樹ダンジョンの入り口に向かって駆けだした。


「ヒスイ、桃華と一緒に――」

 篤紫が顔を向けると、既にヒスイは桃華のあとを駆けていくところだった。さすが、思考を読んでいるだけのことはある。思わず篤紫は苦笑いを浮かべた。

 ヒスイを見送ってから、未だに安定しない景色を見つめる。

「くっ、ドラゴンかっ!」

 わずかに映った空には、巨大なドラゴンが大量に旋回していた。馬車がセイラの手を離れて、瓦礫に突っ込んだようだ。左を下にして横転した状態になった。

 倒れたセイラに向かって、ドラゴンが降下してくるのが見えた。ライラは気を失っているのか、一切動いていない。

 やばい。これはセイラ危ない!


「ペアチェ、桃華かセイラさんの位置は把握できるか?」

「ええ、大丈夫。桃華ならここからでも問題なく把握できているわ」

 桃華がセイラに駆け付けて、空を睨み付けているのが見える。


「セイラさんごと、ゲートでここに引き込めるか?」

「……無茶を言うわね、やってみるわ。人命がかがっているもの」

「夏梛はペアチェのサポートを。中にセイラが来たら、治癒を頼む」

「任せて、治癒魔法でも回復魔法でもドンと来いだよ」

 いつの間にか、この世界に存在していない回復魔法を使えるようになっているのか。確かペアチフローウェルが使えたはずだから、お互いに治癒魔法と回復魔法の概念を交換したのか。すごいな、本職の魔法使いたちは。


 篤紫は、魔道銃を抜きながら大樹ダンジョンから外に飛び出した。




 外は凄惨な状態だった。実際に自分の目で見てみると、どれだけ被害が凄いのかが分かる。

 建物が大きいだけあって、瓦礫の量が半端ない。隙間が多いので、気を付けないと瓦礫の隙間に落ちそうだった。

 火災の原因はドラゴンが吹き出した火炎弾か。高熱で建物を溶かしたついでに、しばらく熱量が下がらないのだろう。くすぶって、あちらこちらに引火していた。


 セイラに目を向けると、ペアチフローウェルが創り出した闇のゲートに沈んでいくところだった。体中が火傷で真っ赤に焼けただれていた。転けた時にぶつけたのか、頭から血を流している。

 そしてあっという間に、セイラが視界から消える。闇のゲートも一瞬で消滅した。あとの治療は、夏梛とペアチフローウェルに任せるしかない。


 空を見上げると、さっきモニター越しに見えていた、巨大な白いドラゴンが視界いっぱいに広がっていた。セイラに噛みつこうとしていたのだろう。まんまと標的を失って、口を半分開けて戸惑っているようだ。

 そのまま一旦、上空に再び舞い上がるために、翼を大きく羽ばたこうとしていた。

 その脳天に銃口を向けて、撃つ。


 パシュンッ――。


 込めた魔力は十万。

 圧縮された魔力の弾丸は、上向きになっていた顎に着弾すると、フラッシュのような光とともに、首の中程までを一瞬で消滅させた。

 首の断面から一気に血が噴き出す。白い巨体はあっさりと全ての力を失い、篤紫の頭上を通り抜けて、かなり離れた場所の瓦礫の山に墜落していった。

 轟音とともに、巨体で砕けた瓦礫が砂嵐のように上空に舞い上がった。


 激しい風が吹き抜ける。風は、篤紫の深紫のロングコートの裾を盛大にはためかせた。


 ドラゴンどもが街を破壊している現場に遭遇したのは、これで二度目。

 前回強力な戦力として、ドラゴンを圧倒的な力でもって駆逐したメンバーは今ここにいない。それどころか、シズカ、ユリネ、タカヒロ、カレラ、リメンシャーレは帰郷先で、この謎世界に蔓延している存在停止の影響で連絡すらつかない。


 強大な魔法が使える夏梛とペアチフローウェルも、存在停止の影響を受けるため大樹ダンジョンから外に出られない。

 もっとも二人は、セイラの治療で今は手が離せないはずだ。



「篤紫さん。準備できたわよ、反撃ね」

 篤紫の隣に、桃華が忽然と現れた。

「ありがとう桃華。生存者は?」

「安心して。ペアチェちゃんの活躍で、みんな既に大樹ダンジョンに避難済みよ」

「ははは、あとでペアチフローウェルにお礼を言っておかないとだな」

 桃華の最大の武器は時間停止。

 その力で、怪我人を探し出して、ペアチフローウェルの力で大樹ダンジョンに転送させていたのだろう。有り難い。


 篤紫と桃華の視線の先には、おびただしい数のドラゴンがいて、空を埋め尽くしていた。

 怪我人がいなくなって、標的がいなくなったことに戸惑っているのか。すぐに下りてくる様子が無かった。ただ街を壊した罪と、竜人達を襲った罪は命をもって償ってもらわないといけない。

 

 さあ、蹂躙開始だ。

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