七十六話 動き出した時間

 正直、あの時やったコマイナの権限改変が、こんな所にまで影響を及ぼしているとは思わなかった。ただ、そうなると行き先は恐らく一つしか無い……。


「「なあ」」

 篤紫とレイスの声が被った。当然ながら、二人とも喉元まで出ていた言葉を思わず飲み込んでいた。

 目を見ると、レイスも同じ事を考えている事が分かった。


「悪い、先にいいか?」

 篤紫は頷く。レイスはそのまま振り返ってクレーターに背を向ける形になった。見つめる先は、アーデンハイム王国の方向か。

 馬車から、夏梛とリメンシャーレ、ペアチフローウェルが仲良く出てくるのが見えた。


「行くべき場所は、たぶんオレが最初にこの世界に下り立った場所だと思う。

 ポルナレフと娘のメルディナーレを助けてもらった場所から、それ程遠くなかったはずだ」

「奇遇だな。俺もこの世界に来たときに、たぶん同じ場所に下り立ったはずだよ」

「つまり……そこが恐らく、オレたちが目指すべき場所だと言うことか……」

 振り返ったレイスは、いい顔で笑っていた。

 篤紫達三人も、物語通りにあの森の中に転送された。つまりあの場所が、言うなれば原初の場所ということになる。


「ただ問題は、あの場所がちょうど王都と辺境伯領のちょうど中間点だと言うことか。

 今回は、ペアチフローウェル殿の使ったダークケートが使えないのだろう?」

『さすがに、私が行ったことがない場所には、ダークケートを繋ぐことは出来ないわ。でも一度行けば、全部解決するわよ』

 話を聞いていたペアチフローウェルが、篤紫との話に加わった。

 結局、空を飛んでいく話にまとまって、夏梛とペアチフローウェルが仲良く空の彼方に消えていった。




「しかし夏梛殿は、翼無しで空が飛べるとは……臣下から飛来したという話は聞いていたが、実際に目にするともの凄いことだな。

 篤紫殿の世界では、みんな空を飛べるのか?」

「飛べるのは夏梛と、ここにはいないがもう一人の娘の麗奈だけだな。他は飛ぶことも、さらには空間を転移することすらもできないよ」

「篤紫殿の娘は、優秀なのだな」

 思わず篤紫は苦笑いを浮かべた。娘はもう二人いるけれど、さすがに天使二名は娘であっても人間じゃないので、このカウントから外れるよね。


 ペアチフローウェルが空けたダークケートを経由して、馬車が襲われていた街道まで移動した。

 馬車は篤紫が収納し、森に入って歩いているのは五人だけだ。

 篤紫、夏梛、リメンシャーレに、レイスとペアチフローウェルの、恐らく最後のイベントに必要な最低限の人数に抑えた。王妃や王女を含めた、アーデンハイム王国の避難民と魔王国の民は、馬車の中にある大樹ダンジョンでくつろいでもらっている。

 ちなみに人数にカウントしなかったけど、ヒスイは篤紫のすぐ後ろを、一歩半を維持して付いてきていた。




 川沿いを上っていくと、対岸の森に一つ目巨人が等間隔で立っていた。

「ここは、見覚えがあるな。オレが川の水を飲んでから川を渡ろうとしたら、あの巨人が岩を投げてきた。

 派手に水を被って、慌てて服を乾かしたのがつい最近のような気がするな」

 レイスが川面に近づき、渡るそぶりをした。それに呼応して、一つ目巨人が足元の大岩を持ち上げる。川から離れると、一つ目巨人は岩を足元に下ろした。


「ただなあ……これだけ巨人がいると、どこから森に入っていいのかが分からん」

「それなら大丈夫だと思うよ。わかりやすい目印があるはずだから」

「そうか。頼むぞ、篤紫殿……」

 小一時間森を進むと、川の対岸が開けた場所に出た。あのとき投石で吹き飛ばした木の葉が、少しだけ若葉を茂らせていた。一つ目巨人は、やはり復活して全身が見える状態で佇んでいた。


「あ、ここだね。おとうさんが倒したサイクロプスが復活しているね」

「ここから森に入って、一時間程歩いた先が目的地ですね」

 篤紫が一つ目巨人を見ると、心なしか怯んだように見えた。

 いや、怯えているな。ガタガタと震えている。篤紫が石を拾うと、必死の形相で後ろに下がろうとしていた。体の自由が利かないようだ。

 篤紫が川に石を投げ入れると、一つ目巨人はその場で大きく跳ね上がった後、白目をむいて、立ったまま気絶してしまった。ごめん。つい……。


「篤紫殿は、あの一つ目巨人に何をしたんだ?」

「えと……普通に倒しただけ?」

「なんと、あれを倒したというのか。相変わらず、すごいのだな……」

 レイスに妙に感心されながら、篤紫達一行は森に分け入った。


 あ、こら。ヒスイ。一つ目巨人に石を投げてはいけません。ヒスイはコクンと頷くと、トテトテと篤紫の後を付いてきた。

 一つ目巨人の上半身は音もなく、再び上半身が吹き飛んでいた。篤紫は、何も見なかったことにした。




 一時間ほど歩いただろうか、何だか見覚えがある広場に辿り着いた。

 その広場の真ん中に、一体の妖精が浮かんでいるように見える。念のため、全員が武器を構えた。さすがにここで全滅だけは避けたい。


「……あっ、篤紫君……えっ?」

 全員が警戒しながらゆっくりと近づくと、向こうが気がついたようだ。近づいてこようとして、みんなが武器を構えていることに気付いたのだろう。その場で固まった。

 篤紫は全員を静止させ、一人でゆっくりと近づいた。


「何でお前は俺の名前を知っている?」

 魔道銃の銃口を向けたまま、茂みから体を出した。

「えっ、だって篤紫君だよね? 桃華の体の中にさっき入っていったから、私も追いかけてきただけだよ」

「はっ? お前誰だよ」

「えっ? ナナナシアだよ。久しぶりに実体化したから、忘れられちゃったのかな……やっぱ私って影が薄いんだね」

 うん。ナナナシア・コアだ。この何だかウザい感じは間違いない。


 篤紫は銃口を下ろすと、ホルスターに収納した。

 周りで警戒していた四人も、構えていた武器を下ろした。後ろを見ると、相変わらずヒスイだけはすぐ後ろを付いてきていた。


「いやちょうど良かった。この世界から外に出る方法を教えてくれないか」

「なんで。さっき中に入ったばかりじゃない。

 ……えっ、ちょっと待って。何でここにバグの大本が全員集合しているのよ?」

 茂みからレイスとペアチフローウェルが現れると、ナナナシアは目を大きく見開いた。


「やはり、オレは異常だったのか。予想はしていたが……」

『待って、私も異常なの? でもまあ、勇者と戦わなかった魔王なんて、私が初めてかもしれないわね。納得だわ』

 ヒスイも一緒に頭を縦に振っている。そうか、ヒスイも魔神なんだもんね。


「それで、どうすれば外に出られるんだ?」

「そんなの簡単よ。見たところ、ここの三体以外はバグが何故か無くなっているから、ここの三体を消せば自動的に追い出されるわ……ひっ!」

 強烈な殺気がナナナシアを襲った。宙に浮かんでいたナナナシアは、その場で墜落して顔を真っ青にして震え始めた。

 篤紫は大きくため息をついた。何故かヒスイを腕に抱いて。


「あのな、簡単に消すとか言うからだよ。彼らはちゃんと、外に連れて行くよ。

 何か方法はないのか?」

 篤紫が目配せをすると、レイスとペアチフローウェルが殺気を押さえてくれた。


 ただ実は、一番強烈な殺気を放っていたのは、ヒスイだった。

 ヒスイの殺気はエネルギーの塊になって、篤紫を一瞬押し出した。同時にヒスイの殺気が止まった。篤紫を傷つけるのはヒスイの中で禁忌だったようだ。

 篤紫は可哀想なほどに項垂れていたヒスイを、思わず抱き上げていた。


「なな、ないことは……ないかな。だだだ、ダンジョン……コアで」

「落ち着けって。俺の名にかけて、ナナナシアを襲わせないから。

 レイスもペアチェも、俺の顔に免じて矛を収めてくれ」

 篤紫が声をかけると、険しい顔をしていた二人が、大きなため息をついた。張り詰めていた空気が和らいだ。


「ごめんなさい、私が迂闊だった。許してください………」

「もういいよ。それで、ダンジョンコアがどうしたって?」

 落ち着いたヒスイを下ろして、やけに萎縮してしまったナナナシアを手のひらにすくい上げた。

 そういえば、夏梛とリメンシャーレは……気絶してるよ。


 どうやら夏梛もリメンシャーレも、三人の殺気にあてられたらしい。そう考えると、篤紫は異常だった。ヒスイの殺気なんて、ナナナシアですら萎縮させているというのに。

 今は、ペアチフローウェルが慌てて二人を抱き起こして、呼吸しやすいように体勢を整えて、回復魔法をかけているところだった。回復の光が黒くて何だか怖い。


「あ、あのね。ダンジョンコアでダンジョンを作って、そこの三人が中に入るの。それを篤紫君が収納すればいいのよ。それだけで隔離できるの。

 でも、この世界にはダンジョンもダンジョンコアも存在していないから、選択肢に入れることができないのよ……」

 篤紫の手のひらの上で、膝を抱えたナナナシアが大きく俯いた。


 篤紫は思わず、足下に立っているヒスイと顔を見合わせた。当然ながら、ヒスイは大きく頷いてくれる。

 普通に移動式のダンジョン、持っているよね。


 さて、馬車と大樹の魔石を出しますか。

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