戦車マニア
ララたちがプリンを食べ終わり他のメンバーが飲料でのどを潤した頃、黒いブーメラン型の戦闘機が二機垂直に上昇していった。そして一両の、大型の戦車が地面より浮上してきた。
「来た来た。これを待ってたのよ」
戦車の登場にはしゃいでいるのはミスミス総統であった。
その戦車はやや特異な出で立ちだった。
多砲塔戦車。
すなわち車体中央に大型の主砲塔、車体前部にはやや小ぶりの旋回砲塔が搭載されていた。車体は平坦な装甲版を溶接して組み上げられており、大戦期のドイツ軍戦車のような趣があった。
「姉さま。戦車であれば帝国軍のクナールを使用されたら良いと思うのですが」
「ララさん。帝国のクナールは空を飛ぶ戦車なの。でもね。そんな便利なものは本来戦車じゃないのよ。私は地球の兵器に触れて、帝国のぶっ飛んだ技術力には感嘆したものの、そんなんじゃ全然面白くない事に気づいたのよ。私が求める究極の戦車の原型はドイツにあったわ」
「それはティーガー重戦車でしょうか」
「ティーガーね。あの重戦車にも興味はあるけど、最もそそるのは超重戦車と言われているマウスよ」
「マウスですか。どこかの博物館に展示されているらしいアレですね」
「モスクワ郊外にあるクビンカ戦車博物館よ。現車があるってだけでも驚きだわ」
「モスクワでしたか」
「そう、モスクワよ。かつての敵国で見世物になっている彼の無念を思うと涙が止まらないわ」
「姉さま。そんな話は……」
「いえ、重要なの。戦車はね。戦ってこそその存在価値を発揮できるのよ」
「ええ。そうですね。武人としての矜持であればその通りであると考えます」
「ありがとうララさん。元々ドイツ軍の戦車は優秀だったのよ。機動性に優れ集団戦術に秀でていたの」
「はい」
「それが、おかしくなったのは、そうね。バルバロッサ作戦でソ連のT-34に遭遇してからなの」
「この物語の第12話に登場していますね。T-34」
「そうよ。
「溶接よりも鋳造の方が先進的だったのですか?」
「当時は溶接の技術が未熟だったの。だから隙間があったり、リベット止めしてあったりしたのよ。特にリベット止めの装甲は被弾の際リベットが飛んで乗員を殺傷したの。旧日本軍の戦車は致命的だったわね」
「大和級戦艦の装甲もリベット止めだったと聞いております」
「そうね。魚雷攻撃などに装甲版自体は耐えたとしても、その継ぎ目から破壊されたの。でもね。それは現代の技術を知っているから出てくる欠点であり、当時としては最高の技術だったのよ」
「それはそうですが」
「話がそれたわね。機動性に優れていたドイツ戦車がT-34に遭遇した。そして分不相応な重戦車に手を出したの」
「ティーガーですね」
「そう。ティーガーよ。簡単に言えば、当時最強の火力と装甲を備えた最強の戦車だった。しかし、その過大な重量を支える技術が不足しており、故障ばかりで使えないポンコツでもあったの」
「稼働率が低すぎたわけですね」
「そうよ。使えないティーガーを超える超重戦車も開発された」
「それがマウス」
「ええ。ティーガー……虎を超える戦車がマウス……ネズミっていうのが笑えるネーミングセンスなんだけどね」
「確かに」
「でもね。使えない=悪だとは思わない。常に最強を目指す姿勢には敬意を表するわ」
「そうですね。それには同意します」
「80センチの列車砲を自走砲化するとかいうバカげた話もあったみたいだけどね」
「列車砲自体が巨大な玩具です。それを自走砲化するなど、いくら何でも荒唐無稽なのでは?」
「そうね。実用化されたドイツ軍最大の重戦車がヤークトティーガー。128㎜砲を搭載していたわ」
「当時としては過剰な口径ですね」
「ええ。そして試作型として最大なのがマウスよ」
「Ⅷ号戦車ですね」
「ヤークトティーガーと同じ128㎜砲を搭載しているわ。しかも旋回砲塔に」
「デカすぎでは?」
「そうね。さらに、主砲と同軸に75㎜砲と7.92㎜MGも搭載している」
「多砲塔型にはしなかったのですね」
「多砲塔型は欠点が多すぎたのよ。第二次大戦前は各国が試作していたのだけれど、殆ど採用されなかったわ」
「何となく理由は分かります。防御力が犠牲になるからですね」
「そうよ。わざわざ弱点を作る必要なんてない。それよりは複数の車両を連携して運用する方が効率がいいの」
「当然ですね」
「だからマウスも多砲塔は採用していないわ」
「それでも重量過多だった」
「そうよ。重量は188tもあったから、渡れる橋梁がなかったの」
「渡河はどうしたのですか?」
「シュノーケルを付けて潜水するのよ」
「潜水ですか?」
「ええ。でも二両セットでないと渡河できなかったの。マウスはポルシェ式の電動駆動を採用していたから、一両が地上で発電し電気を送る。受けた電気で潜水渡河し、向こう岸で発電して電気を送りもう一両を渡河させるという方式」
「なんだかややこしい」
「そもそもポルシェ式の電気駆動ってのがややこしいわね。エンジンと発電機を直結してその発電機から得た電力で駆動する方式よ」
「すごくややこしいんですが、どんなメリットがあるのですか」
「電気駆動にすることで故障の多いトランスミッションを省略できるのよ。ピストンエンジンに比較して、電気モーターの方がトルクを発生できる回転数域が圧倒的に広いの」
「つまり、ロー、セカンド、サードと変速しないで直結のまま走れるわけですね」
「そうよ。ただしデメリットもあるわ。通常ならエンジンとトランスミッションで構成される駆動系が、エンジンと発電機とモーターでの構成になるの。これは重量的に不利なのよ」
「冷却系も相当な負担がありそうですね」
「そうね」
「ところで目の前にいるこの戦車なんですが、件のマウスとはかなり様子が違う気がします。多砲塔ですし」
「いい所に気が付いたわね、ララさん」
「姉さま。これは何ですか?」
「これはね。試製超重戦車オイよ」
「試製超重戦車オイ??」
「旧陸軍の戦車よ。オイ車として試作計画はあったの。主砲は150㎜砲で副砲に47㎜砲を搭載する予定だった。重量は150tを予定していたわ」
「計画だけだったのですか?」
「いえ。実際に試作は行われていた。でもね。ドイツでティーガーやマウスがあんな状況だったのに、技術的に劣る日本でアレ以上のものは作れないわ。車体部分の試作はされたけど試験段階で故障してそのまま解体されたらしいわ。専用に作られた大型の
「その試製超重戦車オイを復活させたのですか?」
「ええそうよ。アルマ帝国が誇る超技術者のドクターノイベルトとその弟子ドクターゲープハルト……いやノラベル将軍とゲップハルト隊長に命じて制作させたわ」
「それで完成したのがこの試製超重戦車オイなんですね」
「そうよ。主砲は150㎜滑腔砲。副砲に47㎜速射砲を使っているわ。このオイ車の車体と武装を流用してでっち上げたのがあのハイペリオンね。もちろん、本物のハイペリオンとは似ても似つかない駄作なんだけど」
「20話で出てきたガンタンクもどきですね」
「そう。私の恋焦がれる歴史的名機をあのような駄作に作り替えるとは許しがたいわ。本物が偽物を撃破してあげる」
ミスミス総統がフワリとジャンプして試製超重戦車オイの上に飛び乗る。
後方からはガンシップがさらに二機浮上してきた。ゲップハルトの乗り込んだガンシップと合わせ、三機編隊を構成し上昇していく。
轟音を立て動き始めた試製超重戦車オイ。
その主砲はまっすぐにショッピングモール朱雀の方へと向いていた。
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