第19話 追跡

 翌日、頼んでいたガラケーの充電器が届き、指定していたコンビニへ取りに行った。

 家に届くと家族に詮索された場合に面倒だからだ。

 充電完了し、画面を開く。

 和也には了解を取ってあるので、メールや着信履歴をチェックした。

 和也はあまり使っていないと言っていたけれど、水越明子は、自身の実母と学校関係の知り合いに対しては、ガラケーのキャリアメール、ショートメールでやり取りしていたらしい。

 ただし、4、5年前の日付が多い。

 スマホを持ってからはSNSに移行したのかも知れない。

 勤務先のスーパー・イソヤマでは仲間との飲み会やランチ会は無かったと言っていたけれど、こっちには、誘いはもちろん、明子自身からの呼びかけもあった。

 他にもPTAの活動、朝の旗持ち当番、夕方のパトロール当番、舞や和也の部活と、学校関係の連絡が沢山やり取りされていた。


 その中で『桂崎美由紀(和也・小学校)』のメール内容は毛色が違った。

『怒りに任せるのは良い結果を生まないと思うよ。子供達の事を考えるなら、もっと慎重に行動して。私で良ければいつでも愚痴は聞くからね』

『お互い前を向いて頑張ろう』

 明らかに離婚の相談をしている。かなり親しい間柄だったはずだ。

 この人のメールは4年前を最後に切れていた。

 この名前。

 この前、見せてもらったファイルに書いてあった気がした。

 別の日、僕らはまた和也の部屋で会議を始めた。

「かつらざきさん、かあ。知らないなあ」

 和也は小学校の卒業アルバムを引っ張り出して探している。

 僕はこの前見た、桂崎という名前が載っているプリントを見つけた。各PTAを紹介する内容だった。

 この年は、桂崎美由紀が小学校のバザーを担当するPTA役員の委員長、水越明子が副委員長だった。

「あ、いたいた。やっぱり覚えてないや」

 和也が桂崎翔太と記載のある、イガグリ頭の男の子の写真を指して言った。

「途中で転入してきたのかな。母さんはこの子のお母さんと仲が良かったの?」

「間違いないと思うよ。ここは和也が桂崎さんに電話して、何か知らないか聞いてみて欲しいな」

「えっ。電話すんの!?……話せるかな」

 和也は絶句した。

 僕らの捜査には、いちいち壁が立ち塞がる。

 昔は卒業アルバムに住所録が載っていたと聞いた事がある。今は個人情報保護法があるから、個人を特定出来そうな情報は載って無い。

 ガラケーに桂崎美由紀の家の固定電話と携帯の番号が登録されていたので助かった。

 僕らは電話の受け答えの想定問答を作り、和也が練習した後、問い合わせに入った。

 平日の17時半。

 居るだろうか。

「緊張する……」

 和也が自分のスマホを出して、意を決して電話をかけた。

 最初は固定電話の番号にした。

「……あ、桂崎さんのお宅ですか?……突然すみません。……小学校で翔太くんと一緒だった水越和也です。はい。あ、お久しぶりです。突然で申し訳ないのですが、僕の母の事でお聞きしたい事がありまして、桂崎美由紀さんはいらっしゃいますか」

 和也はここまで詰まる事なく、淀みなく喋った。

「え?……は、はい。……わかりました。すみません、でした」

 段々としどろもどろになり、僕に目配せするも、電話は終了してしまった。



「どうした?まだ帰ってないって?」

「……違う。亡くなったんだって」

「え?」

「4年前に亡くなったんだって。桂崎美由紀さん」

 亡くなった?

 想定外の出来事に、二人とも思考がフリーズした。


 ピリリリリリリ……。


 僕と和也がお互いを見つめて立ち尽くしていると甲高い携帯の着信音が鳴った。

「……和也、電話」

「僕じゃないよ。要さんのじゃない」

「僕のはバイブにしているから」

 と、自分のスマホを見て、充電してあるガラケーが目に入り、驚愕した。


 ピリリリリリリ……。


 水越明子のガラケーが、鳴っている。

 二人して息を飲んだ。

 画面にはただ『あかねちゃん』と出ている。

 ホラーか、これは。

 僕は思い切って電話に出た。

「はい」

「……水越さんのお電話ですか?私は桂崎あかねといいます」

 桂崎美由紀の娘からの電話だった。

「さっきは弟がすみません。ウチの電話、ナンバーディスプレイ契約してなくて。水越さんからの電話だと聞いたので、こちらに掛けさせて頂きました」

 僕はすぐに和也と替わった。

 桂崎美由紀の娘、あかねは、水越明子の事を知っていた。

 けれど、亡くなっていたとは知らず、とても驚いていた。こちらの事情を話すと、電話ではなく、会って話がしたいと言うので、僕らは後日、鉄道ターミナル駅のカフェで待ち合わせる事にした。


「もしかしたら、契約解除してなかったのかも……」

 電話が終わると和也は青ざめたまま言った。

「そんな事あるの?3年間、料金払いっ放しだって事?」

「多分。格安スマホは母さんの口座から引き落としだったから、契約切ったのは知っているけど、データ通信だけだったんだよ。キャリアメールと音声通話は ガラケーで、父さんの口座のままだったんだ。何しろ皆、バタバタしていたから、忘れてたんだと思う。それか、父さんが姉ちゃんに遠慮してそのままにしてたとか」

 度肝を抜かれたけれど、それで連絡が取れたのだから良しとして、この日の「会議」は終了した。



 待ち合わせる日は平日の夕方だった。桂崎あかねは看護師をしていて、平日に休みがあると言う。

 あかねは目印に青い麦わら帽子を被り、弟の翔太は制服で来ると言っていた。

 遠目からでもその帽子と制服の高校生の組み合わせは目立って、すぐにあかねと翔太だとわかった。

 先へ行く和也の後ろを歩きながら、僕は嫌な予感がしていた。

 何か違和感を感じる。

 こういう時は、必ず、事前に何か見ている時だ。

 違和感の正体は、カフェに入り、自己紹介をした時にわかった。

「兄もいるんですが、今日は仕事で来れなくて。すみません」

 3人きょうだい。

 ……やっぱりか。

 僕には、詳細を話していなくても展開がある程度読めた。

 問題は、どうしてそうなったか、だ。

 桂崎美由紀は4年前、駅前の高層ビルから飛び降り自殺をしている。

 なぜなら、この3人きょうだいが、花を現場に手向けているからだ。

 以前、僕は3人に遭遇している。

 向こうは知らない。

 だから僕も知らないフリをする事にした。


 あかねが会いたいと言った目的は二つ。

 一つは、息子の和也に直接お礼が言いたかったから。

 桂崎家は翔太が小学4年生を修了した春休みに引っ越して来た。

 離婚に伴う引っ越しだった。

 翔太が5年生に進級し、PTAの役員を決める際、美由紀はクジ引きでバザーを担当する学年委員になり、更にジャンケンに負けて委員長になってしまい、副委員長になった水越明子が随分助けてくれたそうだ。

 和也と翔太はクラスが別だった為、お互いを認識していなかった。

 美由紀が亡くなった後、きょうだいは親戚に頼らず、自分達で生きていこうと決めた。

 美由紀が貯金をはたいて買った戸建ては保険が出てローンは残らなかった。

 明子は、そんな子供達を気遣って、何度か手土産を持って訪ねていた。


 会う目的の二つ目は、水越明子の死について。

「お話を聞いた時、びっくりしましたけど、おかしいって思いました。私達の母は、実は、自殺しているのですけど、それから一年後に水越さんが死ぬなんて、あり得ませんよ。母の死も今になってみるとおかしいと思う事が出て来て」

「原因は何だったんですか。遺書はあったのですか」

 僕は一番気になっていた事を聞いた。

「遺書は無かったんです。衝動的な行動だろうと……。お医者さんは、母が離婚を後悔してて、将来を悲観して鬱状態だったって言うんです。普段でも衝動的に死にたくなる事があると相談してたそうです。でも、家では、そんな感じはありませんでした。悩んでいるのを表に出せない様子だったとも言われましたけど、私はその時期、あまり母と話してなかったので……、よくわからなくて」

「病院に通っていたんですね」

「ええ、と言っても、一年くらい産業医に相談していたみたいなんです」

「産業医?」

「仕事先のお医者さんです。そこは相談だけだったので、睡眠薬とか精神安定剤の処方は、亡くなる一ヶ月前に、そのお医者さんがいるクリニックで初めて出してもらったみたいです。でも、水越さんとも話したんですけど、確かに愚痴は言っても、思い詰めてる感じじゃなかったって」

「お仕事は何をされていたんですか」

「配達です。ワタベ運輸っていう、この辺じゃ大きい運送会社なんですけど」

 ワタベ運輸。

 頭をガツンとやられるくらいの衝撃が走った。

 細かい事はわからないけれど、何か得体の知れない物が蠢いている気がした。

「母が亡くなってから、水越さん宛の封筒を見つけて渡した事かあったんです。封はしてなくて、ちょっと中を見たら離婚関係の書類でした。母も離婚していたから水越さんの相談にのっていたんですよね。でも、もしかしたら、その中に何か、別の物が入っていたんじゃないかと思うんです」

「……別の物って、何でしょう」

 和也が小声で聞く。

「わかりません。想像もつきませんし、全然、関係無いかもしれないですけど、もしかしたら母も、水越さんも何かを知った為に殺されたんじゃないでしょうか」

 あかねの意見はハッキリしている。けれど、俯いて悔しそうに呟いた。

「証拠は何も無いですけどね……」

「……勤め先が怪しいって思うんですよね」と、僕は確認した。

「今はそう思います。でも、私達の母親の事件はもう、終わってしまっているので、再捜査は無理なんじゃないかと諦めているんです。保険も出ましたし。だから、水越さんの事件は、ちゃんと解決して欲しいと思って今日、お会いしたかったんです」


 話し合いが終わると、和也は事件解決に情熱を傾けるのを通り越して怯え始めた。

「要さん、僕、怖くなってきたよ。さっきの話、警察に話そうと思うんだけど、どう思う?」

「話すべきだと思うよ」

 これで警察が真犯人を突き止めてくれたら僕も自首しやすい。

「付いて来てよ」

 和也が懇願するので警察署の前まで付き添った。

 親族でもない無関係な人間が一緒にいると、向こうも話しにくいはずだと言って、話は和也一人に任せた。

 本当は今の時点で僕に目を付けられたら困るからだ。

 僕の方が警察を変に警戒していた。それもこれも、密輸物受け取り人に間違えられたからだ。

 密輸か。

 誰か運ぶ人間がいなければ、それを使う人間には届かない。

 ワタベ運輸は、違法な物を桂崎美由紀に運ばせていたに違いない。


「要さん、終わったよ」

 和也が明るい表情で出て来た。

「ちゃんと話せたみたいだね」

「うん。岡村さんていう刑事さんがよく聞いてくれたよ。優しそうな感じで話しやすかった。刑事さんも、鞄に切り付けた通り魔と、母さんを刺した人物は別だと思ってるって。僕、この後は警察に任せた方がいいと思う。要さん、今までありがとう」

 和也はそう言って締めくくった。

 警察がちゃんと動くのか心配ではあったけれど、僕は反対しなかった。

 この後の追跡は一人でやろうと決めた。

 何か証拠を掴めたら、僕に有利になる。

 ただ、それだけではなかった。自分の為とは思いながら、今はもう、何が起きているのか知りたいという欲求の為の追跡だった。








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