第4話 ホールベア


 村から出る際、正門(実際に門は無いがいわゆる正面玄関のようなもの)で見張りをしているおっちゃんに声をかけられた。

 ちなみにフィルはお留守番。わざわざ危険にさらされる場所に連れていくこともない。


「お、リオード! どこに行くんだ?」

「成人したんでちょっと村の周りを散歩しに行こうと思います!」

「そうか今日が誕生日か! 気ぃつけて行ってこいよ!」

「あざす!」


 わざわざ本当のこと言う必要も無いだろう。

 ここで「ホールベアをちょっと捕獲しに」なんて言おうものなら心配かけちゃうしな。


 見張りのおっちゃんは名簿の外出の欄に俺の名前を記入した。帰ってきた時にその名前を斜線で消すことで村にいるか外にいるかわかりやすく記録している。

 俺の書かれた欄の2つ上の欄には父さんと母さんのファングとディオネの名前があった。斜線は当然まだ引かれていない。


 見張りのおっちゃんに手を振り正門を出た。


「スーーー……ハーーー……」


 父さんと母さんの付き添いで何回か出たことはあるけど、1人で出るのは本当にこれが初めて…ではないか、余計なのが2人後ろに10~15メートルの一定の距離を保ってついてきている。


「ね、ねぇリオード? あなたもしかして魔法を使えるの? そうよね? じゃないとそんな余裕の表情してないわよね?」


 魔法…魔術とも呼ばれることもあるが、一般的には生活魔法、攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、支援魔法、召喚魔法、空間魔法などの種類がある。攻撃魔法の中には更に火、水、風、土の四大元素に加え、氷や雷といった一風変わった分類の魔法を扱う者もいる。


 この世界で魔法を扱える人は多い。むしろ成人して魔法そのものを扱えない人はほぼいない。攻撃魔法が使えなくても防御魔法が使えたり、その2つが使えなくても生活魔法を使って店を開いてる人もいる。

 そして魔術にはランク…というより階級がある。

 1階級から7階級まで数字が多くなるにつれて難易度、威力、効果が桁違いに変わってくる。


 ミストレアから来た女は、俺が何かしらの一撃必殺的な魔法を隠し持っているから動揺してないんじゃないかと思っているんだろう。


 だがしかし、俺が用意した答えはただ1つ。


「俺は魔法使えませんよ」

「え……じゃあ一体――」

「しっ。穴があった」


 気づいたら山の麓まで来ていた。舗装された道はなく、獣道しかない。しかしホールベアは3メートルを超える体躯、そのホールベアの住処にしている穴は必然的に大きく、見つけやすい。


 じっと目を凝らして穴を見る。穴に続く足跡はなく、捕食する餌を運んだ血の跡はない。恐らく時間が経っていて別の場所から地上に出ているのだろう。


 俺は他に穴がないか付近を見渡した。


 ――グラッ

 視点がぶれた。

 いや、地面が揺れたから視点がぶれたのだ。


 それはつまり――


「――下かッ!!」

「ウオォッ!?」

「キャッ!?」


 俺は後ろに飛び退き膝を曲げてバネの要領で地を蹴り一気にホールベアに向かって突っ込む。そして右手を握りしめ拳を作り、狙いをホールベアの腹に定めた。


 そしてスピードを拳に乗せて、右フックを打ち込んだ。


 ――ドスッ。

 分厚い毛皮と肉を叩いた音が耳に届く。

 ホールベアは涎を撒き散らしながら俺に覆いかぶさってきた。これは別に掴みかかろうとしている訳ではなく、自分で立つことが出来なくなったから自然と俺の上に倒れかかっただけだ。


「「……え?」」


 鳩尾ワンパン。

 ホールベアが現れて一瞬の出来事。


 2人は唖然としていた。

 よくよく考えてホールベアを軽くあしらう2人の息子がそんなヤワなわけがない事くらいわかってもいいと思うが。


 俺は棒立ちの2人を他所に、自分の手の平を見つめ、この辺りでは1番厄介なホールベアをやってのけたので、意外といけると確信していた。


 いい加減重くなってきたホールベアを、20メートルほど後ろで突っ立っている2人の前へ転がした。


「どうですか? 一応生きてるはずだけど」

「…い、依頼成功よ」


 まぁぐうの音も出ないとはこの事だろう。


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