第47話 ご褒美はベッドの上で

 俺達が船でアルトについた時には、太陽は水浴びを止めて全身を空に浮かばせていた。


「ふぁー、戦いが終わったと思ったら眠くなってきちゃったわね」


 大きな欠伸を隠すそぶりも見せずに、ぐーっと伸びをするイスト。


「よく考えると徹夜だったんだな。俺も眠くなってきた」

「なら早く宿に戻って休むとしようぞ」


 皆疲れていたようであったので、早々と宿に戻ることにする。ギースはまた後日、改めてお礼をするという話をした後、別々の帰路についた。


 宿屋につくと、俺と少女達三人とで別々の部屋に泊まる。セルエストから貰った水着は一度休息をとった後に、試してみようとの結論になった。俺は小さな一人部屋に入ると、一目散にベッドに飛び込む。ふかふかした白いシーツが俺を包み込むと同時に、夢の世界に旅立った。


「おい、いつまで待たせる気なのだ」


 そんな俺を夢の世界から引き上げたのはクロの声であった。寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすと不機嫌そうなクロと、ニコニコしているエーコとイストが立っていた。いったいいつまで寝ていたのだろう、窓から外を見てみるともう辺りが暗くなり始めていた。疲れ果てていたとはいえ、長い時間眠ってしまっていたようだ、クロが不機嫌になるのも仕方のないことかもしれない。むしろよく待っていてくれたなと感心する。


「さぁさぁ、待ちきれないわよ」


 イストはベッドに両手を置いて体を乗り出してくる、間近に迫った彼女の笑顔にドキリとしながらも、ポケットから水着を取り出して皆に見せる。


「セルエストが言うにはこれを身につければ、効果が発動するらしいな」

「なら、早く着るが良い。まさか我等に着せるつもりではないよな」

「当たり前だ、今から着替えるから部屋の外に出て行ってくれ」


 俺がそうお願いすると、彼女達は首をかしげる。


「私達は別に気にしませんから大丈夫ですよ」

「自意識過剰にも程がある。お主の裸なぞに何の感情も抱かんわ」

「そんなに恥ずかしいなら、その布団の下でモゴモゴやって着替えればいいでしょ」


 何故か一方的に非難される俺。肩身の狭い思いをしながらも、布団を盾にして水着に着替える。そしてミノムシのようにもがいている俺を、クロとイストはお腹を抱えて笑っていた。いつも思うけど、ひでえよなこいつら。


「よしっ、終わったぞ。何か変わったところあるかな? 」


 黒い水着を身につけ、ベッドから立ち上がり彼女達の前で仁王立ちをしてみる。腰を回してお尻の方も彼女達が確認できるようにしてみた。


「少しだけ……」


 そうクロが呟きながら俺に近づいてくる。どの辺が変化したのだろうか、俺がそのまま立ち尽くしていると、彼女はおでこを俺の胸元にくっつけてきた。それはまるで壊れたロボットが壁に向かって直進を続けるようである。俺が首をかしげながら彼女の頭を見下ろしていると、左右からエーコとイストがふらふらと近寄って来る。


「ふへへへへ……、ヨカゼさぁん」


 酔っぱらったようなエーコの声に驚いていると、彼女は俺の右腕を脇でホールドしながら、ベッドに倒れ込む。その不意打ちにより、俺はなすがままにベッドに背面から倒れ込み、訳も分からないまま天井を見上げることになった。


「えへへー」


 仰向けになった俺の左腕にはイストがその柔らかい体で乗っかってきて、腕を動かせないようにしてきた。彼女は頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべている。


 最後に俺の腹部の上に小さな体のクロが座り込む。意識はしないように試みているが、彼女の柔らかいお尻の感触を直に受けてやましいことが頭に浮かんできてしまう。俺は唇を強く噛んで理性を保つように努力をする。


 そして、ベッドに仰向けになった俺の右腕にはエーコがしがみ付き、左腕にはイストが体重をかけ、お腹にはクロが乗っかるというマズい状態が出来上がってしまった。


「おい、皆どうかしたんじゃないのか? 」


 俺は必死に呼びかけてみるが、彼女達はひたすら酔っぱらったように笑っているだけだった。少女達を注意深く観察すると、頬を緩めて笑顔になっていてとても幸せそうである。そして気のせいであれば良いのだが、彼女達は目をとろんとさせて、まるでハートマークを浮かべているようであった。


「不味いな、早く何とかしないと」


 彼女達の様子がおかしいことは誰の目から見ても明らかである。その理由は一つしかない、先程身につけた魔導の水着だ。おそらくこれを何とかすれば少女達は元通りに戻るだろう。その為にはどうすればよいのだろう、水着を脱ぐだけで良いのか、それとも燃やしたりして破壊までやらなければいけないのだろうか。


 少しでも集中するために目をつぶって思考を巡らせていると不思議な感触が鎖骨の辺りで感じる。それはまるで何かの生き物がゆったりと這い回るかのようであった。その正体を確認しようと目を開けてみると、恍惚の表情でクロが舌を這わせていた。


「ちょっ、何してる……」

「れぇろぉ……れれぇろ」


 俺の問いかけに対する返答として彼女は鎖骨から首筋にかけて舌でなぞった。彼女の綺麗な桃色の舌がチロリと口から顔をのぞかせる。彼女が舐める度に感じる生暖かい感触と、吐息は俺の理性をじわじわと削り取る。


 いつもの彼女のように俺の肉を喰いちぎってくれた方がどんなに精神的に楽であろうか。自分の胸ぐらいの身長しかない小さな少女に、無抵抗のまま舐められているという事実が判断能力を着実に奪っていく。


 頭がボーっとしている俺の右頬に何かが触れる。おそるおそるそちらを横目で見ると、エーコが目をつぶりながらキスをしていた。それは子供がする様な、いやそれ以下の単純なものであり、ただ唇と頬をくっつけては離すというものを繰り返しているだけだった。


 これなら、クロよりは全然マシだ。この程度なら問題ない、そう俺は思っていた。だがそれは間違いであったということにすぐに気付かされる。


 チュッ、チュッ、チュ


 キスと同時に生じる音。エーコの可愛らしい唇から発せられる音は、俺の耳から脳へと伝わり、思考を狂わせる。


 ただの音、それだけなのに頭がおかしくなってくる。胸の鼓動は早くなり、耳は熱くなり、目が回る。耳から摂取する麻薬があるとするのであれば、これがそうなのだろう。


「んっ……、はぁっ……」


 頬と唇が触れる音以外にも、彼女の声が漏れる音まで聞こえ始めてくる。もうだめだ、この時点で俺はまともに考えるという行為ができなくなってしまっていた。ただぼんやりと虚空を見つめる人形の様になってしまう。


 追い打ちをかけるように左からはイストが胸を俺に押し付けてくる。やめてくれ、その攻撃は俺に効く。彼女の方を振り向くと、彼女は悪戯な笑みを浮かべた後、耳にふぅと息を吹きかけながら、その細くて白い指で俺の唇をゆっくりとなぞり始める。


 そしてイストは息を吹きかけた後、耳たぶを甘噛みし始める。少女達から発せられる息遣い、吐息、声が両耳を容赦なく犯してくる。この時、俺は理性の敗北を確信した。


 これがサキュバスとか敵の見せる幻覚であればどんなに良かっただろう、それであれば目が覚めれば全てなかったことになるからだ。しかし、今自分の置かれている状況はどうだろう。残念ながらこれは現実であり、リセットなどはできない。


 ならばここからは自分自身の力で何とかしなければならないが、悲しいことに俺は何か対策を立てようという意志は失ってしまった。ただひたすら死んだように虚空を見つめること、それが俺にできるせめてもの抵抗であった。


 その時、目の前に悪魔の姿が見えた、それは俺の姿をした悪魔。そいつは俺に向かってこう囁く。


「もう襲っちまえよ。ここまでするなんてもう襲って下さいって言ってるようなものだろ。そもそもお前は普段から体を張って頑張っているじゃねえか。このぐらいのご褒美もらっても罰は当たらねえよ」


 悪魔は笑うと、今度は白い羽の生えた天使が出現してはっきりとした口調で話し始める。


「襲うなんて野蛮なことを言うのはおよしなさい。ここは彼女達のなすがままに任せるのです。そうすればいくとこまでいってもこちらは被害者。全てが終わった後は、相手の弱みを握ることができます。今後はその弱みに付け込んで彼女達を自由に言いなりにできるでしょう。そうすればもういじられることはないですし、彼女達の身体を好きなようにできます。一石二鳥ですね」


 どうやら彼は天使ではなく堕天使であったらしい、さすがの悪魔もドン引きしている。


 俺はそんな彼等の助言を聞き流していると、三人の少女達は視線を俺の下腹部へと移していく。そこには魔導の水着がある、彼女達は見ているのは水着なのであろうか、それともその中身であろうか。


 彼女達は何かに誘われるように俺の下腹部へと集まっていき、水着に手をかける。俺は最後の抵抗として、両足を曲げるがそれは無力であった。イストとエーコが二人がかりで足を押さえつけると、クロは勢いよく水着をずり下ろす。俺の股間の風通しが良くなったのを感じた時、ああ、もう終わったんだなと思った。


 俺は目をギュッとつぶりながら顔を伏せていたが、しばらくしても彼女達に動きがなかった。


 不思議に思って顔を上げてみると、三人の少女は顔を赤らめて震えながら俺を見つめていた。それを見て彼女達の意識が元に戻ったことを察する、それなら次はパンチやキックでボコボコにされるのだろう。俺は覚悟を決めていたのだが、意外なことに彼女達は顔を見合わせて頷いた後、ベッドから降りる。


「あの……、ヨカゼさん。それ危ないので私が預かります」


 俺から目を逸らしながら呟くエーコに水着を渡すと、三人は俺の部屋から出て行った。正直、やつあたりで半殺しにされるのではないかと思っていた。クロとか絶対に一発は殴って来ると予想していたのだが。


 彼女達がいなくなった後、パンツとズボンをはいてベッドに横になる。いったいなんて物をセルエストは渡してくれたのだろうか。


 よくよく考えてみると、あの空洞では使えないという理由。そして別れ際に言った言葉、色々と頑張って、とはこういう意味か。そりゃ、異性を魅了する服なんて着て外を歩いたら大惨事になってしまう。しかし、それならそうとちゃんと教えてくれ。


「次、皆とどんな顔して会えばいいんだよ……」


 俺は頭をかけて悩んだが、何も答えは出ない。しばらく考え込んでいると、ドアがノックされる。俺はドアを開けると、先程の三人の少女が立っていた。


「あー、もし良ければ夕飯に行かないか。気分が乗らないなら別にいいが」


 クロは指で髪をいじりながら恥ずかしそうに言う。どうやら彼女達に気を使わせてしまったらしい。俺はゆっくりと頷いて、同意を表した。


 そして、酒場に行って食事をとる。先程のこともあり、お互いに口数は少なかったが険悪なムードではなかったので一安心だ。


「へいお待ち、今日はサービスで皆に極太ウィンナーを一本ずつプレゼントだ。酒のつまみにイケるぜ! あれどうしたんだい、もしかして肉とかダメだったのかな? 」


 愛想の良い店員が持ってきた皿にのせられた立派な赤いウィンナーを見て、一同は時が止まったかのように固まったのは言うまでもない。

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