第一章 「弱小魔法使い」

第一話 横暴な出会い

 陽光が差し込む森の中、その長閑のどかさを掻き消す様な悲鳴と唸声が響き渡り、小鳥や小動物が蜘蛛の子を散らすように空や地中に消える。

 そんな中、小さな子供を背負って走る少女は自らの身体とは倍程の差がある魔物から逃げていた。

(もう少し行ったところの小穴からこの子を逃がせば大丈夫なはず!)

「……」

 そんな少女を傍観する者が一人いた。


――時は一時間程前に遡る。


 彼は森の中で目覚めた。いや、正確にはいきなり現れた。

「……なんだここは?」

 終戦の折、殺された筈のディルムスは見も知らぬ場所にいた。

「転生か? いや違う、俺は今霊体なのか」

 足が無かった訳ではないが、身体を見れば透けており地面から浮いている。

「霊体……なってみた事は幾度かあったが心地よいとは言えんな。仕方ない、適当な肉体を拝借するとしよう」

 数百年戦い続けた彼は霊体だろうと知らぬ場所であろうと眉一つ動かさない。

「む、霊体では『探索サーチ』が使えんか。生前はできたんだがな」

 仕方なく彼が歩を進め暫く行った先で、あの悲鳴と咆哮が鳴り響く。

 彼は半分呆れた様な顔で肩を落とし、その方へ向かった。

「俺に静かな時間はない、か」


――そして今。

「あの少女、魔物から逃げている……子供を助けているのか。見たところ大した力もない。それにあの魔物、少女相手には強すぎる」

 傍観している彼は酷く冷淡にそう呟く。

 大型で狼の様な魔物は若干手負い気味で、少女が通った道の草木を切り裂きながら迫り、間合いをあっという間に詰めていく、

 が、子供一人通るのがやっとという小穴まで来た時、閃光が放たれた。

(ほお、閃光玉の類か。下手ではない使い方、といったところか)

「今のうちにここから逃げて!」

「でもおねえさんは……」

「大丈夫! いいから早く!」

 傍観者が居るなどとは露知らず、少女は辛くも子供を逃した。一瞬、目眩ましから解かれた魔物が子供の逃げた方を向くが少女は石を投げ注意を惹き付ける。

「相手は私! こ、こっちへ来なさい!」

 半分震えた声で言い放つ。

「口は一人前……いや半人前か。ただの雑魚ではないらしい」

 僅かに興味の湧いた彼は少女の後を追う。

 空中斜め上から見下ろせばその間にも魔物による攻撃から逃げる事しか出来ない少女は魔物の攻撃がかするか否かのギリギリの間合い――というより少し掠っている――まで詰められ、遂に洞窟まで来てしまう。

「はぁ、はぁ……これならあの子は逃げられたはず。なんとか誘い込めた……」

(阿呆が。お前が誘い込まれたんだ)

 彼の予想通り、追い詰められた側の少女は更にダメージを負っていく。

「はぁ……うわぁ!」

――ゴオオン!

 岩陰に隠れるも息を付く間もなく。

「こ、ここなら……くっ、バレた!」

 窪みに潜むもすぐに見つかってしまう。

(相手は匂いで追ってきている。隠れても無駄だと何故気づかん)

 それでもかわして致命傷にはなっていないが時間の問題なのは火を見るより明らかな状態。

 しかし少女の目には不退転の光があった。

(諦めか悪いのか、或いは)

「まだまだ……」

 何とか立ち上がるが……


――ズンッ! ガッ!


「あ……ッ! うぅ。くっ!」

 限界に近かった少女はまともに一撃を食らい、壁に叩きつけられる。

 吹き飛ばされた少女に魔物が次の一撃を放とうとした瞬間、閃光が走る。光に目をやられた魔物はまたしても右往左往。

(また閃光玉か。使い方はまぁ悪い訳ではないが)

「よしっ……」

(何がよしだ。まとも避ける余力すら無い上、何故洞窟の奥へ行く。それにだな……)

「はぁ、ここなら少しは……」


 少女が一息ついた直後、背後から轟音。ダメージの大きい少女では逃げる速度も遅すぎたのだ。同じ手を食らい魔物は完全に怒りの状態で牙を向いている。

 今度こそ、必殺の一撃が少女を捉えた。

(あ……ここで、私死ぬんだ)


「チッ……おい。身体借りるぞ」


 完全に死を覚悟した少女は刹那、そんな声を聞いた。



――べギィ!

「……ふん、何とも貧弱極まりない身体だ。全く力が出ん」

 魔物の一撃は彼に届く事なく、その前足ごと壁へと千切り飛ばされた。一瞬狼狽えるがすぐに反撃の一手を繰り出し魔物は彼へと飛びかかる。

 が、その攻撃は不発に終わった。


「遅すぎる」


 魔物の前から姿を消し、一瞬で背後に回り背を向けたディルムスは呟く。それと同時に魔物はバラバラの肉塊となり崩れた。

「雑魚が」


「身体へのダメージが大きい。身体は違えど『治癒ヒール』くらいは使える筈だ」

 自らに――とはいっても少女の身体だが――に治癒ヒールをかけ、洞窟から脱出する。外に出れば先程の戦いなど嘘の様に静かで、呆れ返るくらいの長閑のどかさが戻っていた。

「ふん、この空気で身体の力が抜けたらしい……治癒ヒールでは回復しきれない部分もあるか。休むとしよう」

 適当な木陰に座り、一息ついていると彼は寝てしまった。


――

――――


「ん? 何か変だな……ふーむ、どうやらこの少女の魂が戻ってきて俺が弾かれたらしいな。悪運の強い奴め」

 身体から弾かれた彼の前には寝息を立てた少女が一人。

「……」

「呑気に居眠りとは何ともな奴だ。おい、起きろ」

「んぅ」

「救いようのない寝坊助ねぼすけが。ほれ、起きろ」

――コツン! っと、彼は少女の身体に入って頭を小突く。

(傍から見れば自分で自分を小突くとんだ阿呆、だな)

「んぁ……はっ! あ、あれ? ここはどこ? 私は確か……」

「呆けているところ悪いがな、あの魔物は倒したぞ」

 キョロキョロと首を振る少女に彼は言う。

「えっ! あ、はい。あ、ありがとうござい……ええっ!」

「何だ? 幽霊でも見たような……ああ、そうか」

 少女の目に映った姿。それは黒い衣服とボロボロのマントを身に纏い、身の丈以上の無機質な双剣を背負う大柄なの男だった。足を組み、手の甲で頬杖をついて自分を見据えている。

「あ、あの、ええっと……」

「感謝しろよ、あのままなら死んでたんだからな」

「それは、ありがとうございました……あの、何とお礼を」

「礼をするならお前の身体を俺に貸せ。見ての通り霊体なんでな、肉体が欲しい。本来なら奪うところだが気が変わった」

「……えっと」

 彼の要求は突拍子も無く彼女に襲いかかった。

「あの、私の身体などでよければどうぞ……」

 その要求に少し身構えるも彼女は小さくそう言った。

「……自分から言っておいて何だが、変わった奴だな」

「私は死んだも同然でしたし、助けて頂いたのならせめてこれくらいしか……」

「まあいい。借りる時は好きに使わせてもらう」

「は、はい……」

「ところで名前は?」

「私はヒナ、ヒナ・フローレと言います……」

「そうか。俺はディルムスだ。呼び捨てでいい」


 このあまりにも奇妙かつ横暴とも言えるものが二人の出会いであった。

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