第179話 覚悟

波の音が聞こえる。



そこら中が痛い……だがそれ以上にリカを止められなかった自分の不甲斐なさが情け無かった。



「くそっ……何でこんなに俺は弱いんだよ……」



アルセリスの力があったら……そんな事ばかり考えてしまう、もう二度と戻って来ないと分かっている筈なのに……自分から冥王に提案した事、いつ迄も過去の力に縋り付いている訳には行かなかった。



「幸い船はある……一先ず戻ってアルラに詳しい話を聞くか」



砂浜に転がっていた転移の杖まで這って進むと杖を地面に突きながら立ち上がる、そして行き先を王国の闘技場に設定すると杖を突いた。



いつもの如く身体は光に包まれる、だが闘技場に転移した途端、隼人は地面に倒れた。



「駄目だ……歩く力すら残ってない……朝になれば誰か見つけてくれるだろ」



もう限界だった。



自身より遥かに強いリカとまともにやり合っていたのだ、身体は限界を超えてボロボロ、何故意識を保って入られたのかすら謎だった。



意識は一瞬にして遠退く、嫌な夢を見た。



リカが死ぬ夢……やけにリアルだった。



『貴方が主人で……良かったで』



その言葉を残して笑みを浮かべながら崩れ去っていくリカ……それを笑い返して見つめる自分……奇妙な夢に隼人は目を覚ました。



色んなシーンを観たはずなのに夢と言うのは不思議なもので、その言葉とリカが崩れ去るシーンしか覚えていなかった。



だが不思議と幸せそうだった。



「隼人さん大丈夫ですか?」



ふと視線の端にアルラの姿が映る、身体は不格好な包帯で包まれていた。



「大丈夫……と言いたいところだが、心身共にボロボロだな今回は」



「止められませんでしたか……」



アルラは悲しげな表情を浮かべた。



「あぁ……俺はやっぱり弱過ぎる、リカの余命は三ヶ月、二ヶ月でどうにか強くなれないものかな」



「そうですね、二ヶ月……私は教えるのが下手ですし、オーフェンの戦い方は隼人さんには合わない……とは言えユリーシャの技術は体得に時間が掛かる……正直に言いますと二ヶ月では不可能ですね」



色々と思考を巡らせるが結局その結論に至るアルラ、分かっては居た……だがリカを助けたい、どうしても諦める訳には行かなかった。



その時、とある事に気が付いた。



冥王との契約。



シャリエルがしていた契約とは少し違い、冥王の力を一時的に借りる事が出来ると言う契約……だがその代わりに五感もしくは四肢の一つに加えて10秒に一年寿命が奪われると言う代償付き……シャリエルの借りていた力よりも遥かに強い代わりに代償も大きい契約だった。



この契約の事をアルラは知らない……勿論言えばこの力を使う事を拒むだろう……実際の所、自分もあまり使いたく無い、この力はウルスと戦う時まで温存して置きたかった……だがリカを助けられるのなら構わなかった。



「一先ず……リカに呪いを掛けた魔女の事から調べるか」



「ですが隼人さん、その身体ではまだ……」



まだ治療してから2時間と言った所なのにもう動き出そうとする隼人に困惑した表情を見せる、そんなアルラに隼人は親指を立てた。



「大丈夫、死にはしないしリカはもっと辛いはずだ」



そう言いベッドから立ち上がる、身体に走る激痛……だが表情には出さなかった。



出せばアルラが心配する、自分で大丈夫と言っておきながら心配させるのはダサかった。



「んじゃ、取り敢えず行方知れずのミリィとシャリールには置き手紙を置いとくとして……オーフェン達に出航を伝えて来てくれるか?」



「分かりました」



少しアルラの返事が元気のない様に聞こえた。



だがリカを助ける事で精一杯の今、それ程気にはならなかった。



必要な物をバックに詰め込み転移の杖で突っついて船へと転移させて行く、死への恐怖……アルセリスの力を失った今、ずっとその恐怖が付きまとっていた。



白髪の少女と戦った時やリカとの戦闘……死の恐怖に少し体が固まる時があった、死への恐怖……これを取り除かない限りはウルスへの勝利は無さそうだった。



向こうの大陸へ行けば暫くは戻って来れない……暫くこの地下王国ともサヨナラだ。



ゲーム時代とは言え、色々な思い出が詰まっている……他プレイヤーからの防衛戦、ガチャの度に増えて行く仲間……その時ふと虹召石の存在を思い出した。



だが、思い出した所で意味はなかった。



「召喚……は無理か、石は異空間魔法で作った倉庫の中、神器やアイテムも全部……何処かで魔紙を手に入れないとな」



自力で異空間魔法を使える様になるのは当分先の事……他者が使えたとしてもそれはまた別の異空間……自身の倉庫へアクセス出来るのは自身のみ……神器やアイテムに頼るのは無理そうだった。



壁に掛けられた鉄の剣……この上なく心許ないが致し方無かった。



「隼人さん、船に皆んなを呼び終えました」



扉をノックする音と共にアルラの声が聞こえる、指示してからまだ10分弱しか経っていないのだが……いや、早いに越した事は無いはずだった。



「分かった、俺も直ぐ向かうからアルラは先に乗っててくれ」



「はい、分かりました」



その言葉を残しアルラの気配は消えた。



「行ったか……」



隼人は荷物を詰め終えると剣を持ちながらベッドに座り込む、数ヶ月訓練しただけの自分が戦場へと向かう……怖かった。



アルセリスと言う主人公の様な最強の力は無い、今の自分は一般兵よりも弱い……死なないなんて保証は無かった。



仕事を失い貯金を切り崩し何とか生き存える情け無い生活だったあの頃に戻りたい……そう思い始めていた。



剣を持つ手が震えている……強がっているがウルスと戦うなんて無謀もいい所、冥王の力を借りても勝てるかどうか……死ぬのが本当に怖かった。



「なんで俺はこんな世界に居るんだよ……」



何故この世界に居るのか、どうして自分なのか……今更ながらの疑問が溢れてくる、この世界から帰る方法をシャルティンは知っているのか……もし知っていれば……



「結局は戦わないと行けないのか」



大きくため息を吐く、悩んでいても無駄の様だった。



行き着く先は戦い……覚悟を決める他は無かった。



隼人は荷物を入れたバッグを肩に掛けると転移の杖を持つ、そして地面を突き、隼人の身体は光に包まれ消えた。

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