第177話 残された時間
もう……時間が無い。
皆が寝静まったアルカド王国をこっそりと抜け出し神殿を眺める、王国に来てから日は浅いが人生で一番楽しかった。
少しの間だが自分の状況を忘れる事が出来た……だが、私はもう王国に居られない。
右手にはめていた手袋を外すと三つの花弁が光る花の印が記されている、氷花の呪印……私に掛けられた呪いの名前だった。
レクリスア……キョウシロウと戦った時に出た村の名前、私の故郷……だがとある魔女によって滅ぼされた。
私はまだ14歳だった、家族や村の人々は氷と化し、私は呪いを掛けられた、花弁が全て散った時、死ぬと言う。
滅茶苦茶な呪い……解く術があると最初は思っていた、だが私の身体は既に氷となっていた。
呪いを解けばただの氷像となる、だが解けなければ魂もろとも消滅する……どうしようも無かった。
残された花弁は三つ、三ヶ月と言ったところだった。
私に出来る事は少しでも相手勢力の力を削ぐ事……どうせ死ぬのなら、人の役に立ちたかった。
「黙って行く事を……許して下さい」
去り際の言葉を告げ神殿を後にしようとする、だがリカを呼び止める声がした。
「何処行くんだ?」
隼人の声だった。
「少し……」
彼に嘘をつき去ろうと振り返る、汗だくで木剣を握り締めた彼の姿が視界に映った。
「こんな時間まで訓練を?」
「ん?あぁ、俺は弱いからな、早く強くなって少しでも戦力にならないとな」
そう言い笑みを見せる、訓練開始から三ヶ月と言ったところ……筋肉量も少しだが増え始めている、努力できる事が羨ましかった。
私の身体は既に氷となっている、どれだけ努力しようとも筋肉は付かない、食事も要らない……もはや人間とは呼べない身体だった。
唯一の利点は魔力が宿されている事、まだ戦う事は出来る。
「そうなんですか……強くなって下さいね隼人さん」
「なんだよその言い方、なんかおかしいぞリカ」
隼人は笑いながら言う、本当は止めて欲しかった。
勿論行き先も告げていないのだから無理な話し、だが……一人で死ぬのは怖かった。
もっと人間らしい事がしたかった……だが死が運命付けられた私には無理な事、それにこれ以上王国に居ると氷の魔力が増幅し、そのうち暴走する……迷惑は掛けられなかった。
「少し出てきますね」
「おう、早めに帰って来いよ」
そう言い手を振る隼人、その時リカは急に隼人の側へと駆け寄った。
そしてそっと頬にキスをした。
「は、え?」
困惑する隼人、そんな彼を他所にリカはその場を去った。
別に好きな訳では無い……ただ、私の存在を忘れて欲しく無かった。
せめて……記憶の片隅にでも残りたかった。
リカと言う人間が生きた証を。
森を歩くスピードが上がる、気が付けば走っていた。
もう覚悟は決めた、私は自分に出来ることをやるだけ……リカは全力で海へと向かい走って行った。
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突然の異性からのキス、隼人はフリーズしていた。
何故キスをして来たのか、リカは自分に好意を抱いている?
だが彼女の表情は何処か複雑だった、今思えばこんな時間に何処へ行ったのか、わざわざ皆んなから隠れる様に……
分からない、キスをされた事で頭が回らなかった。
「女性への免疫低いな……」
キス一つで此処まで困惑するなんて自分でも思わなかった、思い返せばこの世界に来るまでは母親程度しかまともに喋った女性は居ない、同僚や部下、同級生の女子とも話した事はあるが親密な関係なんて一度も無かった。
それに人を好きになる、その感情がいまいち分からなかった。
ずっと人生で勝つ事だけを考えていた故の弊害……とでも言うべきなのだろうか、まぁ単にモテなかっただけもあるが……今はどうでもいい。
「流石に遅くまでやり過ぎたな……眠い」
隼人は大きな欠伸をすると王国の中へと入って行く、そして一通りシャワーなどを終わらせて自室へ戻ると一枚の手紙が布団の上に置かれていた。
「手紙……」
警戒して咄嗟に剣を手に取る、手紙があると言う事は誰かがこの部屋に入ったと言うこと、アルラは無断で入ったりしない、他のメンバーも考えられなかった。
人の気配は無い……それでも警戒を怠る事なく手紙を手に取ると開き中に目を通す、中身を見て隼人は剣を落としていた。
手紙はリカから、文書は一行だけ。
『ありがとうございました』
ただそれだけだった。
だがその一文で彼女が去った事は容易に想像出来た。
追い掛ける……だが彼女が何処へ消えたのか、分からなかった。
長時間のシャワーのせいでリカが去ってから1時間弱、時間が経過している……一先ずアルラに聞くしか無かった。
リカとは何度か話し合いをする姿を見ている、彼女なら何か知っているかも知れなかった。
隼人の部屋がある階層と同じ階層にある日本の古き良き民家をモチーフにした一軒家に駆け込む、チャイムを鳴らす事など忘れる程に焦っていた。
玄関を入って直ぐの障子を開けると、アルラは正座をし目を閉じて瞑想していた。
「アルラ、リカの行った場所分かるか!?」
「恐らく……異大陸かと思います」
事前に聞いていたと思う程の落ち着きぶりだった。
ゆっくりと正座の体勢から立ち上がると目を開いた。
「氷花の呪い……花弁が全て散ると死に至り、解呪したとしても氷像になる最悪の呪法、それがリカに掛けられた呪いの様です」
「解呪も出来ないって……じゃあリカは?」
「のこり余命を察してこの場を去ったと思います、私も呪いを聞かされたのは二ヶ月程前ですが隼人さんには言わない様口止めされていました」
「行き先は分かるか?」
隼人の言葉にアルラは静かに頷いた。
まだ訓練を始めて二ヶ月、実力には不安しか残らない……だがリカをこのまま異大陸へと一人で行かせる訳には行かなかった。
「アルラはオーフェン達を呼んできてくれ、俺はルクセリアの父に造って貰った船がリカに使われていないか見て来る!」
「了解しました」
互いに言葉を交わすと隼人は自室へと戻って行く、そして壁に立て掛けられた転移の杖を手に取ると地面を突いた。
身体は光に包まれ一瞬にして目の前の景色が一面の青色、海へと変わる、王国から東に100キロ地点の場所にルクセリアの父が造った魔導船が置かれている、だがそれはリカが乗っていなければの話しだった。
隼人は辺りを見回す、すると船に人影が見えた。
「リカ、一人で何処に行く気だよ!」
一人で錨を上げようとしていたリカが隼人の声に手を止める、そしてゆっくりと視線を向けた。
「此処に居るという事は私の状況が分かっている……という事ですよね」
「あぁ」
リカの言葉に何故か寒気がした。
「はぁ……何故追い掛けて来たのですか?」
面倒くさそうにため息を吐く。
「そんなのお前が仲間に決まってるからだろ、解呪法のない絶対に死ぬなんて呪いは存在しない、だから自殺する様な事は……」
「貴方は何も分かって居ない!!」
隼人の言葉を遮る様にリカは叫び声を荒げた。
彼女の怒りの理由が分からなかった、呪いをどうにかしない限り彼女は死ぬ筈、それを俺は回避したいだけ……怒りを感じさせる箇所など無かった筈だった。
「私は生まれた時に死を運命付けられた……それを回避する方法なんて無い、貴方のやっている事は私を苦しめているだけなのよ!」
リカの言葉が敬語では無くなっていた。
そして彼女は刀を抜いた。
「私を止めたければ力尽くで止めて」
冷気を纏い切っ先を隼人に向けるリカ、どうやら本気のようだった。
だが……罵倒は本心では無い筈、短い付き合いだが彼女はそんな事を言う人では無い、それに……例え彼女を苦しめようとも、何もせず終わるより、0.1%でもあるかも知れない可能性に俺は賭けたかった。
「全力で……お前を止める」
そう言い隼人は剣を握り締めた。
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