第170話 休みなし

「アジトって言うか……ただのボロ小屋じゃん」



転移した先はボロボロの小屋、海沿いの崖に建っているのか波打つ音が聞こえる、ソファーとボロボロの机、最低限の生活用品だけが揃ったこの小屋で最低でも3人は生活していると思うとゾッとした。



「言ってくれるな、俺らも資金不足でな」



オーフェンが転移して来る、かつての英雄が金欠とはあまり信じ難いが……この様子を見る限り信じるしか無かった。



「さっきは突っ込まなかったけど、貴方アダマスト級冒険者のオーフェンよね?」



「あぁ、そういや俺って英雄だったな」



思い出したかの様に笑うオーフェン、英雄と言われているがそれを記す文献が少ない故にこんな性格とは知らなかった。



何というか……ただのおっさんだった。



「それより私が聞きたいのは何であんたが此処にいるのかって事、姿を消したとは聞いてたけどこの大陸で何を?」



その言葉にオーフェンは無言で頬を掻いた。



「まぁあれだ……暇潰しってとこだな」



「暇潰し……ねぇ」



正直彼は尊敬には値しない。



同じアダマスト級冒険者として彼の責任感の無さは呆れる、一度ライノルドから聞いた事があったが彼は酒と女性、そして戦闘を好む英雄には不向きな男と聞く……アダマスト級冒険者は冒険者の見本となり、希望を与える存在でなければならない……彼はそんな重圧から逃げた、臆病者だ。



「オーフェン、隼人さんが呼んでいます」



「んぁ、了解」



既視感のある珍しい服装の短い黒髪の少女がオーフェンを呼ぶ、彼女も知っている様な気がした。



「何ですか?」



「別に」



少女と視線が合う前に逸らす、彼女を知っていたとしても良い関係では無さそうだった。



オーフェンの後ろをついて行く様に少女も小屋を出てシャリエル達だけが残される、一先ずは助かった……という事で良いのだろうか。



アイリス達の傷もそれ程酷くない、数日休めば回復するだろう……全く、この大陸に来てから良いとこ無しだった。



何を焦っているのか……いつも通りの冷静な判断が出来ていなかった。



あの黒騎士の大群と遭遇した時もそう、普段なら魔力探知を行いながら進む、異大陸なら尚更……だが私はライノルドの死を引きずりボーッとしていた、そのせいでアイリス達まで失い掛けた。



魔力に引っ掛からなくても地面に潜んでいたのは気配で分かりそうなもの……今の私はダメダメだった。



魔紙も無い、冷静な判断力も無い……こんなのじゃ二流……いや、三流冒険者以下だった。



「はぁ、私がしっかりしないと」



ボロい椅子に腰掛け呟く、すると小屋の扉が開いた。



「ため息なんて吐いてどうした?」



声のする方向に視線を向ける、其処にいたのは隼人だった。



「別に、助けてもらってこんな事言うのも悪いけど、あんたには関係ないでしょ」



「ははっ、それもそうか!」



キツイを言葉を浴びせたつもりなのだが隼人は笑っている、よく分からない男だった。



「それより、俺達は少し用事があるから自由にこの小屋使っててくれ」



「用事って?」



何となく、興味本位で聞いてみた。




「あの黒騎士だよ、少し訳ありでな、俺達はあれを倒してるんだよ」



「そう、それじゃあ自由に使わせてもらうわ」



そう言いシャリエルはソファーに座る、それを見て隼人は微笑みながら小屋を後にした。



何なのだろうか……彼と会話していると心が休まる、初対面の筈なのだが不思議な気分だった。



「シャリエル……恋しちゃった?」



「げっ、あんた起きてたの」



気絶していたと思っていたアイリスが目を開け言う、恋……そんな訳無かった。



「馬鹿言わないで、私のタイプじゃないっての」



誰かを好きになる……この感情がいまいち分からない、これ迄も人を好きになった事はない……その筈なのだが、一度だけ、誰かを好きになった様な気がした。



勿論誰かは分からない、気のせいかも知れないし、私の思い違いかも知れない。



そもそも今の私に恋愛など大層なものは必要なかった。



今必要なのは仲間を守る力、それだけだ。



「アイリス、動けそう?」



深くないとは言えそこそこの傷、体を心配して声を掛けるが返事は無かった。



寝た……とは考えられない、先ほどまで起きていたのだから。



「アイリス?」



体の向きを変え仰向けにする、完全に寝ている様だった。



こんな短時間に寝れるとは驚いた、一応死にそうな状況に一度陥って居たのだが……恐るべき心臓だった。



「と言うか……甘い匂いするわね」



微かに漂って来る甘ったるい匂い……その時、シャリエルの表情が険しくなった。



急に眠ったアイリス、甘ったるい匂い……こんな小屋にアロマなどある訳は無い。



急いでポケットから布を取り出し口と鼻を覆う、そして扉を蹴破り外に出ると喫煙道具から煙を出している女性が立っていた。



「あら、こんな短時間で気付くなんてやるじゃ無い」



この煙は恐らく睡眠系の物、魔法か薬草の類かは分からないが彼女を倒さない限り煙は出続ける。



「目的が何かは知らないけど……倒させてもらうわよ!」



話している時間は無い、拳当てを付け素早く雷装を纏う、速攻で決着を付ける……地面を蹴り砕き彼女との距離を詰めようとしたその瞬間、目の前に一人の男が現れた。



「違う」



その言葉だけを発する、腰には刀が二本……完全に間合いに入っていた。



隻眼の男はシャリエルが何か気付いたのを察して微笑む、そして刀に手を掛けた。



「防ぐ術無し」



意味の分からないことを呟く、上の刀に掛けられた手……軌道を読むしか防ぐ方法は無かった。



斜め上に切り上げて来るか、それとも垂直……はたまた少し角度を下げて来るか……色んなパターンが脳裏を過ぎって行く、ふとその時、男の刀の角度が垂直になった。



横一閃、そう予測し拳を構える、だが男の体勢は急に低くなった。



「刀使う必要無し」



そう言い男はシャリエルに足払いを掛ける、完全に頭から抜けていた。



刀で来るとばかり……体勢を崩したシャリエルに男は乗っかり身動きを封じる、してやられた。



「何者よあんた達」



「私達?私達は黒の光に集いし者達……とでも言っておこうかしら」



黒の光に集いし者達……意味の分からない矛盾した名前の集団だ。



身動きの取れないシャリエルに煙を吸わせる、意識はだんだんと薄れて来た。



何故彼女達が襲撃に来たのか……隼人、彼は一体何者なのか……薄れ行く意識の中、疑問ばかりが募って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る