第165話 もう1人の自分
「はっは……凄い強いよ、お姉さん」
その言葉を最後にルブールは地に伏した。
辺り一帯を覆って居た冷気が消えていく、やり難い相手だった。
奥の手を使った瞬間から遠距離型になった……接近戦においては自信があるが遠距離に対してはこのザマ、色々と対策が必要だった。
『おっと、そろそろ交代の時間だな』
そう言うとサレシュの意識が戻る、また頼ってしまった。
もう一つの人格とでも言うべきなのか……生まれた頃からずっと私の中に潜む悪魔、戦いを好み血を好物とする私とは正反対の性格だった。
何故そんな人格があるのかは分からない……だが戦闘においては私よりも遥かに強かった。
恵まれたパワーを彼女なら120%と使いこなせる、だが……あまり彼女に意識を渡すのはしたくなかった。
シャリエル達を助ける為とはいえ、一度は誓ったはずなのに。
「私はあいも変わらずダメですね」
ため息をつき頭を叩く、だが此処で止まって居ても仕方なかった。
腹部に受けた傷を軽く治療すると城へと向かう、彼を倒すのにかなり時間が掛かった、現在の時刻は20時を少し過ぎた頃……一時間弱、ルナリアがシャリエル達を見つけてくれていれば良いのだが。
「サレシュ・ストーン、聖職者でありながら人知を超えた力を持つ、得意とする魔法はヒールやバフなどの補助系……短時間ではこの程度しか分からないですね」
本を片手にオールバックに眼鏡を掛けた賢そうな男がサレシュの個人情報をベラベラと喋る、何故そんな事を知って居るのか……観察眼だけとは思えない。
この国に来てから魔法はまだ使っていない、シャリエル達が話すとも思えない……不思議な男性だった。
「ルブールがやられるとは予想外でした」
パタンと本を閉じる。
「しかし、幹部は合計で6人、貴女はその一人を倒したに過ぎない……辿り着かせませんが国王様も合わせれば残り6人、貴女はその数を一人で倒せるとでも?」
男は笑いながら言う、改めて聞いたがあまりの無謀さに笑いそうだった。
私より余裕で強い人達が6人も……あの人格ばかりに頼っても恐らく辿り着くのは難しい、だが。
「私はこう見えてもかなり馬鹿なんですよ、特に仲間を助ける時は」
吹っ切れた様な表情でサレシュはモーニングスターを構える、その姿に男はため息を吐いた。
「正直女性と戦いたくは無いのですが……」
拳を構える、彼の身体に武器は見当たらない……だが油断は出来なかった。
「私もやる時はやります、安心して下さい……此処では殺しませんから!」
言葉と共に突っ込んで来る、かなりのスピード……モーニングスターでは防ぐのが遅れる、そう判断したサレシュは敢えて頭を突き出した。
顔面を狙い放たれた拳はサレシュの額に当たる、バキッと何かが折れる鈍い音が辺りに響き渡った。
サレシュは膝をつく、骨の頑丈なおでこ辺りで攻撃を受けたとは言え流石にダメージは大きかった。
だが……相手とそれは同じだった。
「右の拳が砕かれましたか……中々戦い慣れてる見たいですね」
男は砕かれた拳を眺めながら冷静に分析する、彼は痛みを感じないのだろうか。
「甘く見ていました……貴女は半殺しにしないと気が済みません」
そう言いツバを吐くと男は眼鏡を取り投げ捨てた。
「冥土の土産に私の名を教えましょう、ナグラス……覚えておいて下さいね」
そう言いナグラスは睨み付ける、彼の鋭い眼光にサレシュは少し怯んだ。
「恐怖心は己を殺しますよ」
刹那、怯んだ隙をナグラスは見逃さなかった。
彼は一気に距離を詰める、避けるには時間が無かった。
左手に見える鋭利や光物……恐らくナイフだった。
防ぐ方法は1つだけ、手を犠牲にする。
首元目掛けて突き出されたナイフを左の手のひらで受け止めようとする、それは意外にもアッサリと受け止められた。
だがナグラスは笑みを浮かべる、そして次の瞬間、顔のすぐ側まで足が迫っていた。
足の先端には仕込みナイフ……凄まじい柔軟性だった。
避けようが無い……流石に詰みだった。
動きがスローに見える……死ぬ間際とはこんなものなのだろうか。
シャリエル達には助けられっぱなしだった……今回こそは私が助けられる、そう思ったが飛んだ思い上がりの様だった。
私はもう一人の自分があってやっと一人前……自分自身の力は一割程度、半人前にすらなれない情け無い人間だった。
「神に祈る事ですね」
ナグラスの呟く声が聞こえた。
神に祈る……本物の聖職者ならそうしただろう。
だが私は本物では無い、神など信仰して居なかった。
信仰して居ない……と言うよりは信仰してはいけない、と言った方が正しいかも知れない。
だが死ぬ今となっては関係ない事だった。
「すみません……シャリエル、アイリス……先に行ってます」
覚悟を決め瞳を閉じた。
だが次に聞こえて来たのはナグラスの苦しげな声だった。
「モロに入って……」
えづくナグラス、瞳を閉じて居る間に何が起きたのか理解出来なかった。
「うちの聖職者が居なくなったら回復とか困んのよ、だから死ぬならアンタにして」
聞き覚えのある声……シャリエルだった。
ゆっくりと瞳を開く、目の前には間違いもしないシャリエル本人が立って居た。
「サレシュ、よく頑張ったわね」
そう言い背伸びをして頭を撫でようとする、安心と共にサレシュはその場に倒れ込んだ。
「ちょっと、大丈夫なの?!」
「大丈夫です……ただ、ルブールさんと戦ったのが予想以上に厳しくて」
彼との戦闘で殆ど体力は消費して居た、正直彼に勝っても次は確実に勝てない……だがその心配は無くなった。
シャリエルを助ける必要はもうない……私の役目は一旦終了だった。
「後は……頼みます、シャリエルさん」
「任せときなさい」
差し出された拳を合わせるとサレシュは力尽きた様に眠りについた。
「不意打ちとは卑怯……と言いたい所ですが私達も不意打ちで貴女達を捕らえましたし……これでおあいこですね」
サレシュを助ける際に顎に入れた一撃が予想以上に効いて居る様子だった。
ナグラスの足はガクガク、恐らく立って居るのもやっとなのだろう。
だが……これで終わりにしてあげる程今の私は優しく無かった。
「喋るのは良いけど……戦闘に集中しなさい」
ナグラスが話している間に拳三つ分まで距離を詰める、いきなりの出来事に彼は驚いて居た。
この距離……逃げられる心配も無い。
「散りなさい」
拳にグッと力を込める、そして全身全霊の力を男目掛け撃ち放った。
「ま、待てっ!助け……」
彼が命乞いをするよりも先にシャリエルの拳は顔面を捉える、そして地面目掛け勢い良く叩きつけた。
ナグラスが打ち付けられた衝撃で地面が割れる、意識は無かった。
「はぁ……怒りが収まりそうに無いわ」
手に付いた血を拭くとシャリエルはサレシュを担ぎ城へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます