第140話 深い者の支配

照りつける太陽、乾く喉……自慢のプルプル唇はカッサカサになって居た。



まぁ別に自慢では無いが。



アーネストの告白から一週間、シャリエル達はセルナルド王国から東に20キロの地点にある砂漠を歩いて居た。



「アーネスト、マジで恨むわよ」



「ごめんって……まさかこの一週間で砂漠に飲まれてるなんて知らなかったから」



周りにポツポツと建てられた石造りの建造物達、これらは一週間前迄は街だったと言う。



だがこの一週間で砂漠に飲まれ砂まみれのゴーストタウンと化したらしい……にわかに信じられない現象、自然とは恐ろしいものだった。



砂漠に突入して2日、アーネストの街がある発言を信じて水は全て飲み干した……今にも干からびそうだった。



こんな所で死ぬのは余りにも間抜けすぎ……いや、間抜けと言ったら足元に転がっている骸骨に悪い気がした。



グッと唾を飲み込み渇きを耐えようとするがなんの気休めにもならない……喉が渇いた。



「ねぇ、後何日で出れるの?」



何日と問い掛けたが実際の所あと保って数時間程度の気がする。



シャリエルの問い掛けにアーネストは少し頭を悩ませる、恐らく以前通った時の記憶を思い出しているのだろう。



暫く無言の時が続き、やがてアーネストが指を二本立てた。



「2日って……嘘でしょ?」



その言葉にアーネストは首を振った。



「2時間弱かな、ほら……」



絶望感漂う表情のシャリエルにそう告げ指を指す、その言葉に顔を上げると薄っすらと緑が見えて居た。



「サビ砂漠抜けた先の森だから、えーっと……ルザネの森かな?」



必死に思い出しながら答えるアーネスト、ルザネの森と言えばエルフが住んでいると噂の森……少し不安だった。



エルフの人間嫌い……昔からずっと言われている事だった。



たまに街でエルフを見かけるがあれば異端種と言うらしく、故郷で何かやらかした者が国を追われ異種に理解が出来始めたセルナルドに仕方無く来ているのであって決して人間が好きな訳では無いらしい……何事もなく通り抜けれればいいのだが。



「そう言えばアーネストはいつから冒険者なの?」



砂漠の終わりは見えた……とは言えどまだ長い道のり、暇つぶしを兼ねてシャリエルはアーネストに尋ねた。



「2年前だから17歳の頃かな?」



「17歳……」



その頃の私は完全に反抗期真っ只中だった。



「けどなんで冒険者に?」



「グラードに復讐するには仲間が必要だった、それで冒険者を選んだんだけど……まぁ仲間ってそう簡単に出来ないね」



「そう……ね」



私が仲間……とは言えなかった。



出発前は仲間と言ったがやはりアーネストが魔剣の事を話さない限りは信用する事は出来ない……それまではいくら彼女が私を信用しようとも仲間とは言えなかった。



暫く他愛も無い話をしている間に地面を踏みしめる感触が砂から土へと変わる……ようやく砂漠を抜けた。



「シャリエルと話してて忘れてたけど喉が……」



地面を踏みしめた瞬間思い出したかのように唾を飲み水を欲しがるアーネスト、だが水にも直ぐありつけそうだった。



森の中に一際目立つ大樹、その幹下にエルフの村はある、距離的に3〜4キロと言った所だった。



ただ……エルフが素直に水を分けてくれれば良いが。



「水……死ぬ……」



ゆらゆらとした足取りでエルフの森へ向かっていくアーネスト、よっぽど喉が渇いているのだろう。



砂漠の近くと言う事もあり森の中でも照りつける日差しは強い、エルフ達も良くこんな暑い地帯に住んでいるものだった。



私ならば耐えられない……それにしても森が静かだった。



エルフの村が近いにも関わらず木々がさざめく音しか聞こえない、エルフ達の気配は感じなかった。



「やっと……入り口!」



エルフの村の入り口を見つけるや否や全力疾走して行くアーネスト、だが次の瞬間彼女の目の前には1人のエルフが立っていた。



「人間がエルフの村に何の用だ」



手には弓が握られている……どうやら歓迎されている様子では無かった。



「私達は水を貰いたいだけよ、水さえ貰えれば直ぐに森を出て行く、貴女達に危害を加えるつもりも無いわ」



あまりの渇きに喉がくっ付いているアーネストに代わりエルフに要件を伝える、すると彼女は弓を下ろした。



「ふむ……お前達の要件は分かった、だがその前に調べさせてもらうぞ」



「調べるって手持ちを?」



「違う、黙って立っていろ」



エルフはそう言い放つとシャリエルの頭に両手をかざす、すると手から薄い光が発せられた。



少し暖かい……不思議な感じだった。



「ふむ……怒り、憎しみ……だが感謝の感情も感じる、お前は危険には値しないな、入って良いぞ」



シャリエルの頭から手を離すと何やら訳の分からない事を言い村の方へと手を伸ばす、入れてもらえるのは分かったが怒りやら憎しみ……何の事か分からなかった。



「何をしたの?」



疑問符を浮かべるシャリエル、その問い掛けにエルフはアーネストの頭に手を当てながら答えた。



「エルフ族特有の魔法だ、対象の深く底に渦巻く感情を調べその人物の危険性を知る、お前の場合憎しみや怒りを感じたがそれはとある人物に向けて……故に無闇に人を傷つける存在では無いと判断し……」



エルフの言葉が途中で止まる、その表情は酷く怯えていた。



「ば……化け物」



エルフの次の言葉はそれだけだった。



アーネストから咄嗟に手を離すとエルフは村へと逃げる様に走って行く、その言葉にアーネストは首を傾げていた。



「化け物って失礼じゃ無い?」



アーネストはエルフの言った言葉の意味を理解していない様子、とは言えシャリエルも化け物の意味を理解して居なかった。



エルフは奥底の感情を読み取りその人物を判断すると言った……つまりアーネストの奥底にある感情は化け物と判断する程に何か深いものの筈だった。



だがアーネストは魔剣を所有している、あの魔剣には意思があった、エルフの化け物と言う言葉が果たしてどちらへ向けての言葉なのか……判断出来なかった。



消えてしまったエルフにアーネストと顔を見合わせる、ここで水を貰えなければ死は直ぐ目の前に迫る事になる……困ったものだった。



意外と楽観的だがここまで来るとどうしようも無かった。



「御二方……これでどうかこの村を立ち去ってくだされ……」



どうするか考えていると村の方から一人の恐らく長老と見られる老人が皮袋に入った水を持って此方へと近づいて来る、だがその声は震えていた。



「本当に助かります!」



そう言いアーネストが近づこうとすると長老は後ろに下がった。



「アーネスト」



シャリエルは彼女にアイコンタクトで下がるように伝えると長老に近づき皮袋を受け取る、そしてアーネストに片方を投げ渡すと長老は小さな声で囁いた。



「あの方には気を付けてくだされ、酷く……深い者が彼女を支配しています」



「深い者?」



「……お気を付けて」



長老はシャリエルの言葉に答えずそれだけを残すと村へと帰って行く、深い者がアーネストを支配している……どう言う事なのだろうか。



魔剣はアーネストの身体を支配しつつある……と言う事なのだろうか、魔剣自体初めて見る故に何も分からなかった。



「シャリエル、早く行くよー」



水を飲み回復したアーネストが上機嫌で森を抜けるべく歩いて行く、もし……今目の前にいるアーネストが魔剣に支配された彼女だとするのなら……警戒しないと行けなかった。



だが分からない……魔剣の目的は何なのか、アーネストを支配して何がしたいのか……考えれば考えるほど答えは分からなくなる……だがアーネストをより一層信用出来なくなったのは確かだった。



「どうしたのシャリエル?」



何食わぬ表情でアーネストは心配そうに尋ねる……もうアーネストと思えなかった。



「貴女は……私の知ってるアーネストよね?」



「……何言ってるのよシャリエルはー」



その言葉にアーネストは少し間を空けて笑って答える……微妙な間でさえ何か意味があるのでは無いかと考えてしまっていた。



「ごめん、それじゃあ急ぎましょ」



アーネストに謝るとシャリエルは歩くスピードを速める……グラードを倒せば全てがわかる……そんな気がした。

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