第99話 とっておき

「何か言い残すことは」



「友達を護れたならそれで良い」



その一言を言い終えるとシェルドの無慈悲な剣がアイリスを貫く、握られて居たハルバードは力の抜けた手から音を立てて落ちた。



シャリエルが治療をしている防御結界を背に膝をつく、その背中には一切の傷が無かった。



「敵ながら天晴れ……そう言うべきか」



剣を収めシェルドは呟く、実力差を分かって居ながら逃げず、仲間の為に戦う……美しい絆、だが忌まわしい絆だった。



軽々とノックする感覚で防御結界を破るシェルド、だが中には誰も居なかった。



「何処に……」



意外な出来事に少し驚く、地面の血はまだ新しいのを見ると移動してそれ程時間は経って居なかった。



「ごめんね……アイリス」



倒れ込むアイリスを抱えたシャリエルがシェルドの背後に立つ、だが攻撃はせずにゆっくりと屋上の隅にアイリスを下ろした。



「攻撃して来ないとは良い度胸だな」



「そう……ね、頭が回ってないのかも知れないわ」



先程までは徐々に白く染まっていく黒だった髪の毛を掻き毟り溜息を吐く、髪の毛の3分の1白くなってしまった……これが全部白になれば自分の寿命は尽きる、ザッと残り5分と言ったところだった。



つまり残り5年、最速で倒したとしても5年後には死んでしまう……やはりここに来て死ぬ恐怖が脳裏を過ぎった。



「不思議なものよね、死が近づいたら覚悟を決めた筈なのに怖くなるなんて……」



「人間なんてそんな……?!」



話しで気を逸らし一気に距離を詰めると不意打ちで倒そうと試みる、だがシェルドは間一髪で攻撃を交わすと、空を切ったシャリエルの拳は地面をぶち抜き一気に最下層まで落ちて行った。



「不意打ちとは酷いな」



落ちる瓦礫を上手く使いながら近づいて来るシェルド、だがシャリエルの眼中に彼は居なかった。



端に置いたアイリスとサレシュが落ちて来て居ないかを確認する、だがぶち抜いたのは床全部では無いようで彼女達の姿は確認出来なかった。



「良かった……けど」



ホッとするのもつかの間、シェルドの剣が近くまで迫って居た。



「余所見とは舐められたな!!」



叫び声と共に迫る剣、シャリエルは手の甲で軌道を逸らすと肩を斬られながらも拳をシェルドの腹部に吹き飛ばさないように調整しながら打ち込む、いくら魔力が凄まじいとは言え体は人間、鳩尾にヒットしたシェルドに僅かだが隙ができて居た。



派手な技は要らない、肘に爆発魔法を掛け拳には鋭利に砕かれた氷、シャリエルは拳を構えるとシェルド目掛け勢い良く打ち込んだ。



刹那、飛び散る拳の氷と血飛沫、吹き飛んだのはシャリエルの方だった。



「なん……で」



粉々に砕け散る右腕の骨、何が起こったのか理解できなかった。



鳩尾に入り確かに隙は出来ていた、そして心臓目掛け攻撃……だが次の瞬間には拳が吹き飛んでいた。



攻撃が掻き消され、倍の力で跳ね返って来た……そんな感覚だった。



「は、ははっ……危なかった」



冷や汗をかきながらも安堵した表情をシェルドは浮かべていた。



痛む腕を抑えながら立ち上がる、時間がなかった。



「保険を掛けておいて正解だったな」



「保険……?」



シェルドの言葉に首を傾げる、すると彼はナイフを自分の胸に突き立て勢い良く突き刺そうとする、その瞬間キュインっと言う何かが発動すると音と共にナイフが折れていた。



「不思議とは思わなかったか?禁忌を犯しても尚勝てないと思う程に実力差のある俺が何故お前とこうも良い戦いを繰り広げていたと思う?」



確かに不思議だった、あのウルスと言う男までとは行かなくともそれでも桁外れな魔力量を持ちながら彼は魔法をそれほど使う事も無く戦っていた、当初は洗脳に殆どの魔力を使っているのかと思ったがよくよく考えると洗脳魔法で全ての魔力を使い切って居るとも思えなかった。



「どう言う……事なの?」



尋ねるシャリエルにシェルドは不敵な笑みを浮かべた。



「保護範囲は狭いがその代わり如何なる攻撃も打ち消し跳ね返す最高位防御魔法だ」



自信満々にそう言い放つシェルド、心臓への攻撃は無意味……だがなにも殺す手段は心臓を貫くだけでは無かった。



首を切り落とす、出血多量……殺す手段はいくらでもある、だがそれは時間があればの話だった。



今の状態で彼を殺す程に強力な魔法は正直無い、魔法の叡智を授かると言っても使える魔法に限度はあった。



魔法の叡智を授かったとは言え魔力が無ければ魔法を使う事は出来ない、この禁忌の魔法は自身の魔力を最大まで上げるが人それぞれ最大容量は異なる、自分の魔力では彼を倒す事は出来なかった。



だが……セリスから貰った取っておきとやらがまだあった。



「もう力は残って居ない様だし……魔法は要らないだろう」



肩で息をするシャリエルを見てシェルドは余裕の表情で防御魔法を消すと地面に落ちた剣を拾い上げる、もう迷って居る暇は無かった。



「この魔紙に賭ける……」



「一枚の紙切れで何が出来る!!死ね!!!」



魔紙を破ろうとするシャリエル目掛け突っ込むシェルド、迫る剣を横目に魔紙を破り捨てる、その瞬間辺りに不穏な空気が漂い始めた。



だが特に何が起きる訳でも無くシェルドの剣は眼前に迫る、咄嗟に躱そうとしても手遅れだった。



「さよなら……だ!」



叫ぶシェルド、だが剣は瞳と数ミリの位置で止まっていた。



「アル……じゃなくて、セリス様も人使いが荒いですね」



シェルドの手を掴み呟く一人の少女、パッツンの前髪に綺麗な和服に見覚えがあった。



「貴女……アルラ?」



攻略戦の時に居たセリスの冒険者仲間の少女だった、だが雰囲気が前に出会った時と違った。



「下がって、此処からは私がやる」



抜刀しシェルドを後退させるとシャリエルの前に立ちそう告げる、その言葉にシャリエルは従う以外に無かった。



今の自分では足手纏いにしかならない……悔しいがアルラに任せるしか無かった。



「頼んだわよ……」



「えぇ、セリス様の期待に答える為にも」



そう言いアルラは柳の構えを取った。

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