第65話 神の域
「いつの間にこんな城が……」
つい数ヶ月前までは古城跡だった場所に城……と言うにはあまりにも禍々しい魔城が建てられている事にアダムスは上を見上げ驚いて居た。
垂れてくる髪の毛を搔きあげオールバックの形を維持すると剣を抜く、アルドスさんの死から数ヶ月、完全に前を向くには余りにも時間が掛かり過ぎた。
ジル団長は片腕を失いフィルディアさんは下半身が麻痺して車椅子状態、そしてシェリルさんは行方不明……今のアルスセンテには自分……アダムスしか居なかった。
魔城の城門を前に剣を抜くと扉を開ける、扉は重々しい音を立てて開くと真っ暗な城内に火が一斉に灯った。
「魔物は……居ないか」
一通り辺りを見回すが視認できる範囲に魔物が居ない事を確認すると安堵の溜息を吐く、そして城内に侵入すると扉が勢い良く閉まった。
アダムスは音に驚き一度は後ろを振り返るも直ぐに前を向く、元より引き返すつもりは無かった。
「退路は無い……より一層気合が入るさ」
そう言い笑うと剣を強く握り締める、ジャルヌの絶望を知って以降アダムスに怖いものは無くなっていた。
どれだけ強敵と対峙しようがジャルヌ以上の恐怖は訪れない、絶対に勝てないと本能が告げるほどの絶望は……そう考えると相手が魔人だろうと気が楽だった。
城の奥に進むに連れて何者かの気配を感じる、禍々しく吐き気がする程に薄気味悪い気配……そして暫く薄暗い通路を歩くと血管が脈打つ不気味な扉の前にたどり着いた。
「これは……」
扉にそっと手を触れるがまるで生きているかの様に血管が動いている……不気味だった。
すると扉は一人でに開く、まるでアダムスを中へと誘っているかの様だった。
「入れって事……か」
細心の注意を払い暗い扉の中に足を踏み入れる、すると扉が閉まり部屋に灯りが灯された。
「早かったな、俺の予想では人間が復活に気づくのは数週間後だったのだが……」
不気味に脈打つ謎の椅子に腰掛けた優に3メートルは超える程の身長を持つ一人の男、一目見ただけで人間では無いと分かった。
身長云々の問題では無い……身体中に浮き上がった不気味な迄の血管、そして人間一人分程度の太さはありそうな腕が四本も生えている……魔人と証明するには十分過ぎる証拠だった。
「お前は何者だ」
剣を向け言い放つ、奇襲に備え警戒をし続けるが瞬きをした瞬間剣の切っ先が自分の方向に向いて居た。
その光景にアダムスは思考が停止する、柄はしっかりと握って居る……それなのに剣の刀身、切っ先は自分の鼻先に向かって伸びて居た。
ふと目線を剣に落とすと綺麗に曲げられて居た。
「先ずは自分から名乗ろうか」
そう言い椅子に座る魔人、速すぎで見えなかった……彼が動いたと言う認識さえ無い、座る動作を見て動いたのであろうと予測しただけに過ぎなかった。
「オーリエス帝国アルスセンテのアダムスだ」
そう強気に言い二本差しの残りに手を掛ける、何故この世界にはこうも強い敵がゴロゴロと居るのか……理解出来なかった。
クリミナティの二人然り、ジャルヌや目の前の魔人……人間を遥かに凌駕した領域に居た。
「アルスセンテか、懐かしい響き……俺の名前はカルザナルド様直々の部下、グレイアスだ」
そう言い、いつの間にか右手に持たれていたワイングラスに入れられた謎の真っ赤な液体を口に含むグレイアス、何処かで名を聞いた事があった。
だが思い出せない……昔少し小耳に挟んだ程度なのだろう。
暗黒神の伝説は大陸に置いても有名……その部下となれば聞き覚えがあっても不思議では無かった。
「それで、アダムスとやらは俺に何の用だ?まだ危害は加えて居ないのだがな」
「これからを見越してだ、先に叩いておか無ければお前達は国を攻撃するからな」
そう言い剣を抜くと構える、勝てるか?と問われればNoと答えるだろう、先程の速さを見れば一目瞭然……一矢報いる事は出来る筈だった。
ジャルヌとの戦いで学んだ、自分は強く無いと……それならば命を投げ捨ててでも致命傷を与える事が自分の仕事だった。
いくら片腕を失ったとは言えジル団長の強さは健在……そっとアダムスは剣を高い位置で構えると向こうが仕掛けるよりも先に走り出した。
『沼魔法 ヌルアス』
右足に仕込んで居た魔紙を地面に強く擦り付け破ると魔法を発動する、グレイアスの足元が一瞬にしてコンクリートの床から沼に変わる、そして間髪入れずに次の魔法を発動しようとしたその時、またグレイアスが気付かない内に視界から消えて居た。
「何処だ……」
見失えば最後、あの筋肉量からして一撃喰らえばたまった物では無い筈……戦闘のセオリーで言えば上か背後、二択だった。
魔法はキャンセルせずに右腕で雷を纏うと剣を左に持ち変える、そして背後に狙いを絞ると一気に振り向き雷撃を繰り出す、だがそこにグレイアスは居なかった。
「残念だがさらに背後だ」
さっきまで向いていた筈の方向からグレイアスの声が聞こえる、その瞬間アダムスの額を汗が伝った。
『硬化魔法 ガグィズ!!』
咄嗟に硬化魔法を唱え身体を鉄よりも数倍高い強度に変化させる、そして次の瞬間とてつもない衝撃が全身を駆け巡った。
無防備な背中にめり込むグレイアスの拳、気が付けばアダムスは壁に激突していた。
「ぐっ、強過ぎる……」
硬化魔法のお陰で背骨に異常が無いのが不幸中の幸い……まだ闘うことは出来た。
「何故そこまでして闘う?どうしてそこまでして国を守る?」
ボロボロになろうとも立ち上がるアダムスに不可解そうな表情で尋ねるグレイアス、理由なんてものは単純だった。
「逆に聞くがなぜ暗黒神に従う」
その問い掛けにグレイアスは鼻で笑った。
「愚問だ、カルザナルド様に従うのに理由など要らぬ」
「それと同じだ、守るのに理由なんて要らない、強いて言うならば……あの国が好きだからだ」
そう言い瓦礫にまみれながら立ち上がるアダムス、話の最中に仕込んだ鎧の一部分に記した魔法陣を描き終えると次の瞬間鎧が弾け飛んだ。
「魔力量が跳ね上がった……数倍、いや、数十倍かこれは」
薄っすらとした光に包まれるアダムス、肉体には大きな魔法陣が描かれて居た。
「この魔法陣は少し特別でな、魔女の魔力が込められている……一時的に魔力を増加させる秘術って所だ」
「中々……楽しめそうだ」
グレイアスは笑顔でそう言うと手招きして挑発をする、制限時間は1分がいい所だった。
身体に描かれた魔法陣は皇帝陛下のお世話役でもある大魔術師ネルフェイゲン様から施して頂いた自身の魔力キャパを一時的に数十倍まで跳ね上げる魔法、それに加えてネルフェイゲン様の魔力を魔法発動と同時に一時的だが借りている状態になる……今のアダムスは大陸でも右に出る者は居ない程の魔力量を誇って居た。
だが強力な魔法には必ず大きな代償があった。
それは魔法発動後身体の魔力が消えると言う事、つまり死を意味して居た。
一時的にキャパを上げている故本来使えない魔法を使う事が出来るがこの魔法の厄介な所はアダムスの魔力から使うと言うことだった。
現在アダムスの身体にはネルフェイゲンと2:8の割合で魔力が存在している、アダムスの魔力は精々第二位階を一回使える程度、だがネルフェイゲンの魔力はそれを連発出来るほどに魔力がある……つまり第二位階を二回以上使えばアダムスの魔力は魔法が切れると同時に無くなると言うことだった。
この世界において魔力が無くなることは死を意味する、基本魔力は吸い尽くされない限り無くなりはしない……だが今回の魔法はキャパを上げて足りない分をネルフェイゲン様に借りている故少しでもネルフェイゲン様の魔力を使えば魔法が切れた瞬間自身の魔力がゼロになり死んでしまう……だがそれでも構わなかった。
国を守り死ねるのならば本望……アダムスはグレイアスに向けて剣を投げた。
グレイアスは最低限の動きで避ける、そして一歩足を踏み出そうとしたその時、ある異変に気が付いた。
「地面が……濡れている?」
いつの間にかグレイアスを囲むように地面の一部分が濡れて居た。
そして天井からも水滴が滴り落ちて居た。
「今の俺は詠唱破棄で魔法を使える」
そう言い地面を踏み締めるとその瞬間グレイアスを閉じ込める様に地面から天井に向けて雷が伸びる、そして簡易的な檻が出来上がった。
一見簡単に破れそうだが数百万Vに及ぶ、いくらグレイアスと言えど触れれば一溜まりもない筈だった。
「もう身動きは取れない、これでとど……」
トドメの魔法を発動しようと一瞬瞬きをしたその瞬間、グレイアスは檻の中から消えて居た。
「な!?何処へ……」
探知魔法を発動するが気配探知出来ない……雷の魔法を消すと辺りを見回すがグレイアスは居なかった。
数百万Vの檻を抜けられる筈が無かった、確かに捕まえたのをこの目で確認した……それなのに今グレイアスは檻を抜け出しこの場から姿を消した……万が一逃げられて居たとするなら自分は無駄死だった。
雷魔法の時点でもう自分の魔力は使い果たして居た。
「結局……国守らず死ぬのか」
その場で膝をつき天井を見上げるアダムス、やはり期待には答えられそうに無かった。
アルスセンテの次期団長だからとかでは無く、一人の騎士……アダムスとして国の為に戦った……だが相手が悪過ぎた。
人間では到底敵うレベルでは無かった、魔人では無く魔神……神の領域だった。
そっとポケットから懐中時計を取り出すと時間を確認する、あと数十秒で魔法の効果は終わりだった。
「時間制限魔法か……まぁあれだけの魔力量、時間制限とは言え大したもんさ」
グレイアスの声が聞こえ振り向くと彼は元居た位置、気味の悪い椅子に座っていた。
だがもうどうでも良かった……あと数秒で命は終わるのだから。
「所詮は人間、国を守ると言っても簡単に諦める、その程度の信念……くだらん」
そう言いワイングラスを片手に謎の液体を飲むグレイアス、その言葉にアダムスの表情が変わった。
(俺の信念はその程度……?)
ジル団長に、フィルディアさんに……アルスセンテのメンバーに誓った筈だった。
アルドスさんが死んだあの時からもう二度と国民を、友を……仲間を失わないと、命に代えても守り抜くと……せめて死ぬなら、その信念だけでも貫くべきだった。
次の瞬間アダムスは立ち上がっていた。
『雷部分付与 光槍 ラド ガルダ!!』
右腕に雷属性を付与し瞬間的な身体能力を上げると光で生成された槍をグレイアス目掛けて力一杯投げる、するとグレイアスの左腕が槍に貫かれ吹き飛んだ。
「光の速さか……視認してからでは遅いか」
宙を舞う腕を眺め呟くグレイアス、これで一矢報いた筈だった。
アダムスの意識は徐々に遠退いて行く、死ぬと言う体験をした事がない故に不思議な感覚だった。
身体が妙に軽くなって行く、痛む身体も徐々に痛みが消えて……アダムスはゆっくりと地面に倒れ込むとただ仰向けになり天井を仰いだ。
「ジル団長……頼みます」
アダムスは震えた声でそう呟く、遠退く意識に見えたのは祈るグレイアスだった。
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