第60話 一週間の休暇 オーフェン編①

桃色の短い髪をなびかせ丘から見下ろすオーフェンの眼前には木造の家が数軒と田畑があるだけの小さな集落があった。



帝都フェリスから南に40キロ、蜘蛛の森と言う広い森林を抜けた先にある小さな集落、オーフェンの生まれ故郷だった。



数十メートルはあるであろう丘から飛び降りると僅かな音を立てて着地する、そして顔を上げると遠目だが古びた男の像が村の離れに建てられて居た。



「懐かしいな」



オーフェンはゆっくりと銅像に近づいて行く、何百年前だろうか……まだ自分が女になる前、死ぬ前の英雄だった頃の姿だった。



馬に跨り剣を天に掲げて居るポーズ、だが顔は劣化により見えなくなって居た。



「まぁ……村も世代が代わり若者も帝都に出向いたか」



像が管理されて居ない事に少し複雑な気持ちになるが残って居ただけでもマシだった。



英雄と言えどそれはかつての話し、今の自分はちんちくりんな姿でアルセリスの部下として働いている……あの頃のオーフェンとはまた違うのだから。



「ねぇ君、こんな辺鄙な村で何してるの?」



不意に背後から声が聞こえオーフェンは振り向く、すると其処にはオーフェンと同じ桃色の長い髪をした少女が立って居た。



「ふらっと立ち寄っただけだよ」



突然の出現に声の調子が整わず少し裏返る、その様子に少女は不思議そうな表情をして居た。



「立ち寄ったって、この村は蜘蛛の森に囲まれて居るからそう簡単に立ち寄れないよ?」



そう言い辺りをぐるりと見回す、その言葉にオーフェンは辺りを見回すと確かに村は森に囲まれて居た。



最後に村を訪れた数十年前は此処まで森に侵食されて居なかったのだが……良く状況を把握せず答えてしまった事に軽く後悔して居た。



「本当の所はこの銅像、これが見たかっただけだよ」



そう言ってオーフェンは銅像を指差す、少女は指につられて銅像を見ると可笑しそうに笑った。



その様子にオーフェンは不思議そうに首を傾げた。



「ごめんなさい、わざわざこの銅像を見るために森を抜けて来たと思うと可笑しくって」



そう言い笑う少女、彼女の反応からしてやはりオーフェンはもう然程有名でも無く村としても崇める存在でも無さそうだった。



「別にいいよ、それよりも随分と村の過疎化が進んでるんだね」



そう言い辺りを見回す、人は見た所彼女と農作業中の老人のみ、傭兵らしき人物も見当たらなければ若者すら居なかった。



ふと少女を見ると悲しげな表情をして居た。



「色々とあってね……」



その言葉に首を傾げる、色々と……その言葉を聞く限り何か深刻な訳がありそうだった。



仮にも故郷……ほっとける訳が無かった。



「何があったの?」



オーフェンの言ったその言葉に少し戸惑う少女、自身よりも背丈が小さい少女に悩みを打ち明けるか……と言った間だった。



「大丈夫、こう見えて強いから」



そう言ってシャドーをして蹴りを顔面寸前で止める、その一連の動作を見て少女は酷く驚いて居た。



「す、凄い……何処にそんな力が?」



「何処にって言われても……自分にも分からないな、それよりこの村に何があったの?」



少女の言葉に再度尋ね返すオーフェン、すると少女は少し間を空けて答えた。



「蜘蛛の森って何故呼ばれてるか分かる?」



「そう言えば……なんで?」



かつて生きて居た時は村の周りは草原で大きな大木があった程度、だがその大木が見えない程に今は木が生え森となって居る……数十年で此処までなるものなのだろうか、少し不自然だった。



「アルクスネ、彼女がこの森に住み着き始めたのは今から5年ほど前だったの……大樹の下に拠点を構えて最初はひっそりと暮らして居た、けどやがて大樹が枯れると彼女は村の人々を攫い始めた……そしてその日から木々が生え始め今じゃこんな状態、攫われた人も軽く数千人は超えてるの」



「アルクスネ……」



概ね暗黒神を封印する時に倒し損ねた眷属の一種の筈……まさか此処までの被害を出しているとは思わなかった。



人を攫い木に変えているのか……それとも食料にしているのかは分からない、どちらにせよ対面しないと方法も分からない……せっかくの休暇だが仕事をしないと行けなさそうだった。



「それを退治すれば良いんだね」



そう言って腰に携えて居た剣を抜き刃こぼれを確認すると再度しまう、少女はその言葉に驚いて居た。



「で、でも!アルクスネは今まで討伐依頼を受けた冒険者も数百人と殺してきてるのよ?!貴女じゃ悪いけど無理……」



オーフェンの容姿を見て無謀だと言う少女の唇に指を当て黙らせるオーフェン、そして『しーっ』と小さく呟いた。



その表情は先程までの少女とは思えない程カッコいいものだった。



「此処だけの話し、オーフェン・アナザーの生まれ変わりだから」



そう言って笑うオーフェン、その言葉に案の定少女は固まって居た。



そして少女はふと我に帰るとオーフェンは既に森の方へと歩き出して居た。



「ちょっと待って!」



少女の制止の声に振り向くオーフェン、すると少女は小走りでオーフェンの元に駆け寄った。



「私はカレス、カレス・フィリア……私の村の問題だから私も連れて行って」



「足で……いや、分かった」



足手まといになる……そう言おうとしたオーフェンの口が止まる、彼女の、カレスの表情は真剣そのものだった。



余程村を愛している……そんなカレスの気持ちを踏みにじる訳にも行かなかった。



「それじゃ……手柄を上げてアルセリス様に褒めてもらうか」



そう伸びをしながらオーフェンは呟くと蜘蛛の森へと歩いて行った。

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