第44話 囚われた国民
街の空を覆う様に出来た不自然な雨雲、そして降り注ぐ雨……誰の魔法なのかは分からないが王国に到着したシャリエルはその膨大な魔力量に少し震えて居た。
「誰がこんな魔法……化け物じゃない」
雨を降らす魔法はそれ程凄くない……凄いのは規模、数千キロに及ぶセルナルドの城下町を覆うほどの規模なのだから人間離れした魔力が必要だった。
ダイヤモンド級である自分ですら数十キロが限界……そんな魔力を持った人物がこの国に居る……敵か味方かは分からないが前者だった場合は死を覚悟しなければならないかも知れなかった。
「シャリエルさん、お二人はどうしますか?」
気絶したアイリスとアーネストを軽々と両脇に抱えるサレシュ、街は戦場と化して居る……負傷者を連れて行く訳には行かなかった。
「こっち、付いてきて」
シャリエルは街の中に入ると敵が居ない事を確認して直ぐ近くの路地裏へと入る、そして魔紙を取り出しアイリスとアーネストの手に持たせると彼女達の手を使い破らせる、すると二人は光に包まれその場から姿を消した。
「何処に飛ばしたのですか?」
「あんたの教会よ、あそこなら神父も居るし結界もあるでしょ?」
シャリエルの言葉に頷くサレシュ、教会には普段から魔物避けの防御結界が張られ有事の際の避難場所としても使用されている、なにより街から数キロ離れた森付近にあるのが1番大きかった。
「それじゃあ……私達二人で街を救うわよ!」
「はい!」
シャリエルの言葉に元気よく頷くサレシュ、その声に反応したのか路地裏にぞろぞろと顔をバレない様に隠した盗賊達が集まって来た。
「うひょー綺麗なシスターさんだぜ」
「久々の上玉だな……こりゃ楽しみだ」
サレシュの方を見て舌なめずりをする盗賊達、数にして10人以上……だがその量よりも自分に触れられない事がシャリエルは気掛かりだった。
シャリエルは分かりやすくサレシュの前に立って自身をアピールする、だが近づいて来た盗賊の一人はシャリエルの事を押しのけた。
「邪魔だよ、何だこのちんちくりん、コイツの子供か?」
「こ、こども……」
男の言葉にシャリエルは俯き呟いた。
「あぁ……これはやばいです」
「やばいだろー、何せこの数だからな」
サレシュの言葉に男は不気味な笑みを浮かべながら近く、だがその言葉にサレシュは首を振るとシャリエルを指差した。
「ん?子供がどうかしたか?」
男はその行為に後ろを振り向く、すると其処には気絶させられ山積みにされた仲間達が居た。
そしてそのてっぺんには髪の毛が重力を無視してふわふわと若干浮いて居る怒りに震えたシャリエルが返り血に塗れ立って居た。
「私はお子様じゃ無い……シャリエル・ブラッシエルよ!!」
その言葉に男はハッとした表情をした。
「逆立つ髪の毛、手にはめられた黒のグローブ……お前があの怪人シャリエ……」
話しを言い終わるよりも先にシャリエルの拳が男の顔面にヒットする、そして男は漫画の様に何回もバウンドすると路地裏の遥先、見えなくなるまで吹き飛んで行った。
「その呼び名は大っ嫌いなのよ、可愛くないし」
そう言い手を払うシャリエル、彼女の姿にサレシュは苦笑いを浮かべて居た。
怪人シャリエル、この名を聞けば震え上らない盗賊など居ないと言われる程にその名は浸透して居た。
怒った時などに何故か力が上がるその様を見て誰かが言い出した呼び名、鬼神や英雄などと言った大層なものでは無いがシンプル且つ分かりやすい呼び名だった。
だがシャリエル自身、この名は大嫌いだった。
女子に怪人などと……失礼にも程があった。
「取り敢えず二手に別れましょ、魔紙を渡すから生存者を見つけ次第転移させるのよ、分かった?」
「はい、でも切れたらどうします?」
シャリエルから渡された数百枚程の魔紙を見て尋ねるサレシュ、その言葉にシャリエルは表情を歪めた。
「取り敢えず!臨機応変に対応するのよ!無くなれば近くの家に避難してもらうとか、分かった!?」
「は、はい!」
シャリエルの怒鳴る様な言葉に思わず身体が反応するサレシュ、そしてその言葉だけを言い残すとシャリエルは街の中心へ向けて屋根に飛び上がった。
倒壊する建物、聞こえる悲鳴……見るに耐えず聞くのが苦痛だった。
「あんな所にも居るぞ!」
屋根に上がったシャリエルを盗賊達が見つける、その数は下にいた時とは比にならない多さだった。
「何でこんなに居るのよ……何処か街を見下ろせる場所は」
これだけの数……街の状況把握をするのにも見渡せる程の高さに移動する必要があった。
『雷装 ライディクト』
懐から魔紙を取り出し破り捨てそう呟くと足に雷が纏われる、そしてグッと地面を踏みしめるとシャリエルは天高く舞い上がった。
「なんだよそれ!!」
シャリエルに襲い掛かろうと屋根に移動して来ていた盗賊達はジャンプの衝撃で吹き飛んで行く、その様子を横目にシャリエルは上空から高い建物を探していた。
だが幾ら探そうと特質して高い建物は無い……やはり城が一番この街では高かった。
「国王の安否も気になるし、城に降り……!?」
城へ向けて降下し、てっぺんに向かおうとしたその時、若干身体より前に出ていたシャリエルの右手が謎の力によって弾き返された。
右手には鈍い痛みが走る、防御結界……厄介な物が張られていた。
空中で何とか体勢を立て直すとシャリエルは街の中央を流れる川の中に足から激しい水柱を上げて着水する、その音に反応したのか盗賊の声が聞こえて来た。
「なんだ!?何が落ちて来た!!」
透き通った川の水が落ちた衝撃で波打ち荒れて居る間にシャリエルは流れを逆らい城の方へと上って行く、最大限音を立てず平泳ぎで進み城の中庭と街を隔てる鉄格子を斬り捨てると中へ入った。
用水路の中から中の様子を伺うが下っ端達の見回りが居る……いちいち用水路まで覗かないのが幸いだがバレるのも時間の問題だった。
(まずい……息が)
数分間の無呼吸に加えて泳いでいた所為もあり苦しくなる、だがまだ上がる訳には行かなかった。
用水路の付近を歩く下っ端達……此処で見つかれば全て水の泡だった。
とは言え息が持たない……シャリエルはポケットからナイフを取り出すと自身の腕を切る、すると大量の血が流れ水と混ざり薄い赤色に変わった。
『血操 ブルーツ・レーゲン』
水の中で手を上に上げると血と混ざり合った水が空へ上がって行く、気が付けば用水路の流れは止まりシャリエルの周りの水は無くなっていた。
「何だあれは?」
宙に浮く赤い水を盗賊達は見上げる、そしてシャリエルが手を下ろした瞬間水は鋭利に尖り辺りに四散した。
赤い水は盗賊達の身体を貫いて行く、やがて騒がしかった中庭に静寂が訪れた。
(全部倒したかしら……)
用水路からひょっこり顔を出し辺りを見回す、倒れ込む盗賊達……皆んな死んで居る様子だった。
シャリエルは用水路から上がるとサーチの魔法を発動する、城の内部におびただしいほどの生命反応……量からして街の人々が捕らえられて居る様だった。
「困ったわね……」
中庭の死体を見回しボソッと呟く、この現場が見つかれば侵入したことがバレる……そうなれば国民を助ける事は夢と消える、一先ず証拠隠滅が先だった。
シャリエルは盗賊達を持ち上げると中庭の端っこに生えて居る茂みにどんどん投げて行く、そしてカモフラージュの魔法を掛けると少しはみ出て居る部分に茂みの幻影が現れた。
シャリエルは少し離れて何処も不自然ではない事を確認すると用水路へ行き手に付着した血を洗い流す、そしてため息を吐くと身体をグッと伸ばした。
証拠隠滅は出来た……だが問題は人質の救出、何処に囚われて居るのか、敵の兵力……幹部の数、何もかもが未知数だった。
「後手に回った時点で完全に不利ね……」
辺りを見回し見張りが居ないことを確認するとシャリエルは足に力を入れ高く飛び上がる、そして二階のバルコニーに着地しようとしたその時、雷装状態で城目掛け飛び上がった時と同じ魔法が城に掛けられて居た。
シャリエルの手はバチっという音を立てて弾かれる、そして体勢を崩し背中から地面に落ちて行った。
「いたた……またこの魔法、どんだけ用心深いのよ」
少し痛む背中を抑えながらシャリエルは起き上がる、それ程高位階の魔法では無く破壊が可能なのだがそれを瞬間に侵入がバレる……とは言え解除魔法を唱えて居る暇は無い、厄介だった。
腕を組み頭をフル回転させる、捕らえられて居る場所さえ分かれば破壊して迅速に行動すれば行けるのだが捕らえられて居る場所すら分からない……支援が得意なサレシュさえ居れば簡単なのだが、一人だと八方塞がりだった。
「多少の犠牲は……やっぱりダメ、サレシュと合流するしか……」
サレシュと合流するべく後ろを向こうとしたその時、シャリエルの足が止まる、背後から感じる恐怖すら感じる威圧感……強大な気配、誰かが其処に居た。
あまりの恐怖にシャリエルは後ろを振り向く事が出来なかった。
ダイヤモンド級になってから……いや、ある事件をきっかけにその日から恐怖など感じた事が無かった……今日と言う日までは、だが今感じて居るこの感情は恐怖、そんな感情を与えられる人物がアラサルの部下に居るとは予想外だった。
(一撃で決めるしか無い)
シャリエルはゆっくりと懐に手を伸ばすといくつものポケットから別々に3枚の魔紙を取り出す、そしてそれを重ねるとシャリエルは破り捨てた。
『多重発動 雷神装具 ゼクスール』
そう呟くとシャリエルの身体には雷が纏われる、そしてその場から姿を消し背後に瞬間移動すると恐怖を感じて居た人物の姿すら見ずに拳を撃ち込んだ。
第二位階の身体能力強化と雷神装具のダブルコンボ、それに加えて一瞬だけ爆発的な加速をする瞬光を使い短い助走でも威力を出せるように工夫した……だがシャリエルの渾身の一撃はがっしりと大きな手で包まれる様に掴まれて居た。
辺りにはとてつもない衝撃波が生じる、恐怖を感じた人物の周りの地面はめくれ上がり凄まじい風圧に砂埃が舞い上がる……だがシャリエルの拳は意図も簡単に止められて居た。
殺される……そう確信したその時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「いきなり殴るなんて物騒だな」
その声に目を開く、すると其処には黒い鎧に身を包んだセリスが其処に居た。
「せ、セリス?」
「そうだ、俺じゃなきゃ死んでたぞ……次からは対象を見てから殴れ」
そう言い残し城に張り巡らせられた結界に手を触れる、すると結界は意図も簡単に消え去った。
その行為にシャリエルは驚きの声すら出なかった。
意味が分からない……強いとか言う次元では無い、渾身の一撃を受け止め解除魔法を唱えるそぶりもなく触っただけで解除……そんなデタラメな方法は聞いた事も無かった。
「どうした、付いて来ないなら置いていくぞ」
そう言い壁を発泡スチロールの様に壊し中へ侵入して行くアルセリス、人間離れした強さ……一度だけ見たことがあるアダマスト級冒険者、フィロディアスの様だった。
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