第42話 罠

先に行った者達の取り付けた松明の明かりだけが頼りの薄暗い城内を特に武器を持つ事も無く無防備に歩くアルセリス、破け汚れたかつての豪華な絨毯や高価そうなツボ、絵画は見る影も無かった。



だが……それにしてもやけに静かだった。



「敵の気配は感じないな」



「そうですね、冒険者達の戦闘音も聞こえません……それ程離れた位置にいるのでしょうか」



そう言いアルラは辺りを見回す、不気味な程に静か……戦闘音一つ聞こえないのはあまりにも不自然だった。



その時、真後ろで気配を感じた。



かなりの強敵、下手すると守護者補佐レベルはある敵だった。



アルセリスは敢えて避けず気が付かないふりをする、すると鎧と鎧の隙間に何か細い針の様なものが侵入して来た。



だが細い針の様な物は体に突き刺さらず、バキッと言う音を立てて折れる、すると気配は消えた。



「セリス様!」



「動くなアルラ!」



アルセリスの身を案じ駆け寄ろうとするアルラを暗がりの中声とジェスチャーで静止させる、足音は聞こえない……呼吸音、心音共にゼロ、あり得なかった。



確かに一瞬気配がした、そして物理的な攻撃も仕掛けて来た、だが辺りを見回そうともアルラとアルセリスしかこの場には居なかった。



魔法だとすれば微かな魔力を感じる、だが感じない所を考えるとアイテムの存在しか考えられなかった。



自身の存在を消すアイテム……聞いた事が無かった。



だがこの現象はそれ以外に説明がつかなかった。



次の攻撃に備え警戒をするが数十秒、数分と経っても攻撃は来なかった。



「先に進むかアルラ」



「そうですね」



無意識に手をかけていた刀からアルラは手を離すと頷きアルセリスの後を付いていく、そして暫く長い廊下を歩くと大きな金色のドラゴンの絵が描かれた扉の前にたどり着いた。



何の変哲も無い城に一つはありそうな扉、手を掛け扉を開けようと少し開ける、その時中から尋常では無い程の血生臭さが漂って来た。



「うっ……これは」



人間の数十倍鼻のいいアルラは思わずその匂いに鼻を覆う、戦闘音がピタッと止んだ理由がやっと分かった。



理由は簡単、全滅したのだ。



アルセリスは勢い良く扉を全て開けると中に足を踏み入れる、するとそこは異空間の様な広い……まるで演習場の様な死体だけがゴロゴロと転がっている殺風景な部屋が広がっていた。



死体はどれも作戦前に見たことのある者……そして奥の扉の前に1人の男が立っていた。



「まーだ居たのか?全くワラワラとゴキブリ見たいに……めんどくせぇな」



そう言い捨てすうっと煙草を吸い煙を豪快に吐き出す短い赤髪の男、何故か何も着ていない上半身はかなり引き締まり、鋼の様な肉体をして居た。



「お前が全部やったのか?」



「そうだぜ、だったら何だ?敵討ちでもするか?」



そう言って近くに転がっている死体を蹴り飛ばし分かりやすく挑発する男、恐らく彼の言っている事は嘘だった。



あの肉体をしておきながら戦闘スタイルが近接では無い可能性は低い……それなのに拳には血が一滴も付いていない、拭き取った可能性もあるが彼の性格を見る限りそれは無さそうだった。



「敵討ちなんかしないさ、彼らには興味無いからな」



「はっ、寂しー奴だな……まあ良い、掛かって来いよ」



煙草を捨て足で火を消すと構え手招きする、だが何か臭かった。



「貴様……セリス様にタメ口など」



殺す気満々で刀を抜き斬りかかろうとするアルラ、何か腑に落ちなかった。



部屋中に散らばる死体を踏み走り出す、アルラ……その時男の前で一瞬何か光るのが見えた。



「アルラ、止まれ!!」



「は、はい!」



咄嗟に叫ぶ、するとアルラは男の10メートル手前で止まった。



「ちっ、勘づきやがったか……フィリー、出て来いよ」



「あともう少しでしたね……」



突然声がしたと思えば男の目の前に真っ黒な体のラインが浮き出るほどのスーツを着た黒髪にポニーテールのフィリーと呼ばれた少女が姿を現した。



「貴方達も自殺志願者ですか」



顔色一つ変えず死体を踏みつけ少し大きめな針を向けるフィリー、さっき感じた気配は彼女の様だった。



「さあ、どうだろうな」



アルセリスはそう言い放ち手に剣を出現させる、そしてフィリーから片付けようとしたその時、アルラが進行方向に割って入って来た。



「どうしたアルラ」



突然の行為にアルセリスは急ブレーキを掛ける、何処かイラついている様子だった。



「セリス様、彼女は私にやらせてください」



その言葉にアルセリスは無言で頷いた。



「割り振りは決まったみてーだな……んじゃ鎧の兄ちゃん、俺とやるか」



自信満々に拳を構える男、見た所かなりハイレベルの実力……冒険者達が此処を通れなかったのも無理は無かった。



「戦う前に聞きたい、何者だ?」



「アンダルス、盗賊団幹部だ」



「そうか……それじゃあやるか」



そう言い剣を構える、するとアンダルスは拳を構えたかと思えば次の瞬間光の矢がアルセリスに向けて光の速さで飛んでくる、だが鎧に当たった瞬間消滅した。



「魔法が消えた……だと?」



過去に経験した事のない現象に驚くアンダルス、速さ威力共に悪くはない……ただ魔法攻撃でアルセリスと言うキャラを傷つける事は不可能だった。



所詮幹部と言えどこの程度……戦闘に特化した兵士の様で何も情報は得られそうに無い……それならば僅差の戦いを演出する必要も無さそうだった。



「ちっ……もうちっと本気だす……な?」



光の弓を大きくしニ撃目を放とうとするアンダルス、だが次の瞬間腕の違和感に気が付いた。



弓が弾けない……腕の感覚が無い、ふと視線を腕に移すとそこには鍛えに鍛えられた大きな引き締まった腕は無かった。



「な、なにをした!?」



アンダルスはすぐ様アルセリスの方を向く、だが先程までの間アルセリスがいた場所にその姿は無かった。



「腕を斬り落としただけだ、そんなに驚くな」



アンダルスの真後ろに立ちそう言うアルセリス、足元にはアンダルスの腕が転がっていた。



「くっそ!!アラサル様に拾って貰ったこの身……ただでは死なねぇ!!」



腕の痛みを物ともせずアンダルスはアルセリスに蹴りを放つ、だがアルセリスは無慈悲にも足を斬り落とすと心臓に剣を突き立てた。



「ちくしょう、なんて強さだよ……俺の、俺の努力はなんだったんだよ!!」



涙を流し悔しさを叫ぶアンダルス、その姿は哀れだが……何処か同情出来た。



「無慈悲だよな、どれだけ努力しても……どれだけ諦めなくても……報われない時がある、理不尽だよな」



かつての職場の様に……努力しても、諦めず頑張っても報われない……部下に裏切られ尊敬していた上司からは役立たず呼ばわり、そして首を切られ社会不適合者に……嫌な事を思い出してしまった。



「お前に恨みは無い……じゃあな」



アルセリスは剣を深く突き刺す、アンダルスは少しもがき苦しみ、そして吐血すると暫くして力尽きた。



会社……今はもう存在しない物、だがあの頃の出来事がトラウマだった。



寝る間も惜しみ残業をし、他者の仕事も引き受け数倍の仕事量をこなした……そしてやっと指示する立場になれたのに……今思い出すだけでも腹立たしい、忌々しい思い出だった。



「セリス様、始末出来ました」



俯き少し暗いオーラを放っているアルセリスにアルラが背後から話し掛ける、その言葉に振り向くと頬に返り血が付いたアルラが刀の血を拭き取りながら其処に立って居た。



その後ろには傷だらけの既に生き絶えたフィリーが横たわっている……そこそこに強そうだったが流石アルラ、最終階層守護者なだけはあった。



「あいつは強かったか?」



「それ程でも無かったです」



アルラの頬についた血をアルセリスは指で拭き取るとアルラは少し照れながら刀を鞘に納める、幹部が居ると言うことは此処にアラサルが居るのか……だがそれにしては彼ら、侵入者に驚くそぶりも見せなかった、まるで事前に来る事を知って居るかの様に……少し妙だった。



それにこのだだっ広い城の中に今の所敵は幹部と名乗ったあの2人だけ……嫌な予感がした。



「アルラ、少し走るぞ」



「はい」



索敵魔法で城の内部を頭に入れるとアルセリスは扉を蹴破り最上階である王室まで入り組んだ迷路の様な城内をスムーズに迷う事なく進んで行く、トラップはあるものの敵は居ない……上層階に近付くにつれて疑惑は確証へと変わって行った。



錆びては居るもののかつては豪華な装飾が施されて居た扉をゆっくりと開け中に入る、すると其処には案の定誰も居なかった。



「セリス様、これは?」



誰も居ない王座だけがポツンと残って居る殺風景な王室とは思えない部屋にアルラは疑問を投げ掛ける、単純な事だった。



「罠だったって訳だ……」



アルセリスの言葉と同時に閉まる扉、そして広い王室の床一面に紫の不気味な光を放つ魔法陣が出現した。



「これは……何の魔法ですか?」



無数に飛び出し襲いかかって来る鎖を斬り裂きながらアルラはアルセリスに問う、この魔法は少し強力な拘束魔法の様だった。



「イン・チェイフ、そこそこに上位の拘束魔法だ……第二位階と言った所か」



「流石アルセリス様、博識ですね」



「因みに鎖には触れるなよ、魔法陣を見て分かったと思うが紫は毒の属性が付与されて居る証拠、触れると流石のお前でも少し痺れるぞ」



その場から一歩も動かずアルラを見守るアルセリス、彼の体に鎖が当たった瞬間鎖は消滅する、所詮魔法……この鎧の前では無意味だった。



「アルセリス様、魔法陣を消す方法は?」



「簡単だ」



そう言いアルセリスは床目掛け拳を勢い良く振り下ろす、すると魔法陣を保護して居たプロテクト的存在もろとも破壊し、鎖は全て消滅した。



「正規の方法で消さずとも力づくで何とかなる、覚えておけ」



「はい、流石ですアルセリス様」



下の階層へと着地するアルセリスに拍手を送るアルラ、その時城が徐々に崩れ始めて居る事に気が付いた。



(やば……やり過ぎたか)



辺りを見回すが至る所に亀裂が入り始めて居る、早い所脱出した方が良さそうだった。



「アルラ、手を貸せ」



「はい」



アルラが不思議そうに差し出す手を握るとアルセリスは転移の杖を使いセルナルド王国へと転移する、そして杖をしまい顔を上げると眼前には燃え盛るセルナルド王国の城下町が広がって居た。



「あ、アルセリス様……これは」



驚きを隠せないアルラ、だがアルセリスは至って冷静だった。



簡単に予測できた事……ライノルドだけで存続できて居る様な国にライノルドが居なくなればそりゃ攻め込まれる、恐らく攻め込んで居るのはアラサル盗賊団……冒険者の中に内通者でも居たのだろう。



「アルラ、悪いが他の冒険者達に国が襲われて居ると伝えてくれ、魔紙を渡しておく」



「分かりました、アルセリス様は?」



「盗賊団退治だ、この国にはまだ生き残ってもらいたいんでな」



そう言いアルラに魔紙を4枚、往復分渡すとアルセリスは背を向ける、かなり強い気配がちらほら……これは骨が折れそうだった。



アルセリスは肩を回し青い大剣を手に持つと天に掲げた。

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