第38話 不必要な存在

「精鋭を失っただけでなく新種と戦闘すらせず帰って来たと言うわけか」



静まり返る王室に響き渡る王の言葉は怒りに震えて居た。



だがアルラはその事よりも今までずっと自分を騙し続けて来た事が許せなかった。



「何故……私を騙して居たのですか」



その言葉に驚いた表情をする国王、気がついて居ないとでも思って居たのだろう、彼は助けを求める様にアナベスの方を向いた。



「何を騙して居たと言うのかな?」



白々しく何も知らない様に装い尋ねるアナベス、その行為にアルラは湧き上がる怒りを抑えるので精一杯だった。



「母は……オーガ族の薬草で治ると言っていた、だがオーガはそんな物は無いと言った、お前達は嘘をついたのだろ?」



刀を抜きアナベスへと向けるアルラ、その行為にアナベスは呆れた。



「確かに薬の件は嘘をつきました……ですか我々の技術を持ってすれば貴女を母を治す事も容易いですよ、今すぐ刀を収めるならばね?」



自分へと向けられる刀に手を触れ下げようとするアナベス、出口には兵士が待ち構えているのは気配で何となく分かって居た。



此処で反抗しても仕方がない……母を助ける唯一の手、アルラは刀を鞘に収めると頭を下げた。



「ご無礼を働きすみませんでした」



アルラの言葉に隣でハラハラと見ていたハネスは安堵の溜息を吐いた。



「それじゃあ研究室に行って薬を取ってきます、先に家で待ってて下さい」



その言葉を残し部屋を出て行くアナベス、だがアルラは妙な違和感を感じていた。



「全く……早く部屋から出てってくれ、お前らが居たんじゃこっちの身が持たん」



アルラが持たらせたピリついた空気に耐えかねた王が向こうに行けとジェスチャーする、その行為にアルラは納得の行かない表情をしながらも王室を後にした。



「どうしたんですかアルラさん?」



「何でもない……ハネスは先に戻ってて」



心配するハネスを他所にアルラはアナベスを追う、何か腑に落ちなかった。



まだそう遠くに行っていないアナベスに追いつこうとアルラは城内を駆けていると階段を下るアナベスを見つけすぐ様物陰に身を隠した。



『透過』



魔法で自身の身体を透過させる、そして足音を立てない様にゆっくりとアナベスの後を着け階段を下った。



謎の敬語、そして国王に刀を向けたにも関わらず何の処分もない……不自然だった。



アナベスは辺りを見回し誰かを警戒する様に地下へ下がって行く、そして囚人を収容している部屋を抜け無人の牢に入ると部屋の隅っこで不自然に出っ張っている石をグッと押し込んだ。



するとカチッという音がしさらに下へと続く階段が現れた。



(これが噂の研究室……)



アナベスの背中すれすれに付けるとアルラは階段が消える前に中に入る、そして階段を気付かれないように息を殺しながら下ると薄汚れた地下へ続く壁とは不釣り合いな綺麗で重々しい重圧な鉄製の扉がそこにはあった。



アナベスは手に魔力を宿すと扉に触れる、すると扉は重々しい音を立ててゆっくりと開きだした。



混合種や様々な実験を行なっている場所……ある意味自分が生まれた場所でもある、アルラは呼吸を整えると覚悟を決めてその中に足を踏み入れる、中はいくつもの水槽の様なポッドに人が並べられ水の様な液体が入っている奇妙な光景が広がっていた。



(何……これ)



白衣を着た研究者が何人か居る、ポッドの横には心拍数などを管理する機械が設置されて居る……ふと前方を見るとそこには大きなオーガが人間のポッドとは比にならない程に大きなポッドに入れられて居た。



「アナベス様、彼らの準備は出来ています」



1人の研究者がオーガを眺めるアナベスの元にカルテを持って近づく、彼はカルテに目を通して満足そうに頷いた。



「これまでに無い性能だ……此処に連れて来れるか?」



「はい、直ぐに」



そう言い兵士は中身が見えない様に一際厳重な管理をされて居るポッドを鍵で開ける、すると中の水が地面に流れ、そして中から長い赤髪の服を着ていない少女が倒れる様に出て来た。



「おっと危ない、これがオーガ種と人間の混合種の中でも過去最高傑作か……」



倒れる少女を受け止め興奮気味に語るアグネス、見たところ彼女は16.7歳……ずっとこのポッドに居たのだろうか。



自分の場合はポッドから生まれた訳では無い、母が此処で実験と言う形で私を身籠り出産した……故に生まれ方は普通の子と変わらない、だが彼女は見た目こそ人間だが……果たして人間と呼んで良いのか分からなかった。



「ミリィ、起きろ……記憶は刷り込まれて居るはずだ、生誕早々任務だ」



頬を軽めに叩きミリィを起こす、すると少女はゆっくりと目を開けた。



「なんだよ、もう起こされたのか?」



「ほら、服を着ろ、任務は簡単……頭にも入ってると思うが街郊外にある村で暮らして居る混合種の殲滅だ、あれは無駄な記憶が多過ぎる……感情が芽生え過ぎた、もう要らん」



「了解」



ミリィはアナベスの言葉に服を着替えながら簡単に返事をする、その言葉にアルラは驚愕した。



母がハネスが殺される……過去にない程アルラは焦って居た。



此処で彼女を倒すべきなのか、集落へ戻り皆を連れて逃げるべきか……だが後者は成功しない様な気がした。



母は今となっては歩く事すらままならない……自分が此処で止めないと行けなかった。



「それじゃあ行って……ってもう居るじゃねーか」



任務に取り掛かろうと出口を向いた瞬間彼女の視界に入るアルラ、その瞬間ミリィは不気味な笑みを浮かべた。



「おい!此奴を殺すのが私の任務だよなぁ!!」



「あ、あぁ……」



ミリィの言葉に引き気味で返事をするアナベス、既に彼女は渡されて居た剣を抜いて居た。



「それじゃあ……殺す!!」



そう叫び突っ込んでくるミリィ、アルラは刀を咄嗟に抜き受け流そうとするが自分と同等かそれ以下の身体からは予想もできない程の力に流しきれず吹き飛ばされた。



「どうした!そんなものか!!」



ミリィは楽しそうに叫ぶ、一撃受け止めただけで十分な程に分かった……彼女は強いと。



気が付けばいつの間にか背は天井について居た。



「死ね!!」



ミリィの剣が目の前まで迫る、宙で避けるのは難しい速さだった。



『瞬光』



「な?!」



アルラが詠唱した瞬間に目の前から姿が消える、ミリィはその姿を追おうとした瞬間後ろから衝撃を受け地面へ一直線に落ちて行った。



ミリィは隕石の如く地面に激突する、そしてアルラも少し遅れて地に足を付けると刀を再度構えた。



瞬光……彼女が気がついて居るかは分からないがあれは魔法では無かった。



混合種特有の鬼神化を一時的に使い背後に回り込んだだけ、呪文名と詠唱はブラフ……こんな事でもしないと彼女には勝てない気がした。



「いってー、なんだなんだよ、記憶より強いじゃんかよアナベス」



「仮にもこの国の英雄だからな」



首の骨を鳴らしながらゆっくりと立ち上がるミリィ、ダメージは……ゼロに近かった。



「ほんと嫌になる」



『付与/身体能力向上 硬質化』



自身に掛けれるだけの魔法を掛けると向こうの出方を伺う、自分が負ければ集落の皆んなが死ぬ……それだけは避けたかった。



「身体能力向上に硬質化かぁ、防御に徹する気?」



ミリィの問い掛けにアルラは答えず神経を張り巡らせ彼女の動向を伺って居た。



『付与/身体能力向上

部分付与/炎 雷属性』



ミリィが呪文を唱えた瞬間右手左足に炎を、左手右足に雷を纏った。



その姿にアルラは驚きを隠せなかった。



属性魔法の部位付与……聞いたことも無い、下手すれば自身の身を焼く危険すらある筈……彼女の考えが分からなかった。



「それじゃあ行くぞ!!」



雷魔法の影響か身体能力は格段に上がって居た、声に反応しアルラが刀を構えた頃には既に腹部に衝撃が来ていた。



炎を纏った拳がアルラの腹部を焼き尽くす、服は焼け焦げ腹部に痛々しい火傷の傷を作るがアルラは表情一つ変えなかった。



直ぐに立ち上がると刀を構える、集中しろ……一挙一動見逃さなければ動きは捕らえられる筈だった。



ミリィの足に力が入ったのを確認してアルラは攻撃位置の予測を立てる、先程は前方から……次は恐らく、後ろだった。



「そこだ!!」



アルラは背後に向けて刀を突き刺す、だが間一髪でミリィは顔を逸らし攻撃を避けて居た。



「目で追えないのを分かって予測か、流石だね」



そう言いながら頬に出来た傷を手でなぞる、するともう傷は消えて居た。



ハネスの再生も持ち合わせて居る……全く嫌になる程の強さだった。



だがアルラは諦めずに刀を構える、そしてそっと息を吸い込むとミリィ目掛け駆けて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る