11話

 まだ暑い日が続く。出社し、汗を拭く加波子。すぐ後ろから。友江だ。


「今日、古都。付き合って。」


 話の内容は大体わかった加波子。


 終業、古都。友江はビールに枝豆、加波子はつくねとジンジャエール。


「今日は何ですか?」

「昨日会ってきた、マッチング2人目の人。」

「会ったんですね!どうでしたか?その2人目の男性。」


 つまらない、だるそうな顔をする友江を見た加波子は察しがついた。


「…だめでしたか…。」

「名前は持田正樹もちだまさき。32歳。墨田区在住。離婚歴なし。顔はどちらかと言うと、イケメンのほうに入るかしら。」

「へぇ、イケメン…。」

「昨日は水上バスに乗ったの。」

「わぁ、それも素敵ですね!」


 友江は勢いよくビールを飲み、ジョッキをテーブルに乱暴に置く。表情が険しくなる。


「素敵なんかじゃないわよ!退屈だと思ってたら急にぺらぺら女みたいに話し出すし、その話もつまらないし!景色なんて見られなかったわ!」


 友江はビールを、加波子はジンジャエールを飲む。


「ディナーは夜景が綺麗なレストランだった。すごく素敵なお店だったわ。」

「そこでも何か…。」

「その人ったら、自分の話しかしないの!特に自慢話!典型的よね。イライラしてきちゃって。」

「先輩、何かやらかしました…?」

「酔った振りして一人でさっさと帰ったわ!ありえない!」


 友江はビールをがぶがぶ飲む。加波子はそれで友江のバロメーターがわかった。


「じゃあ、その人との次はないですね…。」

「ないない、絶対ない!」


 友江の手が止まる。それまでとは違い、ゆっくり話し出す。


「家に帰って、苛立ちも落ち着いて…。ふと思ったの、野田さんはこうじゃなかったって。」

「野田さんて、一人目のマッチングの人ですよね?」

「そうよ。」


 友江は両手で枝豆をひとつずつ持つ。


「人と人を比べるのって、よくないわよね…。」


 加波子は友江の気持ちを考える。


「先輩は、比べてるんじゃなくて、ただいい人を探してるだけです。先輩が優しすぎるだけですよ。それよりも…思い出した野田さんです。そっちのほうが大事だと思います。」

「野田さん?」

「はい。思い出した野田さんはどうだったんですか?野田さんに対して、何か思いませんでした?」


 友江は頬杖をつく。


「彼には、ときめきみたいなものはなかったけど、どこか安心するところがあったかなって…。波長っていうの?が合ってたのかしら…。今思うとね。」

「また、会いたいとは思いませんか?」

「んーどうかしら…。」


 加波子は友江の幸せを願い、これからも見守っていこうと思った。友江の為になりたい。その後も加波子は友江から古都への誘いを待ち続けた。


 少し暑さが弱まってきた、居酒屋帰りの公園。加波子と亮、ふたりベンチに並ぶ。ふたりの手にはカンカン。


「なんかくれ。」

「え?」


 亮の顔を見ても何もわからない加波子。


「今日、俺誕生日。だからなんかくれ。」


 突然のことで、口が塞がらない加波子。


「…どうしてもっと早く言ってくれなかったの?!何も用意してないし、今日もう何もできないじゃない!」


 加波子は亮の肩を揺らす。揺らした衝撃でカンカンからコーヒーがこぼれ、亮のTシャツに飛び散ってしまった。


「あ!ごめんなさい!ちょっと待ってて!今拭くから…。」


 加波子は慌ててバッグからハンドタオルを出す。シミにならないよう、加波子は丁寧にコーヒーを拭く。


「ごめんなさい!一応拭くけど、シミになるといけないから、家に帰ったら水に浸してね。ほんとに、ごめんなさい…。」


 必死になる加波子をじっと見る亮。加波子の手元に目がいく。


「これでいい。」

「え?」


 加波子はまだ必死だ。亮は加波子のハンドタオルをひっぱる。


「これがいい。」

「え?…これ??」

「そ。」

「だってこれ…、今コーヒー付いちゃったし、ちょっと古いし、せめてもっと新しいものを…。」


 亮は変わらない。


「今日、お前が使ってた、これがいい。」


 加波子はハンドタオルを見つめる。パステルピンクのハンドタオル。何の装飾もない、至ってシンプルなものだった。


 それは確かにその日、亮の誕生日であったその日に使っていたものだ。それを亮は選び、決めてくれた。加波子は嬉しい反面、申し訳ない気持ちになる。


「…ほんとに、これでいいの?」

「それじゃなきゃ嫌だ。」


 加波子はハンドタオルを丁寧にたたむ。改まって、亮に体を向ける。想いを込めてハンドタオルを両手に持ち、差し出す。


「亮、お誕生日おめでとう。」


 亮はそれを左手で受け取る。


「ありがとう。」

「ありがとう、亮。」

「なんでお前がありがとうなんだよ。」


 亮の誕生日。亮が生まれた日。加波子には感慨深いものがあった。


「ありがとう、生きていてくれて…。」

「泣くな、バカ。」


 加波子の瞳から一粒の涙が頬をつたう。亮は手に持つハンドタオルをその頬に当てる。加波子の頭をポンポンとやさしくたたいた。


 手をつなぐ帰り道。


「ねえ、せめて今日、ケーキ食べよ?」


 近くのコンビニで、ショートケーキがふたつセットになったものを買い、加波子のアパートに帰る。


「ろうそくも何もないけど…亮、おめでとう!食べよ!」


 小さなケーキをふたり並んで食べる。苺は先に食べるか、後で食べるか。そんなくだらない話をしていた。加波子の口元にクリームがつく。亮は笑って言った。


「お前クリームついてるぞ。子供だから仕方ないか。」


 恥ずかしくなった加波子は慌てる。


「えー?どこにー?ティッシュ、ティッシュ…。」


 亮はティッシュを遠ざける。加波子の口元のクリームに唇をつける。


「あまい。」

「亮にもクリームついちゃったよ?」


 気づけばふたり、見つめ合っていた。あまい空間。


「もっとあまいのくれ。」


 クリームよりあまい、亮の誕生日。



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